第9話 「しゃく、こえきゆー。」
〇桐生院さくら
「しゃく、こえきゆー。」
「ろんもー。」
今日は、知花と千里さんの結婚式。
桐生院家では、朝からみんな大張り切り。
式場がそんなに遠くないからって、家から正装で行くことに。
「サクちゃんはこれでいいけど、ノン君は男の子だからドレスじゃない方がいいかなあ。」
あたしがサクちゃんのドレスを手にして言うと。
「ろんも、そえがいー。」
…もう。
大きくなった時に、ネタにされちゃうよ?
あたし、そう思いながらも…ちょっと、ノン君にドレスをあててみる。
…か…可愛い…
「…何してるの、母さん。」
背後から、麗の声。
「だって、ノン君がこれ着たいって言うから。」
ノン君は、頬に指を当てて、可愛らしさアピール満開!!
「……はっ。」
それに見惚れてた麗が我に返って。
「ダメダメ。可愛いけど、そんな事したら大きくなって一生恨まれちゃうよ。」
慌ててドレスを奪い取った。
「そうよねー…」
あたしと麗は、残念だけどノン君には男前アップタキシードを着せて、サクちゃんにピンクのフリルのドレスを着せた。
「…ああ…可愛い…」
あたしと麗、つい手を取り合って惚れ惚れしちゃった。
だって本当に…キラキラな二人!!
「麗は着物じゃなくて良かったの?」
当初、振り袖を着て行くはずだった麗。
イタリア生活の長い千里さんのお母様が、留袖を着るのが苦手で…って事になって。
あたしも合わせてフォーマルドレスにする事にした。
まだお腹は出てないけど、帯が心配だって貴司さんも言ってたから…ちょうど良かったのかな。
でも、麗は振袖でも良かったのに。
「着物だと、思うように食べれないし。」
「まあ…そうよね。」
何だか、最近すっかり慣れてくれて、たくさん喋ったり相談してくれる麗。
最初はすごくツンケンしてて、だけど上品でおとなしい子って思ってたけど…意外とギャップがあって楽しい。
見た目に反して大食らいとか…
コスメ系に詳しくて、あたしと知花がスキンケアを怠ってると。
「信じらんない!!」
って、あれこれ手入れしてくれたりとか。
結局、世話好きなのよね。
ふふっ。
本当、麗も可愛いっ。
「まあ。まだ着替えてなかったのですか?」
あたしと麗が話してる所に、お義母さんがやって来た。
今日は、お義母さんも珍しくフォーマルドレス。
髪の毛も下ろしてて…何だかすごく新鮮!!
「わー!!お義母さん、誰かと思った!!」
「まあ、大げさな…たまには私だって洋服を着ますよ。」
「え~…でも久しぶりに見た。おばあちゃまが着物以外着てるのを見たのって、あたしと誓が誕生日にあげたパジャマが最後かも…」
麗がそう言って、笑った。
「…あたしは見た事ないかも…」
髪の毛おろしてるお義母さんも、もしかしたら初めて?
お風呂上りも、いつもきちんとしてるし…
もう、本当…お義母さんて完璧!!
「さ、ノン君とサクちゃんはこっちにおいで。そろそろじーじが帰って来るから、一緒にタクシーに乗って行きましょう。」
お義母さんがそう言って、ノン君とサクちゃんに手を伸ばしたけど…
「……」
「……」
二人は、無言でお義母さんを見てる。
「あっ、お義母さん、誰か気付かれてないよ!?」
「えっ。」
「あはは。ほんとだ~。おばあちゃま、子供達から見たら別人なんだ~。」
「ま…まあ…二人とも、私ですよ。おおばー、おおばーちゃん。」
お義母さんはノン君とサクちゃんにそう言ったけど…
「…おおばー、ちあうー…」
ノン君とサクちゃんは手を取り合って、不安そうな目。
お義母さんは目を丸くしてあたしと麗を見て。
「そんなに、違うかい?」
そう言った。
「…うん…すごく…」
「すごく?」
「美人。」
「な…」
あたしの言葉にお義母さんは絶句して。
「ぷっ…」
麗は噴き出して。
「…私は先に出ますよ。子供達を頼みます。」
お義母さんは、赤い顔をして…部屋を出て行った。
* * *
「あ~もう!!知花可愛い!!大好き!!」
会場について、トイレを探してたら…知花の控室を発見。
あたしは、知花を見てすぐ…抱きついちゃった!!
だって!!
本当に、すごく可愛いの!!
「母さんたら…もう…」
知花はクスクス笑いながら、あたしの背中をポンポンってしてくれた。
年明けぐらいから、不穏な空気に包まれまくってた知花と千里さん。
せっかく復縁したのに、この険悪さは何っ!?って、あたしと麗は悶々としてたんだけど…
春の訪れと同時に、二人にも春が来たみたいに仲良しになって。
おまけに…知花も妊娠。
出産予定日があたしと同じなんて、最高の気分。
「さっきまで控室に誰もいなかったけど、みんな来た?」
「うん。家で着替えて来たの。荷物が増えるの面倒だからって。」
「ふふっ。もう…桐生院家って。」
あたしと知花がイチャイチャしてると…
「俺は目に入ってないようっすね。」
背後から声がして、振り返ると千里さんがいた。
「えっ。新婦の部屋なのに?」
あたしが知花に抱きついたまま言うと。
「待ちきれなくて。」
千里さんは、前髪をかきあげながら笑った。
「分かる~。絶対いつもより可愛くなるって分かる知花と、離れていたくないよね~。」
あたしがそう言うと。
「その通りです。」
千里さんは知花の隣に立って。
「…マジ綺麗だ。」
知花の目を見て…優しい声で言った。
「…ありがと…」
知花の幸せそうな笑顔…
ああ…あたし、泣いちゃいそう…
「あっ、あたしお邪魔ね。みんなの所に行ってるから。頑張って。」
何を頑張って?って千里さんが小さく笑ったけど。
あたしはそっとドアを開けて、廊下に出た。
あー…幸せだー…
どうしよう。
こんなに幸せで…もう、胸がいっぱい。
親族の部屋に戻ろうとして、窓の外を見ると…
「……」
なっちゃんの姿が見えて…あたし、立ち止まってしまった。
…そっか。
二人の職場の上司だもんね…来るよね…
…少し…痩せたのかな…
ちゃんと、食べてるのかな。
何だか、顔色も良くないよ…
「さくら?」
ふいに呼ばれて、声のした方を見ると、貴司さんがいた。
「あっ…あ、ごめんなさい。知花の部屋に行ってて。」
「迷子になってるんじゃないかって、みんなが心配してたぞ?」
「もうっ。あたしの事、三歳児ぐらいだと思ってる?」
「あはは。それはないけど、元気良く走ったりしないように。」
「ぶー…」
唇を尖らせてブーイング。
すると、貴司さんの手が…
「……」
「大事な身体なんだ。無理はしないように。」
「…うん…ありがと。」
何とか、普通の笑顔で言えた。
…ビックリした…。
貴司さんが、あたしの背中に…手を添えて歩き始めたから。
貴司さんは…あたしと再婚して、一度もあたしに触れない。
前の時は…抱きしめるぐらいはあったと思うんだけど…
それに、なっちゃんの家に迎えに来てくれた時は…抱きしめてくれた。
…まあ、あたしが勢いよく飛び込んだから、受け止めてくれただけかもしれないけど…
今は、せいぜい…頭をポンポンってするぐらい。
それも、もう…随分前。
それを触れた内にしてしまうなら、まあ…触れた…って言ってもいいけど…
あたし達、夫婦だよ?
もっとこう…
ギュッと…って、思わなくもないんだけど…
…だけど、あたしの気持ちは…今もなっちゃんにあって。
だから、なっちゃんへの気持ちを断ち切るために…なんて。
…貴司さんを利用してるみたいで、心苦しい。
だから、何もないなら…何もない方がいい。
あたしも、そう思うようになった。
だって、貴司さんも…あたしには触れたくなさそうだもん。
「どこ行ってたの?」
親族の控室に入ると、麗と誓が同時に言った。
あはは。
双子だー。なんて、今更ながらに思った。
「ちょっと知花の所に…」
「抜け駆け!!あたしだって、姉さんのドレス姿先に見たかったのに!!」
「まあまあ、麗。さくらは迷子になって辿り着いてしまったんだから、仕方ないだろ。」
「あっ、何それ。あたし迷子になんてなってないし。」
「これ、騒々しい。ノン君とサクちゃんを見習って、静かにしてなさい。」
お義母さんに言われてノン君とサクちゃんを見ると…本当に、いい子に座ってる。
「…はーい…」
あたし、本当に三歳児以下だよ…
とほほ…
〇神 千里
「なんて可愛らしいの!?」
「…おふくろ、いい加減にしろよ。」
「イタリアに連れて帰りたい。」
「…親父、冗談はやめろ。」
俺は、11年ぶりに会う両親に目を細めた。
今、二人が夢中になってるのは…知花だ。
ウエディングドレス姿の知花を見た両親は、さっきからベタベタと知花に触っている。
…いい加減離れろよ。
「ご…ご挨拶遅れてすいません。知花です。」
知花がペコペコと頭を下げると。
「いやいや、うちの父がよくしてもらって、本当にありがとう。」
親父がそう言って、両手で知花の手を握った。
…知花は、スケジュールの合間を見ては、子供達を連れてじーさんの家に行く。
そして、じーさんも桐生院に遊びに来る。
以前は色んな事に首を突っ込んでたじーさんも、もう政界とも貿易の仕事からも手を引いて、今は静かに暮らしている。
そんなじーさんに、華音と咲華は癒しの存在のようだ。
「おまえが婿養子に行くとはな。」
これまた…何年ぶりに会うのか。
アメリカで貿易の仕事をしている長男の幸太夫婦が、俺の後ろで小さく笑った。
「なかなか居心地いいぜ。」
俺の言葉に、幸太は嫁さんの亜弓さんと顔を見合わせて首をすくめた。
「そのリアクション、何だよ。俺だって婿養子だけど居心地いいぜ?」
その隣には、高階宝石の婿養子になった、次男の千幸。
玲子さんも一緒に笑っている。
「結婚したー、別れたー、別れた嫁さんちの婿養子になるーって、全く…忙しい奴だよな、おまえは。」
千幸は笑いながらそう言って、俺の肩をポンポンと叩いた。
「色々サンキュ。」
「色々?ああ…指輪の事か?知花ちゃん、こいつね、君の指輪のサイズも知らずに買いに来て…」
突然、千幸が満面の笑みでそう言って。
「え?」
知花が、キョトンとする。
「おっおい!!言うなよ!!」
「なんで。別にいいだろ?知らずに来て、絶対これだって。分かるって自信満々にさ。」
「言うなよ~…」
俺が額に手を当てて困ってる後で。
知花は、目を丸くして、赤くなっている。
「あはは。ごちそうさま。」
みんなに笑われて…おもしろくねー!!
「幸介はどうした?」
親父が誰にともなく問いかけると。
「さっき庭でじーさんにつかまってた。」
幸太が苦笑い。
じーさんにつかまってた…って事は、説教されてんのか。
フランスでデザイナーをしている三男の幸介は、今回帰って来るつもりはなかったらしいが…
じーさんの執拗な電話に落とされた。
ま、じーさんから色々援助してもらってたからな…
「それで、千秋には連絡がついたのか?」
親父の問いかけに、千幸が首をすくめた。
兄弟の中で、ずば抜けて頭のいい千秋は。
いつも自由気ままに世界を渡り歩いて、その地その地で何か功績を残して帰って来る。
なかなか連絡は取れないが、雑誌や新聞で名前を見かけて、生きてんのか。と思う。
今年の年明け。
突然帰って来て、ビートランドで働いた。
そして…知花に恋をした。
その昔、千秋が千幸の嫁さんである玲子さんとも色々あった事を。
俺は今回の千秋の帰国で知る事となった。
…ま、もう過ぎた事。
それより何より…
居場所が決まったら連絡するって言ったクセに。
何の音沙汰もない。
…まだ知花への気持ちを引きずってやがるな…?
「ねえ、知花さん。是非イタリアの我が家にも遊びに来てね。」
相変わらず、知花にメロメロなおふくろ。
そしてこの後…
「とーしゃん。」
「かーしゃん。」
ふいに現れた、華音と咲華に…
「こ…これが、じーさんが自慢してた双子…」
「やだ…可愛すぎる…」
「こ…こんにちは…」
「こんっいっちぁー!!」
「お…お名前、教えてくれるかな?」
「きうーいん、かろんじぇす!」
最近はなぜか…自己紹介の最後にヒーローのようなポーズを取る華音。
じぇすって何だよ…じぇすって…
「きうーいん、しゃっかえす。」
いつもは華音と同じように、ヒーローみたいなポーズを取る咲華も…
今日の自分のドレスアップにそれは合わないと分かっているのか。
「よおしゅくおねあいしあしゅ。」
何とも、しおらしく挨拶をした。
「華音、咲華、父さんと母さん、どうだ?」
俺がそう言うと、二人はパアッと明るい顔をして。
「おうじしゃまと、おひめしゃまみたい‼︎」
いつもの万歳ポーズをして、同時に叫んだ。
その様子を見た面々は。
「ああ!!もう!!何!?この可愛らしさ!!」
全員が、骨抜きにされた。
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