第6話 「おかえりー!!」
〇二階堂 環
「おかえりー!!」
和館からの長い廊下を歩いて、洋館のリビングに入ると。
海が跳びつくようにして駆け寄ってくれた。
「いい子してたか?」
抱えながら海に問いかけると。
「うん!!麗ちゃんに、空と志麻をしょーかいした!!」
海は、自慢げにそう言った。
「おかえりなさい。向こうは寒かった?」
織が俺の肘にかかったままのコートを取りながら言った。
「ああ…ただいま。…麗ちゃんて、海が捻挫させたっていう…桐生院さんの所の?」
「ええ。子守をしたいって、今日来てくれたの。」
「大丈夫なのか?」
「何が?」
「…色々。」
つい…職業柄、外の世界の人間を疑ってしまう。
「信用出来る子よ?」
だが…よく考えると、『桐生院』とは由緒ある家で、坊ちゃんが組んでいるバンドメンバーの家でもある。
…アメリカで色々考え込んだせいか、頭が固いな…
「そうか…織がそう言うなら、間違いないか。」
抱えた海の目を左手で隠して、織にキスをする。
「あっ、何?何で目隠し~?」
「大事なミッションがあったから。」
「オレもミッションするっ!!」
「ははっ。『ボク』になら頼みたい事があるんだけどな。」
「ボクもミッションするっ!!」
「じゃあ、空が寝てるかどうか、見て来てくれるか?」
「ラジャー!!」
「それと、空が寂しくて悪い夢を見ちゃいけないから、30分ぐらい隣で横になっててくれるか?」
「ラジャー‼︎ラジャー!!」
俺の手から降りた海は、敬礼のポーズを取ると、嬉しそうに階段を上がって行った。
年が明けてすぐ、渡米した。
今、主に向こうで動いている頭のサポート。
俺が織と結婚してすぐ、頭夫婦は拠点を向こうに移された。
…本当は、離れたくないだろうに…
「父さん達、元気だった?」
織がお茶を入れてくれた。
俺は織の腰を抱き寄せて。
「ああ。命名式には帰るって。」
耳元でそう言って…抱きしめた。
織は今…妊娠中だ。
六月には、三人目が産まれる。
「…今回は
「ああ。」
二階堂家では、代々身内が考えた名前を出し合い、第三者が引いて決めるという博打的な命名式がある。
『海』も『空』も、それで名前が決まった。
もちろん…織と、織と双子である坊ちゃんの…『陸』も。
「父さんの『星』を引かなきゃいいんだけど。」
織が笑った。
「織は名前考えてないのか?」
「あたしは…名前は父さんと母さんが考えてくれたものがいいかなって。」
「なのに、頭の考えてる『星』は嫌なんだ?」
「だって、ずっと『外れた!!』って騒いでる名前よ?」
「ははっ。」
「…環は?名前、考えなくていいの?」
「俺も…頭と姐さんが考えた名前でいい…って言いながら、沙耶には姐さんの方を引いて欲しいかな。」
「ふふっ。」
腕の中の織を…誰よりも愛しいと思う。
護衛という身でありながら、織に恋をした。
織が恋に落ちて、相手の子供を産んでも…その気持ちは変わらなかった。
そして、まさかの展開で…織と結ばれた。
二階堂に生まれ育ち…二階堂のために、命を懸ける気持ちは今も変わらない。
だが…織や子供達のために、生きて戻らなくては…と。
前以上に、仕事に集中する事が出来るようになった。
「30分空の隣で横になってたら…寝ちゃうわよね。」
織が笑う。
「見て来るよ。」
織の髪の毛にキスをして…階段を上がりかけると。
「…環…」
「ん?」
「帰って来てくれて、ありがとう。」
「……」
子供達の部屋を覗くと、案の定…海は空の隣で眠っていた。
二人の頬を撫でて…安堵の溜息をつく。
どんな現場にいても…織や子供達の事を想う。
そして…二階堂の誰もが無事に仕事を終えるよう…願う。
家族に会いたいのは、俺だけじゃない。
二階堂の古い体制を…変えたい。
頭がずっと一人で変えようとして来た事を…俺も手伝いたい。
すぐに具体的にならないのは分かるが…
いつか…
いつか…と、強く思う。
「環。」
和館に向かって歩く廊下で、名前を呼ばれた。
「って…まだ勤務中だった。すいません。」
「いいよ、沙耶。俺はもう今日は終わったつもりだし。」
俺の言葉に沙耶は首をすくめて。
「向こう、大変だったか?」
ポケットに手を入れて、近付いてきた。
「ああ…頭だけじゃ…」
「……」
「ま、一度に好転はしないさ。地道にやっていくしかない。」
俺がそう言うと。
「…俺と
沙耶はそう言って、俺の肩に手を掛けた。
「おまえ一人が背負うなよ。」
「…背負うなんて、カッコいい事はしてないつもりだけどな。」
「俺から見たら、十分カッコ良く背負ってるけどな。」
沙耶とそんな話をしてると…
「昔っから、おまえの悪いクセ。」
前方から、万里がやって来た。
「もっと俺らにも頼れよ。」
「そーそー。」
「それとも、お嬢さんと結婚したせいで、俺らとはつるみにくくなったか?ん?」
万里は沙耶と反対側の俺の肩に手を掛けた。
「まさか。」
「なら、向こうでの詳しい話、聞かせてもらうために…近い内、飲みに行こうぜ。」
「おー、賛成。」
「…じゃ、明後日の夜にしてくれ。」
「オッケー。」
「じゃあな。」
それぞれ散らばって歩いていく、沙耶と万里の背中を見つめる。
小さな頃から兄弟のようにして育った。
俺が織と結婚して…俺の立場が上になった今も、こうして俺を支えたり励ましたりしてくれる。
「あ。」
ふいに万里が何かを思い出したように戻って来て。
「桐生院 麗。」
俺の前まで来て、そう言った。
「…海が捻挫させた女の子?」
「ああ。坊ちゃんの彼女らしい。」
「え?」
久しぶりに…驚いた気がする。
坊ちゃんの…彼女?
「坊ちゃんが?」
「いや、今日来てた本人が。」
「…都合のいいように言ってるとか?」
「うちで手当てした日、坊ちゃんが送って行って…しばらく帰って来なかったからな。あの時、何かあったのかもしれない。」
「…そうか。」
坊ちゃんは…織の事が好きだ。
本人から聞いたわけではないが…
昔から、二人で助け合って生きて来た織と坊ちゃん。
強く深い絆で結ばれた二人は…もう、『お互い』しか見えていなかったのだと思う。
…織も、坊ちゃんの事を…
「手当たり次第に口説いてたタイプの女の子とは、だいぶかけ離れてるけどな。」
そう言って、万里が笑った。
確かに…坊ちゃんが口説いて連れて歩いてたのは、イケイケな雰囲気の、派手な女子大生だ。
どう見ても、本気じゃない。
「…心配すんなよ?」
万里が小さく笑って言った。
「…何が。」
「お嬢さんは、おまえに夢中だよ。」
「………知ってる。」
「ははっ。ごちそーさまでした。じゃ、早く休めよ。」
「おう。」
…そうだ。
織は…俺に夢中だ…。
それは、触れるたびに思う。
俺も同じ気持ちだからこそ…分かる。
分かるから…
苦しくなる事もある。
織が…
その特別な想いに、気付かないでいてくれたら…と。
〇桐生院 麗
「なあに?ニヤニヤして。」
目の前に、母さんがアップで迫って来た。
「な…」
少し体を引いて、ニヤニヤしてた…ニヤニヤまではしてなかったと思うけど、顔を引き締める。
「別に…」
「麗、ニヤニヤしてても可愛いっ。」
そう言って…母さんがあたしに抱きついた。
「も…もー、くっつかないでよっ…」
そう言いながらも…
あたし…
意外と…抱きつかれるのって、嫌いじゃない…の…かも…。
ホント…いくつよ。って言いたくなるけど…
母さんは、いつも子犬がじゃれるみたいにして、あたしや誓…姉さんにもだし、おばあちゃまにも…たまに、神さんにも、跳びついてドン引きされてる。
…だけど、父さんには…跳びつかないなあ…
「…ねえ。」
あたし、頬杖をついて母さんを見る。
「なあに?」
「父さんには抱きつかないんだ?」
「……」
あたしの問いかけに、母さんは一瞬無言になって。
「やだ!!みんなの前で!?恥ずかしい!!」
あたしの背中をバーンって叩いた。
「いたっ……何よ。みんなには、誰の前でも抱きつくじゃない。」
「みんなと貴司さんは違うもの。」
「…子作り宣言までしたクセに、何が恥ずかしいよ…」
あたしがブツブツ言ってるのを、母さんは首をすくめて見て。
「麗、そのフラミンゴのキーホルダーって、誰かにもらったの?」
…あたしの…ニヤニヤの根源を突いて来た!!
このフラミンゴのキーホルダーは…
陸さんにもらった物。
木彫りで、きれいな羽もついてて…温かみのあるキーホルダー。
これに一目惚れしちゃったあたしは、陸さんに『それ、ちょうだい』っておねだりした。
最初は渋ってたけど…大事にしろよ?って、くれた。
…別に…好きだなって思うわけじゃないんだけど…
何となく、陸さんといると、自分が可愛くなれてる気がする。
何でかな…?
「…別に、どうだっていいじゃない。」
あたしがツンとして言うと。
「あ~、怪しいな~。」
母さんは、あたしの顔を覗き込んで。
「麗、最近ますます可愛くなっちゃったし。」
至近距離で…目をキラキラさせる。
うっ…も…もう!!
何!?この、鬱陶しいぐらいのキラキラ!!
「あ…あたし、出かけるから。」
勢いよく立ち上がると。
「どこへ?」
母さんも立ち上がった。
「…どこだっていいじゃない。」
「年頃の娘が場所も言わずに出かけるなんて、母さん心配。」
「…友達の家。」
「どこの友達の家?」
母さんはそう言いながら、ガシッとあたしの腕を掴んだ。
「……もー!!干渉しないでよー!!」
あたしは母さんを振り切って、玄関に走る。
すると…
「麗ー!!晩御飯までには帰ってよー!?それと、遅くなるなら、絶対、絶対電話してー!!」
庭まで駆け下りたあたしに、母さんは玄関先からそう叫んだ。
「…分かったー。」
「今夜は、麗の好きな、鯛飯よー!!」
「……」
「帰っておいでねー!!」
もう!!
食べ物で釣られるわけ、ないじゃない!!
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