3:ロビー
(編:ここはイベント自体は良いと思います。バリケードの幅をちょっと変えるだけで改稿できるような気がしますが、如何でしょうか?)
(メモ:主人公たちとフロアチーフのやり取りの裏で、事件が起きてパニックになる)
(W:ここからはラノベ化されていない文章になる。
実は改稿前のプレゼン版は、ここから始まる。
それにしても、この章は全体として見ても、実に異質だ。
前述通り、某デパートで起きたパニックを題材にしてはいるのだが、この章には主人公が存在しない。
次の話で唐突に『私』が出てくるのである。
一体どういう意図でこのパートが書かれたのかは、もはや誰にもわからない)
ロビーは大混乱だった。
入口は一つを除いて、全てシャッターが閉じられていた。そして開いている一つも、警備員と店員が数名並び、カラーコーンとバーで封鎖されていた。
ゆっくりと、順番に外に誘導しますので、しばらくお待ちください――と放送が流れ、客の行列が蛇行しながら、じりじりと隙間をつめ、溢れかえっているのだ。
先程までロビー自体が封鎖されていた。
お客達は、二階の、階段から離れた通路に足止めされていた。
ようやく、ロビーに降りてこられたと思ったら、またもそこで一時停止措置を食らったのだ。
怒号が飛び交い、警備員や店員に客の何人かが詰めよっている。
何やってんだこれ? と誰かが言った。避難誘導だろ、と違う誰かが言う。
火事か?
火災報知器は鳴っていないぞ。
地震かしら?
揺れは感じてないけど――あ、さっきアラームが鳴ったわよね?
ネットのニュースサイトでは、『渋谷で爆発事故』、『浅草で火災』『東京各地で火災や暴動! 同時多発テロか?』等の見出しが躍っているが、記事の内容は詳細な情報とは言い難いものであった。
何故かその詳細を店員達に詰問する客もいた。
奇妙な事に、壁際に設置されている大型のエレベーター四基は、扉を開けた状態で固定されていた。そして、その前にはベンチや大きな椅子が、バリケードのように積まれているのだ。
更に、地階に通じる大きな階段は、大きな鉄製の防火扉が閉じられている。
扉を叩く音と、くぐもった声が聞こえている。殆どの客は無視を決め込んでいるが、スマホを片手に撮影する者、近くにいる店員に質問する者がいた。
質問された店員は、『列にお並びください』と機械のように繰り返すのみだった。
彼ら彼女らは、半分くらいが掃除で使う水きりワイパーやモップを持っており、防火扉やエスカレーターの近くをうろうろしているのだ。
更に――貧血だろうか――客の一人がグレーのパーティションで仕切られた壁際に寝かされていた。
人々は整列こそしているが、徐々に落ち着きを失ってきていた。
刺激的なネットニュースの見出しもそうだが、最大の原因は、現在進行形でSNSに情報が蓄積されていく――
『ゾンビ』についてだった。
何処をかしこもゾンビという単語が溢れている。
映画かゲームの宣伝、よくある『もしもゾンビが~』という妄想スレッドの類にしては多すぎるし、エイプリルフールは二ヶ月前だ。
例えば、某巨大掲示板では、大きなカテゴリである、『テロ関連』『自然災害』にゾンビを主題にしたスレッドが乱立している。そこを覗けば、写真や動画、推奨避難所などが列挙されているのだ。
列に並んだ一人の若者は、スマートフォンから顔を上げた。
SNSのアカウントに大量のメッセージが届いている。
だが、内容は『すぐに東京から逃げろ』とか『はやく身を隠せ』とか『ゾンビが外を歩いている』という、正気の沙汰とは思えない物ばかりだった。
何かイベントとか、今、バズってるギャグとか、こう……ごっこ遊びみたいなものなのかな?
若者の目に、入り口に並んだ警備員の体越しに、外の風景が飛び込んできた。
強烈な日差しに照らされた道路を、人が走っている。
歩いている人がいない――ように見える。
車が全く動いていない。
そういえば――救急車やパトカーのサイレンもやたらと聞こえる気がする。
若者は、スマホに顔を戻す。
誰かに――同僚か友人に電話で――だが、少し前から、『圏外』になっている。仕方なくメールを送るが、返事は一向に来ない。
その時、バタンと何かが倒れる音が聞こえた。
若者は、何とはなしにそちらを見た。人ごみの向こうに、倒れたパーティションが見えた。傍にいた客何人かが大声で店員を呼んでいる。
その所為か列が乱れた。
押すな! とか、寄りかかるなよ! とか声が上がり出す。
と、ガリガリという音が聞こえた。
硬い物を、引っ掻くような、小さな音だった。
ばさっと大きな音がした。
若者から見て、四人ほど前の女性が、下を見て、あら! と声を上げた。誰かが、貧血で倒れたぞ! と大声を上げる。
がたり、と音がした。
さっきの倒れたパーティションを店員が覗いている。
その奥には何も無かった。
若者は、狭いのに何であんな無駄なスペースを、とイラついた――その時だった。
あっと声が上がる。
どさっと、多分またも誰かが倒れる音。
ざわめきが大きくなる。
貧血だ、大変だ、と声が上がる。店員を呼ぶ声がする。
ああ、と若者は思った。
冷房が効いてるとはいえ、こうも立ちっぱなしじゃ仕方ない――
「下に何かいるぞ!」
誰かが叫んだ。
途端にロビーが静まり返った。
がりっがりっという音がする。
うわっ、と年配の男性の声が上がる。
「何やってんだ、あんた!」
年配の男性が、後の人に寄り掛かる。
「やだっ、ちょっと!」
年配の男性の横にいた若い女性が、下を向きながら飛び退り、中年の女性に寄り掛かって倒れかけた。
「あの人を下を、トカゲみたいに動いてる!」
子供の声だった。
きっと、しゃがんで下を見たのだろう。
悲鳴が幾つかあがり、若者の方に人が一気に押し寄せてきた。何人かが倒れ、若者も巻き込まれた。
冷たく固い床に倒れた若者の目に、異様な光景が飛び込んできた。
女性が二人床に倒れている。さっき貧血で倒れた人達であろう。真っ青な顔で、ぴくりとも動いていない。
その横を、ずるりと動くものがあった。
男だった。
痩せたサラリーマン風の格好で、かけている眼鏡のレンズが片方割れている。
男は足が動かないのか、両手で、床に爪を立て、ガリガリと音を立てながら、這いまわっていた。
口の周りには、べったりと赤い液体が付いていた。
「あれって――ゾンビか?」
誰かが、小さくぼそりと呟き、それがさざ波のように拡がっていく。
パニックが始まった。
男が唸り声をあげ、這い進むと、その方向の客達が逃げようとし、将棋倒しが起きる。物が倒れる音と悲鳴が折り重なる。
若者は再び押し寄せてくる人の波を避けると、何とか立ち上がろうとした。
そんな彼の横を店員達が走り抜けた。
店員達は男に近づくと、ワイパーを体に引っ掻けた。
「すいません! そこ開けて! ちょっとどいて!」
店員達の粗っぽい声に、客達は慌てて横に退けようとするが、人が多すぎて上手くいかない。店員達は早足で、呻き声を上げる男を引きずり、悲鳴を上げる客達を割って進み始めた。だが、ワイパーの先がポロリと取れ、男の体が若者の方に転がった。
男は若者の足を掴み、口元に引き寄せようとする。
店員達は、男を、叫ぶ若者ごと強引に引きずって行った。
若者は自分の足を見た。
爪が食い込むくらいに、ジーンズごと掴まれている足首。
その向こうのスニーカー越しに見える、男の顔。その口は顎が外れんばかりに開かれ、目は自分を――いや、何処か酷く遠い所を見ているようで、焦点が合ってなかった。
その男を引きずっていく店員達の体越しに、エスカレーターが見えてきた。
地階に通じるエスカレーター。
さっきから店員が周りでウロウロしているエスカレーター。
地階からの上りは止まっていたが、下りは動いて――
若者は、床に爪を立てて抵抗した。
だが、男の手は足から外せず、店員達は無言で二人を引っ張っていく。
普段なら、全く気にならないエスカレーターのモーター音が、金属と金属が噛みあう音が、多分手摺がしなる音が、徐々に大きく、近くなってくる。
若者は最後に身を翻すと、エスカレーター横にある、非常停止ボタンに飛びついた。
だが、一人の店員のワイパーが若者の肩に食い込み、その動きを止めた。
若者はその店員――Dを見上げ、そして自分の足を見た。
体をありえない角度に曲げた男が、太腿に噛みついている。
店員Dは、意識を失った若者と男を、一緒くたにエスカレーターまで滑らせ、押し込んだ。
二人はもつれ合い、酷い音を立てながら転げ落ち、そのまま降り口で動かなくなった。
店員Dは、下をしばらく覗き込んだ後、上りのエスカレーターの方を顎でしゃくった。
「そっち――どうなってるんだっけ?」
他の店員達は無言だった。
「上りの方、塞いじまわないか?」
他の店員達はじっと、店員Dを無言で見続けた。
「あそこで倒れている――」
店員Dは、ぼうっとした表情で、さっき男が這いまわっていた辺りを指差す。何人かの客が、倒れている人達を助け起こそうとしていた。
遠目だが、その人達の足には、血が付いているように見える。
「あの客も――噛まれてる。だったら――」
店員Dの胸にワイパーが突き付けられた。
「お前がやれよ」
店員Dはワイパーをしばらく見つめ、もぎ取った。
********************************
上りエスカレーターにベンチを放り込んだところで、客が騒ぎ出した。
振り返ると、入口に客が殺到していく。
扉が開かれたのだ。
店員Dはワイパーを捨てると、人の波に飛び込んで入口を目指した。
肩を押され、足を踏まれ、店員Dはよろけた。
と、背中に衝撃が走り、床に倒れる。
「屑野郎」
誰かがそう言って、思い切り足を振り下ろした。
入口をようやく潜ろうとしていた女子大生は、枯れ木が折れるような音を聞いた。振り返ると、尿の匂いが鼻に香ったが、それは、ほんの一瞬のことであった。
彼女は外に出ると、強い日差しに目を細めた。
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