4:駅まで
(編:ここから駅までは、キャラクター同士の会話を多めにお願いいたします。また、新規参入キャラを出しても良いかもしれません)
(メモ:地階のキャラのうち、妊婦をここで出すように変更か)
(W:というわけで、ここからは618を題材にした、真っ当な記録文学になる。
この章では、618ノンフィクションではお目にかかれなかった描写が幾つかある。それが全て創作かどうかは著者氏が逝去してしまった今では判らないのだが、『ゴムボート』、『自転車便』に関しては、取材中に聞いた事があるし、618関連の映像を注意深く見てみると、画面の端に映っていたりする)
鋭い日差しに目を細めた『私』は、耳に飛び込んでくる騒音に顔を顰めながら、辺りを見渡した。
騒音の主な原因は、車のクラクションだった。
どうやら酷い渋滞のようで、八車線の道路は、車でぎっちりと埋まっている。
歩道も人で溢れかえっていたが、こちらは皆、無言だ。
端に寄ってスマホをいじる学生らしき少年たち、眼鏡を直しながら走り去るサラリーマン風の男、中年のおばさん達と一緒に移動する派手な服の女性達……。
そして、空にスマホを向けている人々。
もう一つの騒音の原因が上にあった。
上空には大小様々なドローンが、無数に飛んでいた。
私は、あまり詳しくないのだが、あれだけ密集して飛んでいては、混線や墜落の危険があるのではないだろうか?
よく見れば、歩道の端に転がっているドローンもある。
私は、持っていたカバンを日除けとドローン対策のために頭の上に掲げ、東京駅の方に移動する流れに乗って歩き出した。
交差点に差し掛かると、救急車がサイレンを鳴らしたまま立ち往生している。
あれは――ゾンビは――いるのだろうか?
さっきデパートのロビーで見たあれがそうならば、そんなに動きは早くない。
ただ、この人ごみの中で襲われたら、いや、誰かが襲われたら巻き添えでさっきのロビーみたく将棋倒しになってしまう。
私は車道の端に降りると、移動を始めた。
同じことをしている人は結構いるのだが、歩道を移動するよりも、涼しくて速く移動できる。
しばらく進むと、橋が見えてきた。
どいてくれ、との声にそちらを見ると、反対側の歩道を、ゴムボートを抱えた一団が進んでいる。
彼らは橋にさしかかると、ゴムボートを投げ入れた。着水の音が聞こえ、歩行者から、おおっという声が上がる。
ボートを抱えていた一団も次々と川に飛び込み始めた。
そうか、水の上か……。
私が興味に駆られ道路を渡ろうとした時、ボート団の最後の一人が声を張り上げた。
「すいませんが、ボートは人数制限がありますので、余分な人は乗せられません。飛び降りても一切助けませんので!」
飛び降りようと、欄干に足をかけていた数人が、舌打ちをする。私も足を止めた。
最後の一人は、わざとらしくお辞儀をすると、ひらりと飛び込んだ。
人をかき分け、水路を覗いてみる。
こちらも大混雑だった。色とりどりのゴムボートや浮き輪が浮かび、水に浸かって壁に張り付いている人もいる。
顔色が悪いような気がするのは、橋の影の所為か、体が冷えている所為か、それとも――
そういえば、泳ぐゾンビ――正確に言うならば、浮いて泳ぐゾンビ――というのは映画等で見たことが無い。
となれば、水上にいるのは、一番の得策なのかもしれない。
どうするべきか?
電車に乗って東京から脱出する、と大まかな予定は立てていたが――
私は水路から顔を離し、東京駅の方を見る。
人の波が溢れかえっている。
今来た道を振り返るが、やはり人の波。上は相変わらずドローンが――
黒煙が見えた。
距離は離れているのだろうが、真っ黒で勢いが強い。
ネットであった、火災というやつだろうか?
一体どのくらいの規模なのだろうか?
私はスマホを取り出そうとして、固まった。
酷く近く、すぐそこのビルの影から悲鳴が聞こえた。
私の周りの人達も一瞬足を止め、そのビルの方を向き――その影からばたばたと数人が飛び出してくるや――ゆっくりと、やがて全速力で駆けだした。
これだけの人数が、全力で走るという光景を私が見たことが無かった。マラソンや物販、年男を決めるあれの比じゃない。
固いアスファルトが揺れているような錯覚を覚える大きな靴音。
前の人から飛んでくる、汗。
ああ、ああ、という擦れた声の輪唱。
足をもつれさせ、転ぶ人が出始める。巻き添えで倒れる音が後ろから聞こえる。
その合間に、出た出た! と叫ぶ声が微かに聞こえた。
今、振り返ったら、ゾンビが見えるんだろうか。
頭の片隅でそんな事を考えながら、私は走り続けた。
これは拙い。
走れば走るほど、どんどん不安が増していく。
何処かで止まらなければ、倒れてしまう。
あの角を、あの角を曲がったら、止まって――歩道の端によって――どこかのビルの影に避難して、一息つこう。自動販売機を見つけて、水分を取るのだ。
角を曲がった所にあった地下鉄の降り口から、人が雪崩のように飛び出してきた。
私は巻き込まれ、車道の方に流されてしまった。
「ダメだ! 下にいる! いっぱいいる!」
汗だくになった小太りの男が、キンキン声で横にいる女子高生に叫んでいた。
「で、でも、地下鉄は動いてるんでしょ? 上にいたら群れに囲まれるじゃん!」
群れ!?
ゾンビが群れで移動するのか?
不安がどんどん加速していく。
いや、待て。
落ちつけ。
噂や偽情報の可能性だってあるんだ。
大体、どこからそんな情報が――
左前方に何か白い物が落ちてきて、車の屋根に当たって私の足元に転がってきた。勢い止まらず、それは私の足に蹴飛ばされ、プラスティックの破片をまき散らし、車の下に滑り込んで行った。
ドローンか。
確かに今のこの東京の状況なら、水の上か、空からが情報を集めるのには最適なわけだ。
となると、ネットやSNSの情報は、どんなに馬鹿げていても――震災の時の原発に関するアホな噂話には『遠まわしな真実』がちゃんと含まれていたわけだから――信憑性が少なからずあるってことになってしまうんじゃないか?
足が何かに躓いた。
咄嗟にガードレールを脇に挟むも、膝が崩れ、尻餅をつきながら半回転した。
どっと汗が吹き出し、耳の奥で異常に早い心音が、頭のそこかしこをひくひくさせる。
後ろを走ってきた人の膝が耳を掠めた。ガードレールに張り付いた私の横を、人の波が勢いを増しながら通り過ぎていく。
荒い息を吐く私の正面、ほんの一メートル向こうのビルの入り口に、老婆が座り込んでいた。きちんと折り畳んだピンク色の日傘を膝に乗せ、疲労困憊といった表情でふうふうと息をついている。
「おら、どけ!」
私の寄りかかってるガードレールをまたいで、若い男が大きな声を上げた。
日に焼けた体に、黒いタンクトップ。腕にはぎっしりとタトゥーがはいっている。
若い男は、大声をあげながら人の波をかき分け、時には突き飛ばし、老婆の前に立つと、その腕を引っ張って強引に立たせた。老婆は悲鳴を上げる。
私は――声すら出せなかった。
なんてこった――人目が多いこんな場所で、まっ昼間に――
男は老婆を抱え上げると、どけどけ! と大声をあげながら歩道を横切り、ガードレールをまたぐと、車道を突っ切って走り出した。
反対側の歩道に面したビル二階の窓から、梯子がするすると降りて来た。
男は老婆を抱えたまま、ひょいひょいと梯子を上がり始める。ギャル風の女性が、けらけら笑いながらスマホで撮影をし、男と老婆が部屋に入ると、ペットボトルを老婆に渡した。
婆ちゃん、いえーい、とかそんな感じの言葉が聞こえ、梯子が収納され、窓が閉められた。
あの老婆は、あの二人の知り合いだったのか?
それとも、あの場所から老婆を見て助けに来たのか?
さもなくば、今あの部屋で老婆は二人に金品を強奪されているのか?
何も判らないし、私は何もしなかった。
何となく、恥ずかしくなったので、私はそろそろと立ち上がり、駅を目指して移動し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます