第36話 千里と知花の結婚式は、教会だった。
〇高原夏希
千里と知花の結婚式は、教会だった。
披露宴というかしこまった形は取らず、ざっくばらんにガーデンパーティーを行い、その後事務所のパーティーフロアで二次会があった。
とにかく、形式にこだわらない、笑顔の溢れた一日だった。
が、光史と瑠歌は意外にも神前式をとり行った後で、ちゃんとした披露宴をする。
特に二次会が用意されてなかったのは、二人がそのまま新婚旅行で渡米する予定だかららしい。
母親の墓参りをした後、ヨーロッパに移動して適当に旅して来るそうだ。
披露宴の席表を見ると、そんなに多くない。
うちの事務所で光史ぐらいの位置に居る者だと、この倍ぐらいは呼ぶと思ったが…
「人数が多ければいいって物でもないでしょう。」
会長室で話した時、光史は淡々とそう言った。
…本当にマノンの息子か?と、笑いが出た。
光史が呼んでいるのは、本当に今後も付き合いのある面々だけ。
広く広く、とことん広く付き合うマノンと違って、光史は狭く深く派らしい。
光史と瑠歌の披露宴サプライズは…
マノン…ではなく。
るーちゃんからの提案だった。
それが、俺を動かせた理由でもある。
『お願いがあるんです。』
るーちゃんがそう言って電話して来たのは…二月の終わりだった。
俺も感じた事のある、光史の…マノンに対する冷たい態度。
いつもなわけではないが…どこか軽蔑しているような。
その理由を聞き出そうとした事はないが、今回…るーちゃんから聞かされた。
『光史は…あたしが渉を出産した時に、真音が不在だった事をずっと怒ってるんです。』
「え?」
確か…るーちゃんが次男の渉を出産した時、Deep Redは久しぶりのレコーディングで。
だが、病院からの電話で…
「マノンは病院に行ってなかったのか?」
『…ええ。』
「なぜ。」
『…あたしも、その時は…レコーディングが押して…って聞いてたんです。』
「すごく血相変えてタクシーに乗り込んだのを見たけどな。」
『あの時は…両親も日本にはいなくて、鈴亜も小さかったし、光史…たぶん一人で色々抱え込んでたんだと思うんです。』
渉が生まれた時、光史は10歳。
たまにマノンが事務所に連れて来て、一緒にギターを弾いている姿を見かけていたが…
渉が生まれてからというもの、マノンと光史のそういった姿は一度も見る事がなかった。
それどころか…
光史はドラマーになった。
マノンの腕にしがみついて歩くような姿も…なくなった。
「マノンは、どこに行ってたんだろう。」
『それが…後から知ったんですが…』
るーちゃんの話は、こうだった。
後日、光史ぐらいの男の子が家を訪ねて来て。
「朝霧真音さんに、助けてもらいました。ありがとうございました!!」
そう言って、頭を下げた…と。
その男の子は、父親に買ってもらったギターを、高校生に奪い取られそうになった、と。
そこへ、マノンがタクシーから降りて助けてくれたらしい。
だが、ギターはすでにケースの中で無残な状態に。
マノンは泣きじゃくる男の子を連れて、音楽屋に向かって…
「これは…もう、ちょっと無理だと思いますよ…」
そういう店員に、何とかしてやってくれ。と頭を下げ。
それでも…と渋られると。
「ここは、ピックアップ交換したらええんちゃうん?」
修理に参加し始めた。
頭を下げてるのが、誰でもない…Deep Redのマノンだ。
店員も、出来ない事を頼まれて困り果てていたようだが、結局はマノンと一緒になって修理を始めて。
「これ、今日は無理だから、明日また来てくれる?」
店員が男の子を帰しても、マノンはそこに留まって一緒に修理をしたらしい。
で…
『気が付いたら、深夜だった…って。』
「…マノンらしいと言えばらしいが…光史はそれを知っても怒ったのか?」
『むしろ、それからの方が怒ってます。ギターの事になると…周りが見えなくなってしまうマノンにガッカリしたみたいで…』
「…光史の気持ちも解らなくはない。」
マノンは、本当にいい奴だが…
ギターの事となると、周りが驚くほど熱くなる。
渉が産まれるまで、家に帰らない事も多かったが…
あれから、ちゃんと帰るようになったのは…
光史の怒りが関係していたのかもしれないな。
『真音は…ずっと変わらず、光史を大事にしていますが…光史にとっては、真音は…あの時から、父親ではなくなってるんです。』
「…父親と思ってないとしたら、どう思ってるんだ?」
『Deep Redのマノンです。』
「……」
『マノンだから、仕方ない…と。』
アメリカで…
光史を愛おしい目で抱き上げていたマノンの姿を思い出した。
俺の息子に何すんねん!!
そう言いながら、光史を抱きしめて…頬にキスをする。
そう言えば、昔みたいに心からの笑顔な光史は…しばらく見てないな。
「サプライズは、どんな形にする?」
俺の問いかけに、るーちゃんは。
『あたしだけの…宝物があるんです。それを…明日渡したいので、どこかで会えませんか?』
事務所だと、十中八九マノンに会う。
俺は翌日、朝霧家に近い場所にあるカフェで、るーちゃんと落ち合い、そのお宝を…いただいた。
〇朝霧光史
「どう?おかしくない?」
白無垢姿の瑠歌が、赤い唇を少し開いて言った。
「…おかしいに決まってるだろ。」
俺が小さく笑いながら言うと。
「…どうせそんな返事だろうとは思ってたけど…」
瑠歌は目を細めて。
「もっと褒めてくれる人を選べば良かった。」
そんな気もないクセに、頬を膨らませた。
「お兄ちゃん酷過ぎ。瑠歌ちゃん、めちゃくちゃ綺麗!!あ~あたしも早く結婚した~い‼︎」
妹の
「あたし絶対ドレス派なんだけど、白無垢もいいなあ…この後の色打掛も、絶対こういう時じゃないと着れないし…悩む~…」
そう言って、本気で悩んでるような顔の鈴亜。
「その前に相手探せって話だよな。」
「鈴亜ちゃん、彼氏いないの?てっきりいるのかと思ってた。」
「男がいたら、あんなに早く帰って来ないよな。」
本当は…知ってる。
鈴亜は、まこと付き合ってる。
こっそりと。
鈴亜が早く帰って来ることに関しては、まこが気を使ってそうしてるのかもしれない…
が…
五時は早いよな。
たまーに七時とかになって、親父にバレないように渉にワイロ渡して誤魔化してるが。
むしろ、鈴亜に同情する。
まこでいいのか?
五時に帰らせるなんて、まるで父親だ。
「軽くムカつく。いいわよ…その内ビックリするような素敵な彼氏を紹介してあげるから。」
「…楽しみにしてる。」
まこが相手なら、間違いはないだろうけど…
いつまで内緒にされるのかと思うと、そこは少々腹が立つ。
まこか鈴亜…どちらかが打ち明けてくれたら、こっちだって応援してやるのに。
意地でも知られたくないのか、二人ともかなりしらばっくれた態度を取る。
「あ、ちょっと。」
「え?」
瑠歌の頬についたまつ毛を取ろうと、人差し指で触れる。
「何?」
「まつ毛。」
「…ありがと…」
本当は…めちゃくちゃ綺麗だって思ってるし、むしろ瑠歌の結婚相手が俺でいいのか?って気持ちも…大きい。
残念ながら、俺には陸ほど自分に自信がない。
ましてや、瑠歌は。
大御所が口を揃えて。
『俺らの娘みたいな存在だからな。大事にしろよ。』
とプレッシャーをかけてくるような人物だ。
「鈴亜、もう席に行けよ。」
「あ、うん。じゃ、頑張ってね。」
鈴亜は俺と瑠歌にガッツポーズなんてして、急ぎ足で母さん達の所へ向かった。
本当は瑠歌と二人で少し話したかったが…
あんなに瑠歌を褒めちぎってくれた鈴亜には、感謝だ。
目の前の瑠歌を美しいとは思うけど、当たり前の事だから口にしたくない。
…俺も、俗に言うあばたもえくぼなんだろうけど。
「…ねえ、光史。」
式が始まる直前、瑠歌が前を向いたまま言った。
「ん?」
「…本当に、あたしでいいの?」
「…は?」
「周りから…固められたっぽいじゃない?」
「……」
周りから固められた…と言われたら、そうなのかもしれない。
元々は誠司さんが、丹野さんとうちの母さんが結ばれなかった事で、どこかで繋がりを持たせたかった…と。
その想いと、瑠歌のささやか過ぎる企みのタイミングが合って…
「自力で嫁さんなんて探せなかっただろうから、俺的には結果オーライかな。」
俺も前を向いたままそう言うと。
「…何か心に響くような事でも言ってくれたら…って期待したあたしがバカだった。」
瑠歌はいつもよりずっと低い声で、早口でそう言った。
「…固められたにせよ、どうせ今は通過点でしかないからな…」
俺のその言葉に、瑠歌が少しだけ視線を俺に向ける。
「今から、俺達はずっと家族でいるんだ。」
「……」
「その中で、俺は…おまえに寂しい想いをさせないって決めてる。」
「光史…」
「そう言いながら、正直…そんなの完璧にはできないだろうなって気はするけど…極力頑張うわっ。」
俺の言葉の途中。
突然、瑠歌が抱きついて来た。
「お…おい。せっかく綺麗にしてるのに崩れ…」
「光史、あたし、寂しくなんかないから。」
「……」
「こっちに来るまでは…ずっと一人で、そんなの思った事もあったかもしれないけど…」
俺達の後に介添えの人がやって来て、困惑した表情をしている。
俺は片手を出して、少しだけ。とお願いした。
「だけど…朝霧家のみんな…すごくあったかくて…全然寂しくなんかないよ。」
「…そっか。」
「そう思ってくれてたから、いつも早く帰ってくれてたの?あたしの事、気にしてそうしてくれてたの?」
俺達は…顔も名前も出してないアーティストなわけで…
テレビ出演やライヴがないだけに、レコーディングがないと、かなり暇だ。
俺の目下の仕事らしい仕事と言えば…
ドラムクリニックと、次作に向けての新曲をセンと煮詰めているぐらいか…
「まあ、それもなくはないけど、今は比較的暇だからだよ。」
瑠歌の背中をポンポンとして言うと。
「…あたし、ドラム叩いてる光史をカッコいいって…何回も、何十回も…何百回もビデオ見た。」
「……」
そのカミングアウトには…何となく…胸の奥が疼いた。
ドラムを叩くのは楽しいが、仕事だと思っているだけに…
そこまで言われると…
「そんなに?」
つい、聞き返す。
「うん…だから…いつか、生で見たいなとも思ってるし…」
「…ふっ…」
「おかし…」
顔を上げた瑠歌のあごを持ち上げて、キスをした。
「はっ…」
後ろで、係の人達が息を飲んだが…こういう時は、誰でもおかしくなってるんだろ?
「…口紅…」
唇が離れると、瑠歌が赤い顔で俺の唇に触った。
「このまま入って、いかにもいちゃついてましたって見せ付けようぜ。」
「そんなのイヤっ。」
「ははっ。」
瑠歌は化粧と着くずれを直してもらい。
俺は、新郎様、少し我慢を!!と叱られた。
いきなり、こんなスタートだけど…
…まあ、いいんじゃないかな。
さあ…今日は…
何があっても耐えるぞ。
* * *
神前式は…まあ、無事と言えば無事に終わった。
緊張し過ぎた瑠歌が、盃を落としそうになるハプニングはあったものの…
まあ、その程度で済んだ。
「光史、袴似合うなあ。」
披露宴会場の前のソファーに座ってると、てっきり着物で来ると思ってたセンがスーツ姿で現れた。
「…センが着物じゃない…」
「知花の時に着物着て浮いたのは、さすがに俺でも分かった。」
「ははっ。」
「主役がこんな所でタバコ吸ってていいのか?」
センはそう言いながら向かい側に座って、ポケットからタバコを取り出した。
「主役は瑠歌だし。」
「いやー、今日は光史も注目の的だろ。」
「……」
そう言われると、少し気分が重い。
ミュージャンなんて、観られてナンボだが…
俺は、目立つ事が好きじゃない。
だから、今のSHE'S-HE'Sの在り方は大歓迎だ。
「あっ、センが着物じゃない。」
俺の後方から声がして、振り向くと聖子と知花だった。
「ははっ。俺も言った。」
「えー、光史こんな所でのんびりしてていいの?」
聖子は俺の隣に座ると。
「ちょっと、灰が落ちてるって。」
俺の袴の裾を叩いた。
…ほんと、聖子とは腐れ縁だよな。
自慢の幼馴染だ。
「瑠歌ちゃんは?」
センの隣に座った知花は、シックな着物。
それを見たセンが。
「…知花が着物なら、俺もそうすれば良かったな…」
そう言って、残念そうな顔をした。
由緒正しい家に生まれた二人は、たまに着物や茶道や華道の話で盛り上がる。
俺にはサッパリだが、二人のおかげで少しは引き出しが出来ているかもしれない。
「センは着物かなと思ったのに。」
「陸の時は着物にしよう。」
「あたしは留袖だけどね。」
「あ、そっか……その着物、いいな。」
「おばあちゃまのを借りて来ちゃった。こういう時じゃないと貸してって言えないから。」
「うちのばあさまは、人間国宝の梅沢さんが仕立てた着物を普段着みたいに…」
「えっ、すごーい!!」
俺と聖子は、着物の仕立て屋にも人間国宝がいるのか。みたいな顔をしてしまったと思う。
すまない。
「おー、センはスーツかよ。」
陸とまこがやって来て。
「…また言われた…」
センが苦笑いする。
まこが知花の隣に座って、初めて見る着物だねー、と。
陸は聖子の隣に座って、おまえらいつ来たの、と。
…あー…平和だ。
俺、こいつらと居る時が一番…平和な気がする。
瑠歌との結婚が嫌なわけじゃない。
男しか好きになれなかった俺が…好きになれた女だ。
…知花は…神さんの延長で好きになったような所もあった。
だが、瑠歌は…奇跡としか言いようがない。
だからなのか…まだ、どこか夢みたいに思う部分がある。
…絶対、寂しい想いはさせないと決めてるのに…
どこか他人事に思えるのは…どうしてだろう。
「ねえ、今日、親への手紙とかあるの?」
聖子が困った顔で問いかける。
「…瑠歌に親はいないけど。」
「光史は?」
「絶対ないし。」
あってもやらねー。
母さんになら…とは思うけど、そんな感謝はこんな所では言わない。
「今日は泣く光史が見れるか賭けようぜ。」
陸がそんな事を言ったが…
全員が、泣かない方に賭けて。
「これじゃ賭けになんねーよ。」
陸が唇を尖らせた。
「んー、じゃ、あたしが泣く方に賭ける。」
知花が手を上げて。
「じゃ、僕も知花に乗っかろう。」
まこがそう言ったのを聞いて…
…絶対泣かねーけどな。
心の中で、まこに目を細めた。
今日の鈴亜は…我が妹ながら、可愛い。
いい加減…付き合ってるって言え。
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