第27話 「違う。」
〇桐生院さくら
「違う。」
そこに、大部屋の入り口辺りから…違う声が入って来た。
「おばあちゃまじゃないわ…あたしよ。」
その声は…麗だった。
「麗…」
千里さん、さほど驚きもしてない。
…予想してたの⁉︎
「何を言うんだい。おまえは…甲斐甲斐しく容子さんの看病を…」
「許せなかったの。」
「…麗…黙りなさい。」
「あたしの事、庇わなくていい。おばあちゃま、知ってたんでしょ?だから、急に長井さんと中岡さんを辞めさせたんだよね。」
「黙りなさい!!」
「……」
大部屋が、一瞬静まり返った。
だけど…
「…いつも誰かを恨んでばかりの母さんが…嫌いだった。」
麗は、小さくつぶやいた。
「麗だけは、味方よね?って。みんな家族なのに…味方って何なの?あたし…窮屈で窮屈で…」
「…麗…やめてちょうだい…」
「おばあちゃま、あたしの事なんて…庇わなくていい。ねえ、義兄さん。知ってどうするつもりだったの?あたしの事、警察に連れて行くの?」
「……」
「何も知らないクセに…知ろうとしないでよ!!」
麗の叫び声を聞いて、あたしは…出て行こうとしたけど…
あたしより先に、出て行った人物がいた。
「麗じゃないよ。」
「…え…」
「誓…」
「…誓?」
さすがに今度は…千里さんも眉をしかめたような声。
「麗が煎じてお茶に入れてたのは、トリカブトじゃないよ。」
「…どういう…事…?」
誓は…ゆっくりと大部屋に入って行ったみたいで…
あたしは、位置をずらして…大部屋の中の会話がもっと聞こえる場所に移動した。
「僕は…麗が不憫だった。」
「……」
「母さん、いつも酷かったよね。麗だけに…色んな事背負わせてさ。」
「誓…」
「本当は…僕も力になってやれたら良かったのに…母さんは僕の事も敵みたいな顔し始めたから…麗の事も、助ける事が出来なかった。」
みんな…誓の言葉を黙って聞いてる。
千里さんは、もう…一言も発さない。
「ある日、見ちゃったんだ。麗が…ビニールハウスに入ってくとこ。」
「……」
麗の…すすり泣く声が聞こえる。
「限界…だったんだよね?」
「…ふ…っ…うっ…」
「…トリカブトだと…絶対すぐにバレちゃうと思って…」
「…誓?おまえ…」
「…僕が…母さんを殺したんだよ。」
足元が…揺れた気がした。
誓が…容子さんを…?
「夾竹桃の花を、少しずつ…本当に少しずつ…」
淡々とした、誓の声…
おばあちゃまは…麗が殺したと思って庇って…
麗は…ずっと自分が殺したと思ってて…
だけど…
まさか…
誓が…
「どの話もハズレだな。」
「!!」
驚いて肩を揺らした。
いつの間にか、後ろに貴司さん…!!
貴司さんはあたしの肩に手を掛けて、そのまま…大部屋に入った。
「…母さん…」
麗は泣きながら、あたしを見て…
あたしは、盗み聞きしてたのがバレて…とても…
「…ごめん…気になって…盗み聞きしてた…」
みんなに、謝った。
「私が後ろに立っても気付かないなんて、よほど集中してたんだろうな。」
貴司さんはそう言って、小さく笑った。
あたしはもう…小さくなるしかない…
「…容子が死んだのは、確かに…毒性の強い花に触れたりしてしまったせいだ。」
貴司さんは荷物を下ろすと、ネクタイを緩めて座った。
「大学病院でその話をされて…私は、うちにある花を全部調べたんだよ。」
「え…」
「誓が夾竹桃だと思ってた花は、ナデシコだ。毒性がないわけじゃないが、花びら少量じゃ効かない。容子は解毒剤も飲んでいたしな。」
「…そんな…」
誓が、崩れるように座った。
「僕は……」
「…誓。」
それまで黙ってた千里さんが、誓の前に立って。
「おまえ、失敗に終わったとは言え…実の母親に何てことしやがる!!」
そう言って、誓の頬を平手打ちした。
「千里さん!!」
お義母さんが止めに入ったけど、千里さんは続けて…
「麗!!おまえもだ!!」
麗の頬も…平手打ちした。
「…千里君、全ては…私が原因だ。子供達は…」
「は?何言ってるんすか。」
「……」
「麗、嫌なら嫌って、ちゃんと言えば良かっただろ。味方が自分しかいない?勘違いすんな。その勘違いのせいで、自分で首絞めてただけだろうが。」
「…うっ…うっ…」
「誓。おまえ、良かれと思ってやったんだろうけど…結局は麗が殺したって事になったままだったんだよな。おまえ、何卑怯な事やってんだよ。男らしく母親に言えよ。こんなの良くないってな。」
「……」
「ばーさん、あんたもだ。麗がそこまで追い詰められてるって気付いていながら、どうして見て見ぬフリしてたんだよ。」
「……」
「なんで…」
千里さんは、悔しそうに前髪をかきあげて…
「なんで…なんでみんな、麗をほったらかしてたんだ!!」
その言葉に、麗はテーブルに突っ伏して泣き始めた。
誓も…下を向いたまま、顔を上げられない。
お義母さんも…貴司さんも…
伏し目がちに…何も言えなくなった。
あたしは…その光景を、少し離れた場所から見てる気分になった。
なんて言うか…
あたしが…いない間に起きた事。
あたしがあの時、貴司さんに何て言われようと…ここに留まっていたら…
そうしたら、誓も麗も存在してないけど…
こんなに、悲しい想いをしなくて良かったんじゃないかな…なんて思ってしまった。
だけど。
あの時…って思い始めたら、キリがない。
あたし、後悔だらけだもん。
だから…出来れば…
「…うん。麗もだし…その辛さや苦しみを、ほったらかしてたみんなも悪いね。」
あたしは、あっけらかんとして言う。
みんなは顔を上げてあたしを見た。
「でもさ、もう昔の事だよ。疑いは晴れた。ずっと抱えてた重たい物も、ここで吐きだして終わらせて…」
あたしは…麗の手を取って立ち上がらせると。
優しく…抱きしめた。
「これから、桐生院家は…また新しく家族になるんだよ。」
背中をポンポンってして言うと…麗はあたしの背中をギュッとして…泣き始めた。
「…辛かったね…麗。苦しかったね。これからは、泣いたり笑ったりして…もっと麗の気持ちを聞かせてね。」
「うっ…ふっ…う…ん…」
麗の涙が少しおさまった所で…次は、誓を抱きしめる。
「…誓だって、必死だったんだよね。その時のベストが、そうだったんだよね。」
「……カッコ悪いね…僕…」
「そんな事ないよ。誓はいい子。自慢の息子。」
「……」
それから…あたしはお義母さんも抱きしめた。
「何ですか…もう…」
お義母さんは涙声で。
あたしも…ちょっともらった。
「お義母さん…大好き…」
「…いやだね…いい歳して…」
お義母さんに、背中をポンポンってされて…あたし、ここにお嫁に来て良かったなあって…思った。
そして…
「…俺もっすか…」
千里さんも、抱きしめる。
「世界一のお婿さんよ。ありがとう。」
「……」
千里さんは、あたしから離れると。
「…叩いて悪かった。」
誓と麗を順にハグして…頬を撫でた。
それからあたしは…
「…貴司さん。」
「……」
戸惑ってる貴司さんに…手を差し伸べた。
嫌だよね。きっと。
分かってる。
でも、さっきは…あたしの肩に手を置いててくれたよ?
貴司さん。
あたし達、家族なの。
あたしが強い目でそう訴えかけると…
貴司さんは小さく笑って…あたしを抱き寄せた。
「…すまなかったな…さくら。」
「…え?」
「色々…本当に…」
「…これからも、よろしくね…貴司さん。」
「…ああ。こちらこそ。」
貴司さんの腕の中で…少しだけ目を閉じた。
そして…想った
なっちゃん…
バイバイ。
〇神 千里
「…どうした。」
天気のいい午後。
知花の所に行こうと門を出た所で、麗に待ち伏せされてた。
今朝は俺が起きる前に、誓も麗も学校に行っていたが…もう終わったのか。
「…ちょっと…」
「何だ。」
「…甘い物でも、食べに行かないかなって…」
「……」
あきらかに、昨日の事だよな。
別に俺としては…義母さんが丸くおさめてくれたから、もういいんだが…
あの後、ばーさんが庭師の息子に遠回しに金を強請られてた事を告白した。
それについては警察に届けたりはしないが、次があったらどう出るか分からない。
と、今朝親父さんが麗達の母親が亡くなった死亡診断書や検査結果、うちの庭にあった花や、麗や誓が使った毒では効果がない事を庭師の息子に会って伝えたらしい。
金輪際桐生院家には関わらない。と、一筆書かせてこの件は終了した。
「…じゃ、ちょっと待ってろ。車にする。」
今日は久しぶりにチャリの気分だったが、俺は一旦裏口に回って車を出した。
「…夕べは…ありがと。」
フルーツパフェを目の前に、麗は小さくつぶやいた。
「礼ならいいから、さっさと食え。」
「…え?」
「早く知花の所に行きたい。」
「……もうっ。」
麗が苦笑いして、スプーンを手にする。
俺はコーヒーを飲みながら。
「おまえ、その後どうなってんだ?」
麗に問いかけた。
「その後?何が?」
「男。」
「うっ…けほっ…くっ…」
麗は目を見開いて、まだクリームしか食ってないのに、むせた。
「なっ…な…何の事よ…」
「高原さんとこに泊めてもらった時とか、その後も夜中に帰ってこっぴどく叱られた事あったじゃねーか。」
「う…」
「男だろ。」
「……」
核心を突くと、麗はスプーンを持った手をわなわなと震わせて。
「…ち…違うもん…」
次の瞬間、すごい勢いでパフェをかっくらい始めた。
「…そんな食い方したら、腹壊すぜ?」
「ほっといて。」
やれやれ。
実は…目星はついてる。
麗の相手は…二階堂陸だ。
いつだったか、麗が突然キーホルダーをくれた。
大事にしてた、ペンギンのやつ。
時を同じくして、聖子にも。
超お気に入りだったはずの、フラミンゴのやつをやった。
確か…あれと同じ物を陸が持ってた…って、知花が言ってたんだよなー。
しかも、エレベーターで陸と一緒になった時、あいつ…俺のペンギンのキーホルダーに反応してたもんな。
まったく…
近い所に手を出すなよな。
こういう時、困るだろーが。
「…ねえ。」
「あ?」
「好きって…認めたくないのに、好きな時って…どうしたらいいのかな…」
「……」
色恋の話を俺に相談とか…おまえ、間違えてるぜ?
「なんで認めたくねーんだよ。」
「なんて言うか…負けた気がするって言うか…」
麗らしい気がして、ちょっと笑えた。
でもなー…
せっかくだから、こういうのは、義母さんか知花に話せよなー。
「負ける?じゃ、負けるのが嫌なら好きって認めなきゃいーだろ。」
「えー…でも…」
「好きって認めた方が勝ちって事もあるぜ?」
「…そうかなあ…相手が…自分の事なんて、どうでも良くても?」
「そこはおまえの力次第だろ。まずは自分の気持ちに勝ちだの負けだの言ってる段階で、相手に届くはずなんてないな。」
「……」
「それが嫌なら、諦めるんだな。」
「…義兄さん、意地悪だ…」
「俺に聞くからだろ。知花に相談しろよ。」
「…恥ずかしい…」
「はあ?」
「だって…姉さん、あたしの事、完璧って思ってるから…」
「……」
「…何よ…」
「あっはははははははは。」
つい大声で笑ってしまって、他の客にジロジロ見られてしまった。
「も…もー!!なんでそんなに笑うのよー!!」
「あははは…悪い悪い…おまえ、完璧なんて思われてねーけど?」
「…ほんと?」
「不器用で可愛いって言ってたぜ?」
「…姉さんに言われたくない気もするけど…」
「俺から見たら、姉妹そっくりだ。」
「……」
麗はそれ以上何も言わず、黙々とパフェを食った。
そしてそれから、俺と一緒に知花の見舞いに行って。
「姉さん、つまんない事で悩んでたんだって?」
夕べの大騒動を、さらっと打ち明けた。
おい。
おまえ。
…ま…
いいか。
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