第10話 ババアに決定権はなくてもいい




「どうして僕をからかうんだ、ババアは?」


 当然の疑問を思いっきりぶつけてみると、


「からかう? 誰が誰を?」


 と、ババアから要領の得ない答えが返ってきた。


「ババアは僕のことをからかっているんでしょ?」


「お姉さんが暦ちゃんを?」


「うん」


「からかってはいないよ。お姉さんは本気で暦ちゃんの事が好きなんだよ? 大大大好きなんだよ? あれ? わかっていなかった?」


 ババアはさらりと言ってのけた。


 気持ちがこもっていないというか、それが当然みたいな言い方をしたものだから、僕は困り果ててしまった。


 本気なのか、母性愛みたいなのか、どっちなんだという当然の疑問というべきか。


 そんな疑問が生じたからでもあった。


 僕は救いを求めるように、今さっき友達になった西念さんに視線を送ってみた。


「……えっと、私は暦さんとこの女の人の関係がよく分かりませんけど、ナチュラルな愛かもしれないですよ」


 口を閉ざして熟考した後、そんな事を真面目な様子で西念さんが言ってくれた。


「ナチュラルな愛?」


 言葉の意味が捉えどころがなくて、僕は思わずオウム返しをしていた。


「生まれながらにして無償の愛情を注げるナチュラルボーンママなのかもしれないです」


「謎の単語が出てきた……」


 ナチュラルボーンママ。


 つまり生まれながらにして母親という事かな?


 それなら合点がいく。


 ババアはナチュラルボーンママで、母親のような愛情で僕が好きと。


「西念さん、それはちょっと違うかな?」


「どう違うのです?」


「お姉さんは暦ちゃんのことが母親として好きじゃなくて『オトコノコ』として好きなの。例えば、唇と唇を重ねるキスをしたいって思うし、肌と肌が触れ合うくらい抱きしめてたいって思うし……それはその……いろいろといたしたいし……」


 ババアの表情は僕からは見えてはいないけれども、恥じらいというべきか、乙女な表情というべきか、そんな顔で語っていそうだ。


 西念さんもそんなババアの表情の移ろいを見て、さっきみたいにまた赤面しているし。


「あなたは暦さんが男の子として好きなんですね」


「そうそう。だって、暦ちゃんは魅力的な男の子なんだよ。好きになるのは当たり前のことなんだよ。西念さんもそう思うよね?」


 同意を求められて、当惑したのか、西念さんは口をパクパクさせた後、赤面を維持したまま俯いてしまった。


「西念さんはお友達になるって言ったけど、男と女には友情は成立しないっていう話なんだよ? だから、友情と思っているのが実は愛情で、西念さんだって暦ちゃんを好きになっちゃうかもしれないんだよ? だから、西念さんに芽生える感情が友情なのか、ラブなのか確かめてみたいとね。だから、三人でデートしよう」


 何が『だから』なんだ。


 そう突っ込みを入れたいのに、僕は突っ込むことができなかった。


「で、デート?! ……ですか?!」


 顔をパッと上げた西念さんは目をぱちくりさせていて、当惑を通り越して混乱さえしている様子だ。


 それも当然だよね。


 デートなんて言い出すんだから。


 ……え?


 デート?!


「どういうことよ、デートって!! それに僕は引きこもりだから外になんて出ないよ!!」


 引きこもりを連れ出すための口実かな?


 そんな手に僕がのるものか。


「ふふん、デートは家の中でもできるんだよ。だから、暦ちゃんの家でデートするんだよ。引きこもりでも安心だね。三人で仲良くデートしよ」


「勝手にそんなことを決めないで。ここは僕の家なんだよ。決定権は僕にあってもいいんじゃないかな?」


「ふふ~ん」


 ババアのしたり顔が思い浮かぶような声が聞こえてきて、何かが僕の前に見せつけるように掲げられた。


 何かの鍵の束だ。


 それがどうかしたのかな?


「暦ちゃんのお母さんから託されたの、この家の鍵を。『あたしは転勤する最愛の男の人に付いていくから後はお願い』って。だからこの家での決定権はお姉さんにあるの」


「はい?」


 衝撃の事実を知らされて、僕は頭がくらくらしてしまった。


 あのろくでなし、僕を捨てていきやがった!!


 なんて奴だ。


 しかも、ババアに俺を託していきやがった。


 僕に相談とか事前に何もなしで!!


 僕なんてどうでもいい存在だったのかよ!!


「だから、家でデートしよ!」


 もしかして、僕に拒否権はなしですか?


 母親が僕を捨てていった事を井戸端会議の中での会話みたいな後にそんな事をどうして言うかな、このババアは。

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