9:T市場駅

(編:娯楽小説なので、これがラストというのは、いただけないと思います。この展開の後に、クライマックスを作ってもらえませんでしょうか?)

(メモ:ラスボスをこの後出す)


(W:編集氏によると、最初に提出されたバージョンは、『この章で終わり』だったそうだ。

 確かにキリは良いのだが、エンタメとしては、あまりにも盛り上がりが無いし、明確にされていない情報が多い。それが妙に生々しいのだが、とあるキャラクターだけが妙に浮いているようにも感じられる。彼は618の負の部分を一身に背負わされ過ぎのような気がする。

 果たして、彼にはモデルがいるのか?

 『私』と同様に、デパートから逃げてきた、という設定は、一体どうい意図なのか?

 ちなみに著者氏の髪は黒かったそうだが、編集氏曰く、『少し痛んでいるようにも思えた』そうだ。また、著者氏の家の机の上には、斉藤緑雨の『緑雨警語』からの引用と思われる一文と『鏡四朗』という名前が書かれた殴り書きがあったそうだ。引用された一文は教えてもらえなかったので、読者諸君も私と同じく想像していただきたい)




 T市場の仮囲いが開いていた。

 私は人の流れに乗って、中に入る。廃材らしき物が囲いの裏に積まれており、解体用の重機が、やはり囲い近くにおかれ、見張りだろうか、アームや屋根の上にヘルメットを被った男達が座って外を見ていた。また、鉄パイプを持った自衛隊員が、囲いについた扉の脇に立っていた。

 辺りに目を戻すと、ぐったりとした人たちが、日陰にダンボールを敷いて横になっていた。


 私の横にさっきの金髪が並んできた。

「そっちの商店街の方に車でバリケードを作って、簡易的な避難所にしたんだってさ。宣伝はするなって遠まわしに言われたけど、まあ、真実は拡散しなくちゃねえ。あんたもそう思うだろ? ん?」

 私は無視して歩き続ける。

 T市場には来たことが無いので、どのくらい解体が進んでいるのか判らないが、建物は結構残っているように思った。金髪は嬉しそうに写真を撮っている。

「色々揉めてたのがプラスになるわけだから、世の中どうなるか判らんもんだなあ。あんたもそう思うだろ?」

 私は足を速めた。

 先頭を歩いていた自衛隊員――結構若い男と、警察官――腹がつき出した色黒の男、が足を止めた。太った警官は拡声器を取り出した。

『皆さんは、こちらでしばらく待機していてください。準備ができ次第、順次地下鉄の方にご案内いたします』


 地下鉄?


 動いているのか、という質問に若い自衛隊員が頷く。

「O線を臨時で動かしています。行く先はA駐屯地近くの駅で、そこからは徒歩ですが安全は既に確保してあります。現在――」

 ドォン、と爆発音があり、私達の殆どが身を屈めた。

 正面にある囲いの近くの重機の上で外を見ていた自衛隊員が拳を挙げた。

 囲いの向こうから真っ黒い煙が上がった。

 数人の警官と自衛隊員が、正面の囲いの前に集合すると、身を屈め、銃を構える。

 若い自衛隊員は微笑むと、私達に腰をあげてください、と言った。

「――どうやら準備ができたみたいですね。では正面を開けるので、駅まで徒歩で移動してもらいます」


 正面の囲いが、ゆっくりと開いていく。

 T市場正門前の道路は、車が全て脇に寄せられていて、広々としていた。

 若い自衛隊員を先頭に私達は、T市場から出た。

 道路の両端は、お馴染みの車を使ったバリケードだった。ただ、車両の向こうにゾンビが、かなりうろついている。

 特に向かって右手――多分、さっきお茶をいただいたコンビニに繋がる道路はゾンビで埋め尽くされていた。

 そして、そちらにある建物、T市場側にあるビルの一階から黒煙が上がっていた。

 あれは――と、私は近くにいた太った警察官に尋ねると、彼はふふ、と小さく笑った。

「あそこは、T市場駅の入り口の一つなんだけどね、駅の中でゾンビ掃除をやったら、あそこの階段で渋滞しちゃってさ、だからまあ――」

 警察官は両手をポンと開いてみせた。

「あそこを爆破したって事ですか? ええ、いいのかなあ? 自衛隊員が東京のど真ん中でそんなことやっちゃってさあ」

 金髪が私の後ろからニヤニヤ笑いながら、首を突っ込んできた。

 太った警察官はちらりと振り返ると、鼻をほじり、取り出したものを器用に丸めると指で弾いた。

 金髪が抗議の声を上げた。


 左前方に自衛隊員が集まっていた。

 私達はその前で足を止めた。

 駅の入り口の下り階段だった。エスカレーターは止まっているようで、焦げ臭い匂いが辺りに漂っている。眼鏡をかけた年配の自衛隊員が一歩前に出ると、敬礼をした。若い隊員が返礼をする。

「中の清掃は終了した。全員を誘導する許可を出す」

「了解しました」

 きびきびした口調の中に、どこか疲れた響きがあった。

「あのお、いいっすか? これネットで広めても良いんすよね?」

 金髪の質問に、眼鏡の隊員が頷く。

「構わないですが、道中の安全を我々は保証できません。各O線の駅は制圧できた場所とできていない場所があります。ですので、可能であれば、最寄りのO線の駅をまずは観察することをお勧めします。制圧したのであれば、こちらと同じようにバリケードを築いてあるはずです」

「安全を保障できないって、自衛隊が言っていいんすかね? あんたら、俺らの税金で食ってるんでしょ? こういう時に命を投げ出すもんなんじゃねーの?」

 食い下がる金髪を無視し、若い隊員は皆を先導して階段を降り始めた。

「おい! 俺が話してるのに無視して動くのって、どうなんだ?」

 眼鏡の隊員が眼鏡のずれを、中指でゆっくり直した。

「いやあ、時間がもったいないのでね。ご意見等あるのでしたら、最寄りの窓口までお願いいたします」

「ふさけんなよ! お前ら、クソ自衛隊は――」


『うるせえぞ、お前』


 私の言葉に、金髪は言葉を止めた。

「……はあ? なに? なんなの? 偽善野郎め、ぶん殴るぞクソが」

 金髪はニヤニヤしながら私を睨んで喋り続けた。

「俺さ、この状況が始まった時、デパートにいたんだよね。酷かったぜ。ゾンビになった奴を閉じ込める為に、そこの自衛隊みたいな正義面した連中が――」


 太った警官がニコニコしながら私達の間に入ってきた。

「まあまあ、落ち着いてくださいよ。あなたあれでしょ? 自衛隊の人達の態度が気に食わないっていうんでしょ?」

「お前らクソ警官も同じだよ。俺がデパ地下でヒィヒィ言ってた時、お前ら何してたんだ? 俺達が殺し合いしてる時に、何処にいたんだよ? まったく人の税金でぶくぶく太りやがって、どいつもこいつもクソだ、クソ」

 太った警官は笑って腹を叩いた。

「はっはっは! あなたの言ってることは、個人の尊厳を冒す悪口なんだが、まあ、いいや。じゃあ、あなたは――ほら、回れ右して帰りなさいよ」

「はあ?」

「ん? だって、自衛隊とか僕達みたいなクソが準備したものなんてお世話になりたくないでしょう? しかも行くのは駐屯地だ。クソムカついてしょうがないでしょう? あと、ほら! 真実を拡散しなくちゃいけないんでしょう? だったら、地下鉄に乗ってる場合じゃないでしょう!」

 金髪は、太った警官と自衛隊員に向かって馬鹿にしたような笑いを浮かべた。

「なんだ、それ? そんなんで俺に勝ったつもりなの? バッカじゃねーの?」


 私は、金髪の語尾が震えているのを確認し、階段を降りた。

 踊り場まで来ると、誰かが泣き叫んでいる声が、上から聞こえてきた。


 だが、私は、やはり無視して階段を降り続けた。


 気の所為か、照明が薄暗いような気がする。階段の下は、完全に真っ暗だった。

 しかし、この闇の向こうに、ゴールが、終わりが、光があるのだ。


 私は光を求めて、闇の中へと降りて行った。

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