第44話 「おまえら、早く来すぎじゃねーか?」
〇二階堂 陸
「おまえら、早く来すぎじゃねーか?」
俺の控室に入って来た光史とセンに言うと。
「なんか緊張しちゃってさ。」
センがそわそわしながら言った。
「緊張?なんで。」
「だってさ…知花の時も光史の時も、ほぼ身内みたいなラインナップだったけどさ…」
「今日は、どこそこのお偉いさん達がババーンと並んでるんだぜ?」
センと光史は顔を見合わせて『な』なんて言ってる。
…確かに…
ほぼ身内みたいなラインナップっていうのは、ビートランドの面々って事で。
知花と神さんの時も、光史と瑠歌ちゃんの時も、まるで職場の集まりのような顔ぶれだったが…
今日は、もろに違う。
まずは、桐生院の親父さんの関係者が…
「アメリカにも支社があるのは聞いてたけどさ…超有名な映画会社じゃん。」
センが席表を開いて言った。
その辺は俺も…席表を作る段階になって知った。
「…そう考えると、知花は相当なお嬢さんだったって事だよな…」
光史が窓の外を眺めながら言う。
「まあ、そうなるな。」
「よくバンドのボーカリストになんて、ならせてくれたよな…親父さん。」
「そこは本当に感謝だ。」
三人でそんな会話をしていると…
「逆玉君、調子はどうかね…って、もう来てたの?」
ノックもせずに、聖子とまこが入って来て、センと光史を見て笑った。
「俺らの余興、やっぱなしとか…」
センが目を細めて言う。
「何言ってんだよ。楽しみにしてんだから、きっちりやってくれよ?」
「じゃ、陸が泣くかどうか賭けるか。」
光史がそう言って立ち上がると。
「泣く。」
「絶対泣く。」
「泣くね。」
「泣くと思うー。」
四人は声を揃えて言った。
「……賭けんなんねーな。」
実際、俺は涙もろい。
…センほどじゃないが。
そんなわけで、光史の時とは違って俺の泣く賭けは無くなった。
光史の時は、あんなサプライズで思いがけず光史が泣いて。
泣く方に賭けてたまこと知花には、俺とセンと聖子から食堂で一番高いラララパフェをご馳走した。
間もなくして親父が来て。
みんなは親父と挨拶を交わして…部屋を出て行った。
それから、織と環も来て…おふくろも来た。
「海は?」
「泉が泣いたら迷惑だから、ガーデンパーティーだけにするって。」
織が首をすくめた。
甥っ子の海は、本当に面倒見がいい。
そんなの気にせず来ればいいものを…
「それより…何か事件があったんじゃ?」
俺が遠慮がちに言うと。
「万里達が行ってますから、ご心配なく。」
環が普段通り…落ち着いた様子で言った。
…そうか。
万里と沙耶は現場に行ってしまったかー…
あの二人とは、15歳からとは言え…家族みたいに育った。
色々戸惑った俺と織に、すげー優しく接してくれて…
だから、こんな日は…一緒に居て欲しかったな…
…とは言っても、これが二階堂だ。
仕方ない。
「さ、そろそろじゃない?」
織に上から下までジロジロと見られて。
「うん。これなら恥ずかしくない。」
笑われた。
「恥ずかしくないって、なんで笑うんだよ。」
「だって、一時期は破れたジーンズとかさあ…」
「ファッションだっつーの。」
「挨拶で噛むなよ。」
「…何回も練習した。」
「お嫁さんを置いて歩かないようにね。」
「分かってるって。」
まったく…うちの家族ときたら…
「…坊ちゃん。」
義兄になった環は、今も俺を『坊ちゃん』と呼ぶ。
「あ?」
環を振り返ると。
「…おめでとうございます。万里と沙耶の分まで、しっかり見届けさせていただきます。」
そう言って環は…
「…撮らなくていい!!」
片手に持ったビデオカメラを見せた。
〇神 千里
「…ほんとおまえは…」
俺がそう言うと、知花は何か察したのか。
「こ…ここではあまりくっつかないでね…」
そう言って、一歩後ずさりした。
「……」
周りを見渡して…
仕方ない…我慢する事にした。
今日の知花は留袖だが……そそりやがる。
朝霧の結婚式に、ばーさんの高い着物を借りて着て行ったが、あの時も…何度も玄関先で俺がくっついて。
「もー、遅刻しちゃうよ…」
知花に困った顔をさせた。
…着物で困った顔なんてされるとな…
余計そそるんだよな…
「義兄さん、愛情表現したいのは分かるけど、今日は我慢しとかないと…変な意味で目立ったら、姉さんも何かと困るよ。」
誓が肘で俺を突きながら言った。
「…おまえ、言うようになったな。」
「遠慮はしないよ?家族だからね。」
「……」
まあ、そうだ。
その方が俺も楽でいい。
「とーしゃーん。」
「おー、咲華。お姫様みたいだな。」
フリルたっぷりのスカートを穿いた咲華が、駆け寄って来た。
「可愛いぞ?」
抱き上げてそう言うと。
「あのね、ろんが、おなかいたいの。」
咲華は腹を押さえて困った顔をした。
「えっ。どこにいる?」
「おへやー。」
知花と誓に咲華を任せて、俺は控室に向かう。
すると…
「…どうだ?治っただろ?」
「じぇす!!」
「ははっ。じぇす。」
「……」
控室の前。
華音の前に、しゃがんで話をしている人物がいた。
「ああ…麗さんの義理のお兄さんですね。」
その人物は、俺に気付くとそう言って立ち上がって。
「二階堂陸の父です。」
「は…っ…あっ、どうも、このたびは義妹がもらってもらえるとの事で。」
妙な挨拶になってしまった。
なぜか…俺は今、めちゃくちゃ緊張している。
…なぜだ?
「息子にはもったいない、お綺麗なお嬢さんです。」
ゆっくりと…だが、とてもハッキリとした口調。
何だろうか…
この…ハンパない…隙の無さと言うか…
……圧迫感。
「あ。華音、お腹痛いのか?」
華音を抱き上げて問いかけると。
「なおったー。」
華音はバンザイをして言った。
「治った?」
「おじちゃん、なおしてくえたよ。」
陸の親父さんを見ると。
「人の多さに緊張したのでしょう。念のため、白湯でも飲ませてあげて下さい。」
これまた、ゆっくりと…
「…ありがとうございます。」
「では、式場で。」
「あ…はい…」
…さすが…って言うのか?
特別高等警察の秘密機関のトップ…か。
あの陸と同じ血とは思えないが…
「とーしゃん、しゃくは?」
「…ああ、あっちにいるが…一応、白湯を飲もう。」
そう言って控室に戻ると、そこにはボンヤリと座ったままの義母さんがいた。
「…義母さん?」
「……」
「しゃくりゃちゃんっ。」
華音がそう言って膝に倒れ込むと。
「あっ…!!あー…ビックリしたー。」
義母さんは、まるで眠っていたかのような…
…まだ産後鬱が尾を引いてるのか…?
「親父さんは?」
「……」
「…義母さん?」
「あ…どうしたのかな…眠くて…」
「…夕べのビールが響いちゃいましたね。」
俺は華音に白湯を、義母さんにお茶を入れる。
「…今、陸の親父さんがここの前にいたけど、会いましたか?」
「…陸さんのお父さん…」
義母さんは、俺の顔を見てるんだが…
どうも、焦点が合ってない気がする。
「…大丈夫っすか?少し横になった方が…」
そう言って、畳のスペースに座布団を並べると。
「…ううん。大丈夫。娘の晴れの日だもん…大丈夫!!」
義母さんはそう言って立ち上がって。
「あたし、頑張る!!」
天井に向かって…大きな声で言った。
…ほんとに大丈夫か?
〇二階堂 織
「麗ちゃん、綺麗よ。」
親族の顔合わせ。
あたしは、その小さな部屋に入ってすぐ。
麗ちゃんの手を持って言った。
「ほんと…いつもより、もっともっと綺麗。」
麗ちゃんは緊張した面持ちだけど、あたしの手を握り返すと。
「…織さん…」
少しだけ、目を潤ませた。
「ああああ…まだ泣いちゃダメ。お化粧とれちゃう。」
「ふ…ふふっ…はい…」
軽くティッシュを目元にあてて、そっと頬に触れる。
「良かった。ほんと、おめでとう。」
「…ありがとうございます…」
あたしの隣では、環も笑顔で…麗ちゃんと握手を交わした。
陸が結婚する…。
それは、心のどこかが小さく痛むような、そんな気分になるんだろうか…って心配してたけど…
今のあたしは、本当に清々しい気持ちで。
心から、二人を祝福する事が出来てる。
…これって、麗ちゃんへの信頼もあるけど…
環の存在、すごく大きいよね…。
ずっと陸の事が好きで。
自分より先にどんどん二階堂に慣れていく陸に、置いていかれる気がして。
それで…
あたしが後を継ぐ。なんて言ってしまった。
…陸に夢があるのを知っていたっていうのもあるけど…
認めて欲しかった。
陸には、あたしが必要なんだ。って…
環の事…気付いたら好きになってた。
いつ、どの瞬間からか…なんて分からない。
センと恋をして、海を授かって…
あたしは自分の恋より、陸の夢のために二階堂を選んだ。
…もちろん…センの夢のためでもあったけど…
とにかく、あたしにとって…
陸はかけがえのない存在で。
ずっと、心の根っこの部分で…
陸のために生きるって、決めてた気がする。
そんなあたしを、ずっと支えてくれてた環。
万里君も沙耶君もそうだけど…
環は、唯一あたしを甘やかさない存在だった。
後を継ぐ。なんて…簡単に言ってしまったあたしは…
二階堂って大きな組織を深く知れば知るほど、そのプレッシャーに押しつぶされそうになってた。
だけどそんな時、環はいつも…
「お嬢さんは一人じゃないですよ。」
そう言って…励ましてくれてた。
陸への想いは、誰にも言えないものだから。
言葉にも形にもしてはならないものだから。
どんなに陸を愛しく思っても…その気持ちに気付かないよう、自分の気持ちを誤魔化してた。
そんなあたしの気持ち…環は気付いてたはず。
無意識のうちに、陸を見つめてて…
視線を感じて振り返ると、そんなあたしを環が見てる。
…環には敵わないなあ…
環は、一番大事な人。
陸は…特別な存在。
…だったけど…
今は、環が特別で、本当に本当に、大切な人。
環なしの人生なんて、この先…考えられないよ…
「どうした?」
環を見上げてると、優しい顔を近付けられた。
「…スーツ姿はいつも見るけど、こういう時のはまた違った感じで素敵だなって。」
あたしが素直にそう言うと。
「…嬉しいけど、二人きりの時に言って欲しいかな。」
環が、小さく笑って言った。
え?と思って周りを見ると。
「ごちそーさま。」
陸が目を白黒させながら言った。
…あたし、そんなに大声だったの!?
〇二階堂 環
顔合わせは…厳かな雰囲気の中、行われた。
さすが、由緒正しい家柄だけあって、この空気にも誰も緊張すら見えない。
坊ちゃんの花嫁である二階堂麗さんは、普段でも相当な美女だが…
こうして特別な衣装をまとう姿は、またより一層違う美しさを放つ女性だと思った。
織との共通点は見当たらないが、坊ちゃんの気持ちを動かした女性だ。
俺としては、心から感謝したいし、快く二階堂に迎えたい。
それにしても。
この結婚には、不可解な点がいくつかあった。
坊ちゃんの結婚だ。
普通なら相手の家の事を調べ尽くして、全員がそれを知り得る状態になるはずなのに。
頭は…
「桐生院なら間違いない。親戚になるとは言え、どうせ深くは付き合わない。調べるな。」
そう、織に言った。
その『調べるな』が…
すごく引っ掛かってしまっている。
そして…その理由が、もしかして…
「……」
席表で見た、麗さんの母親。
桐生院さくらさん。
とても若くて…母親には見えないが、麗さんにはさらに姉もいる。
いったい、いくつなんだ?と、疑問に思えるんだが…
その、桐生院さくらさんを…
俺は、すごく…知っている人物のように思えて仕方ない。
記憶力には自信がある。
人を覚えておくのも仕事の内だ。
二階堂の人間は、だいたい一度見たら忘れない。
だが…
なんだろう。
この、モヤモヤした感じは。
…他人の空似か?
「…誰に見惚れてるの?」
隣にいる織が、俺の肘を突いて、小声で言った。
「…ヤキモチか?」
「…そうよ。」
「…妬いてもらえるなら、毎日でも誰かに見惚れたフリをするけど。」
「…じゃ、あたしもそうする。」
「…おい、そりゃないだろ。」
俺達が小声で会話をしていると…
「…ふふっ。」
その、桐生院さくらさんが…笑って。
「母さん。」
息子に怒られている。
「だって…千里さんと知花みたいな会話が聞こえて来て…」
「義兄さん達、黙ってるけど?」
「あ…うん…」
「…大丈夫?」
「大丈夫よ。誓、背筋伸ばしてっ。」
「…もー…何だよー…」
その会話に…
「……」
俺は、息を飲んだ。
「何?」
「いや…」
織と坊ちゃんは、能力は高いが…元々から二階堂にいる者達とは違う。
桐生院さくらさん…。
今の俺達の会話が聞こえたとすると…
……二階堂の者並みの耳の良さだ。
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