6-1:店先にて1

(編:ここで人員を入れ替えても良いかもしれません。有名な話ですので、読者には人気のシーンになると思います)

(メモ:レギュラー陣の誰かの知り合いにするべきか? 女子中学生を女子高生の後輩にする?)


(W:この店や支店は618事件後もしっかりと営業を続けている。従業員、協力したボランティア、支店共々全員が無事である。

 動画等もいまだにあるので、未見の読者諸君は機会があったら、是非見ていただきたい。一部の困った連中が、衛生云々の非難コメントを書きこんでいるが、これほど的外れな書き込みというのも貴重であるので、やはり必読であろう)




 私は、人の流れに乗って、しばらく進み続けた。

 またも喉の渇きを覚え始めたが、自販機が中々見つからない。見つけたと思ったら、すべて売り切れのランプが点いている。勿論、コンビニがあるのだが、入口まで溢れかえる順番待ちの人に、数分待ってみるも、結局不安に駆られて立ち去るというのを繰り返す。

 地下鉄の入り口に何度も出くわすが、降りていく人は殆どいない。

 私もさっきの、『いっぱいいる!』が思い起こされ、スルーしてしまう。


 へとへとに疲れた所で、道の反対側に人だかりができているのに気がついた。

 黄色いエプロンの店員が、大声で一人一つですよ、と叫んでいる。

 スーパーだ、と私はふらふらと道路を渡った。


 考えてみれば――東京で横断歩道以外で車道を横断したのは、初めてかもしれない。

 見渡す限り車がぎっしりと停まっており、その隙間をバイクや自転車、歩行者がすり抜けていく。誰も横断歩道を使っていない。


 これだけ整備されているのに、こうなってしまったら、もうどうする事もできないんだ……。


 スーパーまであと少し、という所で、店員の声が聞こえた。

「では、皆さん! いきますよ! 後で訴えないでくださいよ!」

 おおっという声が上がり、ばちゃばちゃと水の音が聞こえた。


 私は走り出していた。


 店員二人がホースを使って、客めがけて水をかけていた。先を潰してシャワーにしたり、口を開けた客の顔を狙ったり、笑いと安堵の溜息が渦巻き、私もその恩恵に預かることができた。


 いつの間にか、私は泣いていた。


 ガードレールに寄り掛かって一息つくと、中学生と思しき少女がプラスチックのコップに水を満たして持ってきてくれた。

「水道水ですけど、どうぞ」

 ぬるくて、ちょっとゴムの臭いがしたが、とてつもなく美味い一杯だった。

 思わず、その場に座り込む。

 ズボンが水でびしゃびしゃに濡れたが、そんな事はどうでもよかった。

 店員が小さくカットされたオレンジと、焼いた豚肉の欠片を配り始めた。

「さ、この騒動が収まったら、当店とチェーン店各所をよろしく! ゾンビが来る前に、ささっと食べて、逃げちゃってくださいね」

 横にいた眼鏡の女性が、水道は出るのねえ、と溜息をついた。


 つまりは――公園等に行けば、水は補給できるわけだ。

 元気な客達は、自前の水筒に水を入れてもらい始めた。更に店の商品を買おうとすると、店員に止められる。

「いや、こちらは皆さんと同じく後から来る人たちに、調理して配りますのでお売りすることはできません。申し訳ありません。ですが――」

 店員は奥からスナック菓子のダンボールを大量に持ってきた。

「こちらは、私の責任で皆さんに無償でお配りいたします。ただ、かさばりますので、あまりお持ちになりますと、その――」


 白髪の男性が頭に水をかけながら、唸った。

「あの連中に聞かれるかもしれないわけか。で、連中は、その――音に敏感なのか?」

 店員は首を捻る。

「動画で見た限りですと、反応して寄ってくるようです。倒すには、お約束の――」

「頭を潰すか、切断するんです」

 さっきの女子中学生が平坦な声で言った。

 全員がそちらを見る。

 彼女は、私達に背中を向け、アスファルトに置いたコップに延々と水を注ぎ続けている。

「頭って……そんな事できるわけが――」

 眼鏡の女性はそこまで言いかけるが、女子中学生の背中に何かを感じ、言葉を止めた。 


 人が続々と集まってくるので、私は車道側に移り、ガードレールに腰かけ水を頭にかけた。

「なあ、あんた、これからどうするんだ?」

 白髪の男性が、私に聞いてきた。

 私は正直に、当ては無いと答えた。人の流れに乗って、あっちこっちへと移動しているだけで、できるなら東京をなんとか脱出したい。

 眼鏡の女性がコップを持って、私の前に来た。

「電車は動いてる所と止まってる所があるみたいなんだけど、SNSでしか情報が流れてないのよね。だから正確かどうかわからない。こんな状況じゃ移動するだけでも、結構体力を使うし……」

 白髪の男性が、指を曲げて額をゴツゴツと叩いている。

「俺はタクシー転がしてんだが、都内でうちんとこの車は、今一台も動いていないとさ」

 ええっ、と私の後ろでアスファルトに寄り掛かっていた主婦が声を上げた。

「じゃあ、電車が完全に止まっちゃったら――あ! 高速! 高速道路は! あそこは、ほら、料金所とかがあって――」

 白髪の男性が主婦に顔を近づけ小声になった。私達も顔を寄せる。

「それが――どうも、どこかで事故が起きたらしくて、完全に詰まってるそうだ。俺の友達が――」

 今、高速にいるんですか? と私が聞くと、白髪の男性は首を振った。

「首都高が見えるビルにいるそうだ。高速の上は、酷い事になってるそうだ」

「もしかして、うじゃうじゃいるの?」

 眼鏡の女性の質問に、白髪の男性は頷いた。

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