第31話 今日は、麗のお見合い相手が…来てる。

 〇桐生院さくら


 今日は、麗のお見合い相手が…来てる。

 堅苦しいのはなしで。って事で、食事会なんだけど…

 小々森さんとこの仕出し…これ、一番高いやつだよね!!

 あたし、つい…生唾飲み込んじゃったよ…!!


 お相手は、まあまあハンサムな高学歴の華の家の息子さん。

 いきなり親同伴は気が引ける…って事で、一人で来られたのに…

 うちは、客間に全員集合してるし…


 …貴司さん。

 堅苦しいのなしで。って言いながら…

 これ、十分値踏みだよね!?



 だけど、お相手の方、なかなかのツワモノ。

 貴司さん相手に、話しが盛り上がってるし。

 お義母さんも、今夜は珍しくお猪口でお酒飲んだりして…ゴキゲン。


 麗のお見合い…あたしは不自然な気がするけど、貴司さんとお義母さんは賛成なのかなあ…?



 お酒の補充に、台所に一人戻ってると…


 ピンポーン♪


 ん?

 誰?


 あたし、お義母さんに見られたら怒られちゃうけど…

 廊下を走って玄関に向かった。


 …って…

 くぐり戸の鍵、開いてたのかな?



「はーい。」


 玄関の引き戸を開けると…


「あら。」


 知花のバンドのギタリスト。

 陸ちゃん。


「こんばんは。」


「こんばんは…あ、知花?」


「…いえ、ちょっと…おじゃまします。」


「えっ?あ、あの!!」


 陸ちゃん、いきなり家に上がって、ずいずいと歩き始める。

 どこ行くのー!?


「あっあの…今、大事なお客様が…」


 あたしが背後から声をかけると。


「麗は、どこですか?」


 突然振り返った陸ちゃんは、あたしに凄んでそう言った。


「…えっ?」


「麗に、会いにきたんです。」


「……」


 あたし…つい…口が開いたままになっちゃった。

 だって…

 陸ちゃん…

 麗に会いに来たって事は…

 お見合いをぶち壊しに!?



「…あの奥の部屋です。」


 あたしは小さく笑って、客間を指差した。

 そして…


「麗を、よろしくお願いします。」


 深く…頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 あたしを残して、陸ちゃんは客間に走って。

 それから…勢いよく襖を開けると…


「麗。」


 真っ直ぐに…客間に入って行った。



 …なーんだ…

 やっぱり、怪しかったんだ。

 なのに…お見合いだなんて、麗…バカね。


 何となく…客間に戻る気がしなくて。

 あたしは、大部屋で待機した。

 これから…客間では、どんな修羅場が?なんて…ちょっと思ったけど。



「待てよ。」


 しばらくすると、廊下から声が聞こえた。


「おまえは、俺じゃないとだめなんだよ。」


 …陸ちゃん…

 カッコいい!!


「ふざけないで!!どうしてくれるのよ…お見合いの席、台無しじゃないの!!」


 麗が声を荒げてるー!!

 もう…

 こんなに好きだったのに、どうして…?



「俺も、おまえじゃないとだめなんだ。」


「ワガママで勝手で扱いにくい女を!?」


「普通の奴にはな。でも、俺は普通じゃないから、おまえがいんだよ。」


「何よ…何よそれ…」


 ああ…ごめんね…麗。

 こんなの、隠れて聞いちゃうなんて…母親失格!!

 だけど…心配なのよー!!

 ハッピーエンドになるまで、ちゃんと聞かせてー!!



「俺が普通じゃないってのは、おまえが一番よくわかってるだろ?」


 …あら。

 陸ちゃん…普通じゃないの?

 何がどう普通じゃないのかな…?



「おまえは、唯一…織を忘れさせてくれることのできる女なんだ。」


 ……織…。


 何だろ…

 今…頭の中で…

 何か、引っ掛かった。



 …二階堂陸…二階堂織…

 男女の双子…

 二階堂…


 そして…陸ちゃんの声…って…


 …誰?


 あたしは…

 誰を、思い出しかけてるの…?




「義母さん?」


「…はっ…あっ…な…何?」


 気が付いたら、後ろに千里さんがいた。


「…真っ青っすよ?」


 あたしの顔をじっと見る千里さん…

 千里さん、今…なんて言った?って、少し考えてしまうほど…

 あたし…言葉が頭の中に入んなかった。


「…具合でも?」


「……あっ。」


 あたし、思い出したように千里さんの腕を引いて。


「麗と陸ちゃん、どうなったの?」


 小声で問いかけた。


「…ああ…」


 すると、千里さんは。


「思惑通り。くっつきました。」


 ニヤリと笑った。


「…思惑通り?」


「見合い相手が来てるって電話したんすよ。」


「…千里さん、陸ちゃんが麗と…って、気付いてたの?」


「まあ、何となく。」


「…もしかして、くぐり戸のカギも開けてた?」


「来てくれたらいーなーぐらいの気持ちで。」


「……」


 な…

 なんて素敵なお婿さん!!

 千里さん!!

 あなた、本当に世界一のお婿さんだよー!!

 知花を幸せにしてくれただけじゃなくて、桐生院のみんなをハッピーにしてくれるなんてー!!



「あ、でも…お見合い相手は…?」


 ふと、そんな人が来てた事を思い出して問いかけると。


「まあ、相手が陸じゃ…太刀打ちしようがないっすよね。頭はいい顔もいい、何より麗に想われてる。」


 千里さんは首をすくめてそう言った。


 …そっか。

 そうだよね。

 麗に想われてる。

 …麗、ちゃんと素直になれたのかな…。



 千里さんは『面倒事は嫌いなんで』って、大部屋に一人留まった。

 すると、そこに子供達を連れた知花とお義母さんが戻って来て。


「…寝耳に水…」


 目を丸くして言った。


「陸ちゃんが、あたしの義弟になるなんて…」


 知花は考えると可笑しくなったのか、そう言って小さく笑った。


「…笑い事じゃないですよ…全く…お相手の方に、こんな失礼な…」


 お義母さんはこめかみに手を当てて溜息をつく。

 そんなお義母さんに…


「おおばー、いちゃいの?」


 ノン君とサクちゃんが駆け寄った。

 …あーん、もう…

 天使だぁ…



「あたしもちょっと…謝りに行って来るね。」


 そう言って客間に行こうとすると…


「もうお帰りになられたよ。」


 貴司さんが歩いて来た。


「…あ…そう…」


 その貴司さんの後ろで、陸ちゃんが。


「お騒がせして、すみませんでした。」


 頭を下げた。

 その隣で、麗も…同じように頭を下げた。


「ま、こっち来て座れよ。」


 千里さんがそう言って。

 あたしは、客間の片付けに向かった。


 客間には…誓が一人残ってて。


「誓、どうしたの?」


 あたしが声をかけると。


「…え?何が…」


 誓は…


「……」


 あたし、無言で誓の隣に膝立ちして。


「…ビックリしたね。」


 誓の肩を抱き寄せた。


「え…?何これ…母さん…」


「気付いてないの?誓…泣いてるよ?」


「……」


「麗は、誓の分身だもんね。」


「……」


「よしよし。」


「…ふ…っ…」



 いつだったか…

 麗が帰って来なくて。

 誓がすごく、すごく…取り乱した事があった。

 警察に捜索願出してよ。って…

 だけど、結局…千里さんが。


『あいつ、友達んとこ泊まるって言ってたんだった』


 って…

 嘘って丸わかりな嘘をついて、麗を庇った。


 麗に女友達がいない事なんて…みんな知ってるもん。

 だけど、千里さんがそんな嘘をついたって事は…

 きっと、それだけの理由があったんだよね。


 あたし達はみんな…千里さんを信じた。

 嘘だと分かっても。

 きっと、麗は安全な場所に居るんだ。って。



「…ごめん…母さん…」


「ううん。」


「…ありがと…」


「…うん…もう平気?」


「うん…」


「じゃ…大部屋行く?」


「…うん…」


 誓は涙を拭いて、片付けを手伝ってくれて…

 そうしてると、知花も手伝いに来てくれて。

 三人だと、あっという間に片付いた。


 誓は少し行きたくなさそうではあったけど…

 三人で、少し身体をぶつけたりして…仲良しな感じで大部屋に向かった。



「さくら。」


 大部屋に戻ると、貴司さんに呼ばれた。


「はい?」


「座りなさい。」


「……」


 な…何だろ。

 すでに座ってる貴司さんとお義母さんと、千里さんと…

 そして、麗と陸ちゃん。

 すごく…重苦しい雰囲気…

 さっきまでいた子供達がいないけど、もう寝たのかな?



 あたしと知花と誓は、それぞれ定位置に座って…誰かが口を開くのを待った。

 だけど…

 誰も何も言わない。


 どうして?

 なんで、こんな雰囲気に?



「…もう一度聞く。」


 貴司さんが、低い声で言った。


「君の家は、ヤクザ…と?」


「えっ?」


 声を上げたのは、誓だった。

 あたしは…驚きすぎて、声が出なかった。


 ヤクザ…?



「はい。」


 陸ちゃんは、真っ直ぐな目をして返事をした。

 そんな陸ちゃんを…知花は真剣な顔で見てる。


「特殊な家業です。継いでるのは俺と双子の姉夫婦で、俺は一切関わらせてもらえません。」


「関わらせてもらえない?まるで、関わりたいみたいに言うね。」


「そうですね…後ろめたさはずっとありますから。」


「後ろめたさ?何のだね。」


「…俺一人だけが、好きな事をしてしまっているという罪悪感です。」


「……」


 貴司さんは、難しい顔をしてる。


「本当なら…俺が継ぐべきだったのに。夢を持ってしまったがために…姉が俺の代わりに。」


 …夢を持ってしまったがために…

 その言葉が…すごく悲しく聞こえた。

 夢を持つって、本当は素晴らしい事だよね?

 誇るべき事だよね?

 なのに…まるで夢を持って悪かったみたいに…


 だけど、陸ちゃんの言ってる事が…

 なぜか、あたしには響いた。

 夢を持つって…当たり前じゃない人もいるんだよ。

 持てない人…

 生まれた時から…ただそれだけのために生きる環境…


「……」


 何だろう…

 この感覚…

 二階堂…



「申し訳ないが、君には…」


 貴司さんが何か言いかけた時だった。


「陸ちゃん、本当の事言ったら?」


 知花が…陸ちゃんを真っ直ぐ見たままで言った。


「…本当の事?」


 貴司さんだけじゃなく…千里さんもお義母さんも、知花を見た。


「え…知花…どうして…」


 一番驚いた顔をしたのは、陸ちゃん。


「知ってるよ、あたし。陸ちゃんちが…本当はヤクザじゃないって。」


「えっ?」


 その言葉に、全員が驚いた。

 奪いに来られたはずの麗までもが。


「あたし、アメリカで襲われた事があって…あの時は光史が助けてくれた。」


 知花は、あたし達の顔を見渡して話し始めた。


「でも、犯人を捕まえてくれたのは、陸ちゃんの…家業の人達だよね?」


「……」


 陸ちゃんは…無言。


「光史が言ってた。陸には強い味方がいるからって。その意味が…あの時は分かんなかったんだけど…」


「どういう事だ?捕まえてくれたって事は…」


 千里さんが知花に問い詰める。


「陸ちゃんの実家は…ヤクザじゃなくて」


「ヤクザだ。」


 知花の言葉、遮るようにして…陸ちゃんが言った。


「…陸ちゃん…」


「…うちは、危険な家業です。だから…本来なら、似たような家業同士で結婚するのが筋なのかもしれません。でも俺は…」


 陸ちゃんがそこまで言うと。

 今まで黙ってた麗が。


「…陸さん。」


「?」


「もし、本当に…あたしをお嫁に欲しいって思ってるなら、正直に話して。」


 キッと陸ちゃんの目を見据えて言った。


「あたしの大事な家族に、嘘なんてつかないで。」


「……」


 しばらく…麗と陸ちゃんは見つめ合って。

 そして…陸ちゃんは、一度小さく溜息をついて。


「…だな。」


 目を閉じて…笑った。

 それから、すうっ…て息を吸って。


「…うちは…」


 貴司さんの目を見据えて言った。


「特別高等警察の、秘密機関です。」


 その言葉に…あたしは…




 誰かの背中を…思い出しかけていた。

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