6-2:店先にて2

「しかし――それにしちゃあ、この辺りはまだ全然いないですよね?」

 ホースを持った店員が、新しく来た客に水をかけながら、会話に入ってきた。

 東京駅でそれらしき集団は見た、と私が言うと、女子中学生がコップを配りながら、早口で、下にはうじゃうじゃいますよ、と言った。

「連中は階段を昇れないのか?」

 白髪の男性の言葉に、女子中学生は首を振った。

「違いますよ。あいつら階段は平気ですけど、ジャンプとかできないんで、改札が通れないんです。だから――ホームから線路に降りて、それでじわじわ広がってるんです」


 眼鏡の女性が、それでか、と溜息をついた。

「電車が各所で止まるわけよね……」

 水を浴びていたヤンキー風の男が、それだけじゃねえぞ、と会話に入ってきた。

「あいつら、上にだって、いるところには、うじゃうじゃいるんだよ。だけど、車が邪魔で進めねえみたいなんだ。だから逃げる時は、車の上を行ったほうがいいぜ」

 白髪の男性が、君、どのくらいいたか数は判るか、と聞いた。

 ヤンキーは頭をぼりぼりと掻くと、首筋にアスファルトに溜まった水をすくって、べちゃべちゃとかけた。

「俺は、渋谷から来た。渋谷は――もう、とんでもない数だよ」

「ワタシ、アサクサ!」

 野球帽をかぶった白人中年男性が手を挙げた。

「アサクサ――ゾンビ、イッパイ、デス」

 主婦が私の顔を見た。

「あたしもさっき、東京駅で見た気がするの。駅の入り口に、ぞろぞろ出てきたあれでしょ?」

 私は頷く。


 もしかしなくても――ここは、偶々、ゾンビがいないだけで、しかも、私達は、じわじわと包囲されている最中なのだ。


 私は立ち上がった。


 どうしよう――どうすれば――


「俺は、知り合いの家に行くことにした」

 ヤンキーはそう言って立ち上がった。

「電話してよ、オッケー貰ったよ。浅草突っ切ると速いんだが、無理そうだな。情報ありがとな。サンキュー、サンキュー」

 ヤンキーは白人中年男性に親指を立てる。

「アナタ、ドウスル? アサクサ イクカ?」

 白人中年男性が立ち上がった。

「ワタシ、アー……ナビ! ナビスル?」

 ヤンキーはすぐにスマホを取り出した。

「あ、俺。わりーんだけど、もう一人追加大丈夫? なんか、ヤンキーが――あ? 違うって。本物のヤンキー……外人がね、いや、だから――」

 白人中年男性が、ワタシ、ワルクチキニシナイヨ? と肩を竦めた。

 電話が終わったヤンキーが、え? という顔をする。

 女子中学生が、ヤンキーって白人に対する悪口の場合もあるんですよ、と言うと、彼はうわっと頭を下げた。

「すんません! 俺は、その――ヤンキース応援してる人のことを言うんだと――」

 キョトンとしている白人中年男性に、眼鏡の女性が英語で何かを伝えると、彼は大声で笑い始め、ヤンキーの肩をばんばん叩き親指を立てた。


 主婦がうーんと伸びをすると、立ち上がった。

「あたしも、そろそろ移動しようかしら……」

 白髪の男性も立ち上がる。

「俺も行くわ。さっきの友達のとこに行くわ……あ、そうだ、気を付けろよ」

 主婦が顔を曇らせた。

「え? 何が?」

「何処まで行くか知らないけど、さっきのあんちゃんが言ってたみたいに――」

 ヤンキーと白人男性、ついでに眼鏡の女性は既に立ち去って、人ごみに消えていた。

「連中は一人の時もあれば、群れてる時もあるらしい。で、これだけ広いのに、結構囲まれるらしい。原因は、多分、人と車だな」


 車がぎっしりと停車した道路に、歩道に溢れかえる人。

 疲れが休めば休むほど、足に溜まっている気がする。さっきみたいな暴走が始まったら、また転ばないでいられるか、自信が無い。

「でも、いざとなったら、そこら辺のビルに入ればいいんじゃないの?」

 主婦の言葉に、私もその通りだと同意した。


 白髪の男性は、微妙な表情をした。

「……これは無線で聞いた話なんだが、連中に追われて、ビルに逃げ込もうとした人の目の前で、鍵をかけた店があったんだとさ」

 体温がすっと下がった気がした。

 主婦が、腕を組んで、ううんと唸った。

「あたしは――K橋まで行こうと思ってたんだけど……やめた方が良いのかしら……」

 何故、K橋? という私の質問に、主婦は声を潜める。

「それが――ネットで、K橋が上がるって情報があって」

 女子中学生と白髪の男性が、は? と声を上げた。

「どういうことですか、それ?」

 女子中学生の質問に、全身びっしょりの太った男性が、それ俺も聞いたわ、と会話に入ってくる。

「なんかKビュータワーってビル? あれを避難所にするんだってさ。で、橋を車とかで封鎖して、K橋を上げて――」

 白髪の男性が、目を剥いた。

「そりゃデマだ! K橋は上がらんよ!」

 太った男性は、かもなあ、と笑った。

「でも、晴海とか、あの辺りを東京から切り離すってのはロマンがあるでしょ? だから、俺はとりあえず見に行ってみるよ」

 ロマンって、と私達は顔を見合わせた。


 結局、主婦は白髪の男性と一緒に、雑踏に消えて行った。

 女子中学生は、店先での水配りに戻った。

 彼女は、ここの従業員ではないだろうに、何故――


 私はそんな疑問を残しつつ、K橋に向かう集団について行くことにした。

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