第5話 「…父さん…どういうつもりだったのかな…」
〇桐生院知花
「…父さん…どういうつもりだったのかな…」
パーティーが終わって、高原さんはタクシーで帰っていった。
酔っ払った父さんと千里は、すごく楽しそうだったけど…
あたしは…
母さんの気持ちを想うと、複雑だった。
あたしが…一緒に帰ろうって言った。
高原さんと暮らしてた母さんに。
一緒に帰ろうって…
あたしには、少なからずとも…罪悪感がある。
高原さんには、母さんを奪ってしまったという罪悪感。
母さんには、高原さんと別れるキッカケを作ってしまった罪悪感。
そして…父さんには…
もしかしたら、まだ高原さんを好きかもしれない母さんを…迎え入れさせた罪悪感…。
「…気にしても仕方ない。寝ろ。」
ベッドで、千里はそう言ってサイドボードの明かりを消した。
気にしても仕方ない…
…そうなんだけど…
小さく溜息をつくと…千里があたしの前髪をかきあげて。
「狭い世界で色んな事があったんだ。これからも会う事なんてあるかもしれねーだろ?それなら、今日こんな形で会っておいた方が良かったんだって思う方が良くねーか?」
真面目な声で言った。
「…そう…だよね…」
「悪い方に考えんな。高原さんだって、おまえが娘だと知って初めてのおまえの誕生日だったんだ。親父さんの優しさだと思えば、ありがたい事だろ?」
「……」
そうなんだけど…
どうしても…何だか…スッキリしない。
「それより…」
あたしが悶々とした顔をしてたせいか、千里は至近距離で。
「華音と咲華…可愛かったな。」
そう言って、頬にキスをした。
「ふふ…千里、親バカね。」
「おまえもだろ?」
「まあ…そうだけど…」
「あいつらを産んでくれて…サンキュ…」
…唇が来た。
復縁して…一緒に暮らし始めて…五ヶ月経つのに。
あたしは、今も…千里が隣にいるのが夢みたいって思ってしまう。
こうして、抱きしめて…キスしてくれるのが…
夢だったらどうしよう…って。
「…何。変な顔して。」
千里が、あたしの顔を覗き込んだ。
「…変な顔してる?」
「余計な事考えてる顔だ。」
「…こうしてるのが、夢みたいって思ってた。」
「…なんで夢みたいなんだよ。現実だぜ?」
「だって…」
千里と…もう一度…なんて。
本当に、思わなかった。
もうあたしは…千里から呆れられてるって思ったし…
「…信じて欲しい…いつも俺が想うのはただ一人だけだと…」
ふいに、千里が耳元で…『Always』を口ずさんだ。
「…嬉しかった…」
「…俺は、こっぱずかしかった。」
「ふふっ…だけど、あの後…」
「あー、ほんっと…俺すげーな…思い出しても汗出るぜ。」
「…本当に…嬉しかった…」
「……」
すぐそこにある千里の目が…すごく、優しかった。
初めて会った頃は、人を刺すような鋭い目をしてたのに。
「思いもよらねー事があったとしてさ…」
あたしの首筋に唇を落としながら…千里が言った。
「うん…」
「でも、人生ってそんなもんなんじゃねーかなって、俺は思う。」
「……」
「ずっと上手くなんかいきゃしねーよ。だからみんな、もがいたり解ろうと必死になんだよ。」
「…そう…だよね…」
「俺は…あんなに楽しそうな親父さんを見れて、嬉しかった。」
「……」
確かに、父さんは楽しそうだった。
なのにあたし…高原さんと母さんの事ばかり…
「全部が上手くまわって、スッキリするまでには時間が要る事もあるさ。」
「…うん…」
「俺らは、俺らの事をやるまでだ。」
「……」
「…な?」
「…うん。」
千里の背中に手を回した。
この人と…また一緒になれて良かった。
あたしは心からそう思った…。
〇桐生院さくら
「…貴司さん。」
パーティーが終わって、片付けをして。
大部屋の隅っこで転寝してる貴司さんを起こす。
「…ん…ああ…寝てしまってたか…」
いつも…きちんとしてる貴司さんが、こんな所で転寝なんてする事自体…珍しいし…
違和感。
そりゃあ、あんなに飲んで…酔っ払っちゃったら仕方ないかもしれないけど…
なんで、あんなに飲んだの?
って…ちょっと、色々勘繰っちゃうよ…
「…高原さんは?」
辺りを見渡して、貴司さんが言った。
「もうとっくにお帰りになられましたよ。」
お義母さんが呆れたようにそう言うと。
「あー…悪かったな。見送りもしないで…」
貴司さんは眠そうに、軽く顔を叩いた。
「楽しかったわね。また来ていただけると嬉しいわ。」
背後から聞こえたお義母さんのその言葉に、あたしは勢いよく振り返ってしまった。
「なん…」
言いかけて…やめる。
貴司さんもお義母さんも…あたしを桐生院に迎え入れてくれて…
あたしは、知花とも、知花の子供達とも一緒に暮らせて…幸せだ。
本当に、贅沢者だって思う。
だけど…
貴司さん達は…本当はどう思ってたのかな…
長年、違う男の人と暮らしてたあたしを…迎え入れるなんて。
しかも…あたし…
まだ、なっちゃんの事…
二人とも、何か気付いてるのかな…
「…さくら。」
貴司さんは眠そうな顔だけど、真剣な声で…あたしを呼んだ。
「…何。」
「高原さんがここに来るのは、嫌かい?」
「……」
嫌かって…
嫌って言うか…
「…何で?って思った。」
あたしは素直に答える。
少し、唇が尖ってたかも。
「…そうだな…」
貴司さんはあたしの顔を見て、小さく溜息をつくと。
「実は、何度かうちに来てもらって…色々話を聞いてたんだ。」
あたしの目を見て言った。
「……」
やっぱり…あの気配…
「長年、さくらのそばにいてくれた人だ。私達よりも、さくらの事を知ってる。」
「……」
あたしが何も言えなくなってると、お義母さんがお茶を持って来て。
「はい。」
あたしと貴司さんの前に置いて…自分も、あたしの隣に座った。
「…ありがとう…」
体中の血が、引いて行くようだった。
冷たくなった指先に、そのお茶は…すごく嬉しい気もした。
あたしは湯呑を両手で触って。
「でも…だからって…」
うつむいて…つぶやいた。
「秘密にしてた事は…悪かった。だが…あの人からさくらを奪うような形で連れ戻してしまった私達から見ると…こうして付き合ってくれるのは、嬉しい事なんだ。」
貴司さんはそう言って、お茶を一口飲んで。
「それに…知花の実の父親だ。誕生日ぐらい…一緒に過ごさせてあげたかった。」
それを言われると…すごく痛い気がした。
あたしだって、待ち遠しかったんだもん…
知花の事を娘だと知ってしまった今…
瞳ちゃんの事をあんなに大事にするなっちゃんは…
知花の事も、可愛くて仕方ないと思う…
「あの人と会い始めて気付いたんだが…私は誰にも『貴司』なんて呼ばれる事がなくてね。」
「私以外からはね。親戚からも、呼び捨てはされてませんからね。」
お義母さんが、そう言って小さく笑った。
「そう。だから…舞い上がってしまった。私とは違う世界の人と、色んな話が出来て…刺激になるし、感化される。」
「……」
「さくら、あの人がうちと交流を持つ事を、許してくれないか?」
…そんな事…
そんな事、どうして…?
あたしは泣きたくなってた。
だって、なっちゃんに会う事が…これからもあるなんて…
あたし…忘れられないよ…
なっちゃんの事…
「さくら、あの人の事を、大事に想ったままでいいんですよ。」
「…お義母さん?」
あたしは…口を開けてお義母さんを見た。
「みんな、大事。それでいいんですよ。」
「……」
みんな、大事…
…違う。
あたしは…今でも。
なっちゃんが…一番大事だ。
〇桐生院 麗
「麗ちゃん、しょーかいするね。ボクの妹の空。」
そう言って、海君が子供達を紹介してくれる。
空ちゃんは、三歳の女の子。
織さんに似てるのかな。
茶色い髪の毛に、目の色も少し茶色。
「でね、こっちがね、ボクの弟みたいな、志麻。」
弟みたいな?
首を傾げながら、『志麻』君を見る。
志麻君は一歳。
あたしがこの部屋に入ってから、まだ一度もニコリともしない。
無言で、じっ…と、あたしの顔を見てる。
「空はボクが抱っこしてるから、麗ちゃん、志麻の事よろしくね。」
そう言って海君が空ちゃんを抱っこして。
「おにーちゃ、しゅき。」
空ちゃんが海君に抱きつく。
「あははっ。可愛いっ。」
あたし、その光景に…笑顔になった。
「来てくれて助かるわ…ありがとね、麗ちゃん。」
「いいえ、あたしこそ。色々役立ちます。」
あたしは…今日、陸さんの実家に来ている。
と言うのも、陸さんの双子のお姉さんである織さんが。
「誰か子守に来てくれないかな。」
捻挫した時…部屋の片隅で、あたしを負ぶってくれた人に言ってたのを耳にしたから。
あたしは、高校を卒業したら、桜花の短大に進む。
そこで…幼児教育科を専攻する…予定。
栄養学とどっちにしようかなって悩んだんだけど、ノン君とサクちゃんを間近で見てて、やっぱり子供っていいな~って。
昔から、家の中にいて…笑顔になれない自分がいた。
あたしの本当のお母さんは…ずっと人を恨んだり憎んだりする人で。
それが…あたしを笑顔にさせてくれなくなった。
その根源は、姉さんだ…って思い込んでた時期もあったけど…
自分の事なのに、誰かのせいにするって…ないよね。
だから、あたしも…
母さんに笑顔にさせられなかったんじゃなくて…
キッカケはそうだったとしても、あたしが笑顔にならなくなっただけ。
姉さんがノン君とサクちゃんを産んでくれて、本当に良かった。
あたし、あれからすごく笑顔が増えたし、素直になる事も…でき始めたと思う。
子供の力って…大きいよね。
「志麻君て、クールな赤ちゃんですね…」
目の前にオモチャを持って来ても、ニコリともしない志麻君を見ながら言うと。
「でも、それはそれで喜んでるみたいよ?」
「それ?」
織さんに指差されて見ると…志麻君は口を真一文字にしてる。
「…この、食いしばった口が?」
「楽しくて夢中になってるんだって。」
「…へえ…おもしろい…」
確かに、あたしが手にしたオモチャを必死に見てる志麻君。
いつかこの子が、この真一文字にしてる口を開けて、声を出して笑ってる所が見たいな。
なんて思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます