10-1:対決1

(編:アクションやキャラのやり取りは、これでいいと思います!)

(メモ:ここから、没エンドへ行けないか、もう一度交渉)


(W:前述通り、この章は付け足されたライトノベル風クライマックスである。登場人物は第一章のデパート地下脱出組そのままで、ラスボスとの決戦なのだが、このボスの性質は、ありふれてはいるが実に興味深い。著者氏が存命ならば『このキャラをどうやって思いついたのか』、いや――『このキャラにモデルはいるのか』という質問をしてみたかったものである

 著者氏がこだわる没エンドの変形ネタとも言えるものだが、個人的にSFとオカルトの中間のような、このボスは好みである)





「だーかーら! ずっと言ってるでしょ! あの人噛まれたんだってば!」

 小さい女の子――静恵ちゃんの言葉に、俺と二瓶は顔を見合わせた。


 高野さんがシートから体を起こして、腕を組む。

「しかし、噛まれたなら、すぐに意識を失うはずだが……それって普通の人に噛まれたのを見たんじゃないかな?」

 静恵ちゃんはぶんぶんと頭を振った。

「ぜっっっったい違う! あのトンネルで兎さんがバンバン銃撃ってる時に、車の影にいた、腕と足が無い奴が、こう……」

 静恵ちゃんは体をくねらせ、がぶーっと言った。

 タオルおばさんこと、七海さんが眉を曇らせた。

「そういえば、あの時……あの人、足を引きずってたわよね。しかも頭が痛いって……」

「うんうん! あの人ね、後からふくらはぎを噛まれたんだよ! それで、K橋であたしを下に落とそうとしたの」

 は? と二瓶が固まる。

「静恵ちゃん、それ、ちょっと詳しく」

 静恵ちゃんはぶすっとした顔で、俺と二瓶を見た。

「二人がイチャイチャしてる時に、あいつ、あたしのことを持ち上げたんだよ」


 覚えている。確か、肩車って――まさか……。


「そうだよ! 肩車のフリして、あたしを投げ落とそうとしたの! あたし、あいつの髪ひっぱって叫んで、そしたら――」

 女子高生――むつみちゃんが、ああ、そういうことかと呟いた。

「あたし、二人がじゃれてると思って写真撮ろうと思ったんだよね。そしたら、急に肩車やめたんだよ、あいつ」

 むつみちゃんはスマホを出すと、こちらに向けた。

「そういう風に見るとさ、こいつ、ずっと静恵ちゃんの後ろにいるんだよ」

 むつみちゃんが、『静恵ちゃん写真館を作る!』と撮っていた写真を見ていく。Vサインをしたり、腰に手を当てて『不味い!』という表情でお茶を飲む静恵ちゃんの後ろに、見切れるように彼――気弱リーマンこと、重三さんが写っていた。

 妊婦さん――やえこさんがシートに深くもたれながら、天井を見つめ、声を絞り出した。

「あの、また揉め事になるようでしたら、前の方に移動したいのですが……」

 七海さんがやえこさんの額の汗をハンカチで拭く。

 静恵ちゃんが、ひそひそとむつみちゃんに囁いた。

「ね、ね、あのおばちゃんの、『なんだか良い匂い』って、なんなの?」

「ああ、あのハンカチからする田舎の箪笥の香ね。わっかんねーって」

「スマホで調べてよ」

「めんどいからパス」


 俺は、七海さんに頷くと、網棚の上に置いたバットを掴んだ。二瓶が、うわあ、と顔を歪めた。

「確かに、あの人、テンパっててヤバいけど、バットは――」

 高野さんが、いや、と頭を振った。

「あいつ、しょっちゅう電話してただろ? 父親と話してるとか言ってただろ? あれな――」

 むつみちゃんが、口の端を上げた。

「あいつ、電話かけてないんだよな。何処にもかけてないのに、誰かとずっと話してんだよ」

 二瓶が、ええっと声を潜めた。

「それって――」

 高野さんが、腕を組んだ。

「こんな状況だ。誰だって精神的に不安定になる。ストレスだって溜まる。それを解消する手段として、人に迷惑がかからないのであれば、どんな奇行だって許されるだろう。だから、何も言わなかった」

 高野さんは静恵ちゃんを見た。

「だが、殺人未遂となれば話は別だ。静恵君、念を押すが本当なんだろうね?」

 静恵ちゃんは口を尖らせた。

「こんな事で嘘つかないよ! それと!」

 静恵ちゃんは、シートにだふだふと登ると、腰を手を当ててキメポーズをとった。むつみちゃんが光の速さでスマホを構えると、写真を三枚撮った。

「あの人……多分、中身が違う人になっちゃったと思うの。つまり、中身だけがゾンビ!」


 俺は車両と車両を繋いでいる扉――貫通扉を開いて、隣に踏み込んだ。

 七海さんとやえこさんは前の方に移動してもらい、高野さんとシズむつコンビは扉の外で待機してもらっている。

 最後尾で、最後の便だけあって、乗りこんでいる人は二十人もいなかった。

 扉のすぐ近くに座っていた自衛隊員が、俺のバットを見て、君、と立ち上がった。二瓶がさっと近寄ると耳打ちした。

 自衛隊員は車両の奥を見る。


 座席の影に、重三さんはいた。

 壁の方を向いて座っている。

 俺はバットを構え、じりじりと近づいていった。多分、今もぶつぶつ聞こえている重三さんの声に不安を感じてか、重三さんの周りには誰もいなかった。

 俺が近づくにつれ、状況を察してか、乗客たちは扉の方へと移動し始める。

「重三さん?」

 俺はなるべく声が裏返らないように努めた。が、努力は無駄に終わったらしく、二瓶が背中をつついてきた。

「ちょっと、ダチ! ビビってんじゃないわよ!」

「そういうお前も震えてんだろーが! ゾ、ゾンビには慣れたけどもさ~、こんなガチなの、やっぱ無理っすよ~」

 押し殺した声で言い合いを始めた俺達の肩を、自衛隊員がぱぱっと叩く。


 重三さんが立ち上がっていた。


 耳には、スマホが当てられたままだ。

「じゅ……重三さん?」

 俺はもう一度声をかけながら、振り返って、素早く後ろの乗客たちに、隣に行けと口パクをした。すぐに扉が開く音と、大勢の足音が聞こえた。




「父さんが――来るよ」




 重三さんは俺達に背中を見せたまま甲高い声で、いきなり喋った。

「……父さん?」

「僕は――もう――もう――」

「重三さん? その……お父さんと待ち合わせかなんかを……」


 俺の間抜けな問いに、重三さんは答えず、ゆっくりと振り返った。


 黄色く濁った眼。弛んだ皮膚。半開きの口元から涎がすうっと垂れる。

 二瓶が、ゾンビになってる、と小さく呟いた。目の端で自衛隊員がさっと銃を構えた。


「待ちたまえ、私はゾンビではないよ」


 重三さんの言葉に、俺と二瓶がぎょっとして固まる。

 いつもの甲高くて早口な口調ではなく、ゆったりとして重々しい喋り方だった。

「私はね」

 重三さんは滑るように自衛隊員に近づくと、さっと手を伸ばして胸ぐらを掴んだ。

「人とゾンビ、その先なんだ」

 恐らくは装備を入れれば九十キロを超えるであろう隊員を、重三さんは片手で持ち上げ、捻りを付けて投げ飛ばした。

 ばがん、と大きな音を立て自衛隊員は壁にぶつかると、そのままどすりと壁沿いに落下して床に転がる。

 二瓶と俺はすぐに駆け寄った。

 隊員は歯を食いしばり、汗を浮かべていた。

「足が――折れたようだ」

「大丈夫ですか? 立てますか? 歩けますか?」

 二瓶の問いかけに、自衛隊員は頷くと何とか立ち上がった。俺も彼の腰に手を回す。


 隊員が腰に装備している物が、ちらりと見えた。

 あれは―― 


「君達、見たかね? これが人間本来の力なんだ。勿論、普通では手に入らない。私だから、手にできたのだ。私だから、ね」

 誇らしげな重三さんを見つつ、俺と二瓶は自衛隊員を引きずりながら、ゆっくりと扉に移動する。

「人間の潜在能力を自在に引き出せるゾンビの身体、そして人の頭脳。完璧だよ。まったく完璧だ」

「……へえ、そうっすか。そいつはスゲエっすね。ところで、俺達、もう行きますんで、後はごゆっくりってことでいいすかね?」

 重三さんは一歩こちらへ踏み出した。

「私は今、君達に猛烈に噛みつきたい」

 ふへっ、と二瓶が小さく笑った。

「まるで、セクハラっすね」

「その通りだ」

 重三さんは重々しく頷いた。

「ゾンビが人に噛みつくというのは、ゾンビとしてできる唯一の愛情表現であり、感染とはすなわちセックスと同じ、子孫を残す手段なのだよ」

 二瓶の、うへぇという声を合図に、重三さんは歯をむき出して、俺達めがけて駆けだした。


 俺は、隊員の腰から、さっきちらりと見えた物を抜き取ると、両手で掴んでそれを前に翳した。

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