第42話 少し部屋で眠ってしまって。

 〇神 千里


 少し部屋で眠ってしまって。

 目を開けると、隣で華音と咲華も寝ていた。


 …いつの間に。


 あくびをしながら大部屋に行くと、さっきまでの大人数はどこへやら…だが…


「…同窓会か?」


 聖子と、ナオトさんの息子が残っていた。

 三人は、桜花の同級生。

 ま、知花は中退したが。



「華月と聖は?」


 キッチンでリンゴを剥いている知花に問いかけると。


「母さんとおばあちゃまが帰って来て、中の間に連れて行ったわ。」


 そうか…

 昔は子供が嫌いだったのに、今では見える場所にその姿がないと落ち着かない気もする。

 俺も中の間に行こうかな…なんて思ってると。


「あ、神さん、ちょっとアドバイスしてやってよ~。」


 聖子が一つ座布団をずれた。


「アドバイス?何の。」


 座りながら問いかけると。


「恋愛について。まこちゃんに。」


 聖子は真顔で言った。


「……そんなの、人それぞれだろ。」


「そうだけど、あまりにも男として危険を感じさせないって言うかさあ?」


「……」


 俺はこいつとまともに喋った事がない。

 そんな奴にアドバイスと言われても。


「はい、どうぞ。」


 目の前に置かれたリンゴ。

 手で取ろうとすると、すかさずミニフォークも置かれた。

 子供達が『バンザイフォーク』と呼んでる、二股フォークだ。



「おまえ、女いんの。」


 リンゴを口にしながら、ナオトさんの息子にそう言うと。


「えっ……い…」


「い?」


 聖子と知花の同時の声に。


「……」


 ナオトさんの息子は言葉を飲み込んだが。


「あ?」


 俺が眉間にしわを寄せて顎をしゃくると。


「………います…」


 消え入りそうなほど、小さな声で…そう答えた。

 ま、いてもおかしくな…


「えー!!まこちゃん、彼女いるんだー!!」


 もう一つリンゴを…と思ってる俺の両サイドで、聖子と知花の大音量。

 つい…目を細めて二人を見る。


「あ…ごめん。大声出して…」


 知花が首をすくめる。


「…なんで驚くんだよ。別に、こいつに女がいてもおかしくはねーだろ?」


「まあ…そうなんだけど…まこちゃんて、そういう気配全然出さないから…」


 聖子も首をすくめたままで、そう言った。


「……」


 俺は、じっ…と本人を見て。


「…おまえ、人には言わないけど…結構遊んでるだろ。」


 手にしたままのバンザイフォークをピッと向けて言った。

 SHE'S-HE'Sの中で、こいつと早乙女は真面目君に見られがちだ。

 陸と朝霧はなんだかんだ言いながらも、堂々と遊んでたとは思うが…

 その陰で、早乙女はともかく…こいつは相当遊んでた。ような気がする。



「……」


 俺にバンザイフォークを向けられた『まこちゃん』は、口を少し開けたまま…俺を見ている。


「え~…まこちゃんが結構遊んでるって…神さん、何でそんなの分かるの?」


 聖子が明らかに楽しそうに言った。


「女に危険を感じさせないってのは、ある意味武器だからな。」


 見ると、『まこちゃん』は口を一文字にして、瞬きもしない。


 …図星か。



 俺は聖子の事もじっと見る。


「な…何…」


「SHE'S-HE'Sでは、朝霧は一歩退いてみんなを見てる立場。早乙女は悪気なくボケて、おまえと陸はツッコミ役。知花は癒しで…」


「…まこちゃんは?」


 知花にそう言われて、俺と聖子と知花の視線は『まこちゃん』に集まる。


「………いじられ役だ。」


 ガクッ。


 三人が、肩を揺らした。


「そ…そんなの、みんな知ってるって…」


 聖子がガッカリしたように言う。


「でも…よく分かってますね…神さん…」


 少しホッとしたような顔で、『まこちゃん』が言った。


 …本当は…

 一番、腹の中に何か抱えてる。って…俺は見てるんだけどな。

 それはまあ…今後、ゆっくり楽しませてもらうとするか。




 〇七生聖子


「あ。」


 知花んちの帰り。

 少し表通りで買い物でもしようと思って歩いてると…

 見た事ある姿が。



「里中さーん。」


 あたしは大声で、通りの向こうにいる里中さんを呼んだ。

 こっちを向いた里中さんに手を振ると、里中さんも笑顔で手を振ってくれた。


 里中健太郎さん。

 京介の同級生で…あの面倒臭い京介と長年一緒にバンドをしてた人。

 光史の結婚披露宴では、里中さんの告白で…朝霧家の絆が深まった。

 あたしの大好きな光史の家族が助けられたんだ。

 あたしにとっても、恩人みたいな人だ。



「七生さんち、この辺なの?」


 通りを渡って来た里中さんが、キョロキョロしながら言った。


「里中さん、朝霧邸行った事あるんでしょ?あたしんち、その真向い。」


「もうガキの頃だから忘れちゃったけど…そっか。朝霧とは幼馴染なんだっけ。」


「そそ。腐れ縁よ。」


 自然と並んで歩き始めた。


「里中さんは?事務所の帰り?」


「いやー…実はさ、何かと上手く行かなくて、修行させてくれって高原さんに言って…」


「修行?」


「うん。ちょっと、ストリートをね。」


「へー…」


 意外。


 一度デビューした人だし…

 しかも、今もソロで頑張ってる人なのに。

 路上で歌うって…プライドとか…



「情けない話だけど…自分の歌に自信が持てなくてさ。今更だけど路線変更か…なんて、試行錯誤中。」


 里中さんは苦笑いしながら、空を見上げて言った。


「…でも、すごい。それを路上でやる勇気…」


「俺にとっては、お客さんの生の声が聞ける絶好の場だよ。」


「……」


 何だか…ちょっと自分が生意気言った気がして、恥ずかしくなった。

 路上で歌う人の事も、バカにしたみたいに思って…

 あたしこそ、バカだ。

 あたしのプライドこそ…バカだ。



「どの辺で歌ってるの?」


 あたしが問いかけると。


「あそこの美容院の裏通り。若い子達が集まるからって聞いてたんだけど…なかなか若い子には受けないのかな。」


 里中さんは、少し振り返って言った。


「音楽屋に交渉してみたら?土曜日は音楽屋の前でストリートする人がいるって聞いたけど…」


「あー…」


 あたしの言葉に、里中さんは少し苦笑いして。


「…そうだよね。修行だって言うなら、そこまでしなきゃだよねー…どこか覚悟が足りないんだろうな…俺。」


 頭をかきながら…言った。


「…里中さん、あたし応援するよ。」


「え?」


「応援する。次いつ歌う?聞きに来ていい?」


 あたしが里中さんを真っ直ぐに見て言うと、里中さんは少しポカンとした後。


「そ…それは嬉しいけど、京介に叱られない?」


 目を細めた。


「え?どうして?」


「あいつ、すっげーヤキモチ妬きだろ?」


「……」


 そ…

 そうだった。


「京介も誘って、一緒においでよ。来週の火曜日の夜…暇ならね。」


 里中さんはそう言ってギターを担ぎ直すと。


「応援するって言ってくれて、ありがと。なんか元気出た。」


 すごく…爽やかな笑顔でそう言って。


「じゃあね。」


 手を上げて、また…通りを渡って行った。



「……」


 …何かな。


 この…ちょっと…胸の奥の方…


 チクチクしてるの…。




 〇早乙女千寿


「おまえ、神さん見て照れてた。」


 詩生を寝かし付けて、その寝顔を見たまま言うと。


「だって…噂には聞いてたけど…すごくカッコいい人で…」


 世貴子は、俺の後に座ってしどろもどろ。


 まあ…神さんはカッコいいよ。

 分かるよ。

 だけど、世貴子は普段、柔道界の色んな男の人と話したり組み手をしたりするのに…

 照れたりした事ないじゃないか(-_-)

 俺が自慢とする、うちのバンドメンバーの色男達にも、照れた事ないし。


 なのに…神さん…


 …いや、これは…ヤキモチじゃない。

 ヤキモチじゃないんだけど…



「妬いてるの?」


 俺の背中に、世貴子が抱きついて言った。


「…これは、そうなのかな。」


「あら、素直。」


「神さん…本当カッコいいもんな…今日、詩生抱えた時なんか、男の俺がドキドキしたぐらい。」


 マジで。

 あの神さんが、うちの息子抱っこしてくれてる!!って…

 ちょっと、感激した。

 それに…優しいんだよな…手つきが。

 子供達に接する時の目とかも…

 ノン君とサクちゃん、幸せになれて良かった…



「…ねえ、セン。」


「ん?」


「二人目が欲しいって言ったら…ダメ?」


「……」


 世貴子の言葉に、無言で首だけ振り返る。


「普通の女の子に戻ります。」


 そう言って、柔道界を引退した世貴子だが…

 実は、二階堂の道場に指導員で行っている。

 子供のクラスだが、世貴子の指導は的確で好評らしく…


「うちの者が、世貴子さんの復帰を待ってるぜ。」


 と、世貴子が産休中は、よく陸に言われた。


 詩生が産まれて三ヶ月後、世貴子は現場復帰。

 その間、詩生は実家で見てもらったり、二階堂で…織が見てくれたり。



「…仕事に差し支えはないか?」


 そう問いかけると。


「指導だけならそんなに休まなくていいから…環さんに相談してみる。」


 世貴子は…小声で答えた。

 体を少しずらして、世貴子に向き直る。


「どうして急に二人目?」


 そのまま…肩を抱き寄せて横になる。


「…ノン君とサクちゃん見てたら…子供たくさん欲しいなあって思っちゃった。」


「ああ…確かに、あの子達見てると欲しくなるよな。」


「でも…ビックリした。神さん…泣きそうな顔してたね。」


 世貴子がそう言って笑う。


 ノン君が、詩生は将来自分の弟になる。と予言した。

 それは、詩生がサクちゃんか華月ちゃんと結婚するって事で…

 それを聞いた神さんは、無言でその場から立ち去ったんだ。


「ははっ…でも…俺も娘が産まれたら、そうなるのかもなあ…」


「本当?」


「んー…どうだろ…」


 そのまま…キスをして。

 そのまま…世貴子を抱いた。


 光史の結婚式の時、仕事で家庭を蔑ろにするな。って…教訓を得た気がする。

 うちは…世貴子も働いてるから、そんな事にはならないとは思うが…少し安心し過ぎてたかもしれない。

 今日、神さんに照れた世貴子を見て…

 俺、世貴子に男として見られてるか!?って…少し不安になった。


 ぶっちゃけ、世貴子は男の裸を見慣れてると思う。

 それも、筋肉質な体。

 …俺、無駄な肉はついてないが、筋肉らしい物があるわけでもない…気がする。

 世貴子に照れて欲しいわけじゃないが…

 いつまでも男として見られたい気持ちはある。


 …よし。

 鍛えるぞ!!

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