絶筆
さて、ここらで本題に戻るとしよう。
私が編集氏から受け取ったのは、あるライトノベルの原稿である。
いや、正確に言うならば、『書きかけのライトノベル』である。
編集氏によると、ライトノベル著者(以下、著者氏)は、全く違う作品で、某公募の三次選考を突破、最終選考で落選するも、編集氏が脈ありと見て担当につくことになった。
編集氏は、話し合いを進めるうちに、ふとした切っ掛けで、著者氏と618事件の話題で盛り上がり、話の流れで、618を題材にしたライトノベルを執筆する事を勧めたのだそうだ。
編集氏は、新人であり、618関連の著作に関わってみたいと常々考えていたという。
約二週間後、著者氏は五万字強の、『プレゼン版』を完成させる。
前述の通り、618事件関連のフィクションは、じわじわと規制が設けられ始めていた。だから、編集氏が勤める出版社では、編集会議で慎重に協議を重ねる為に、まずは短めのプレゼン版を作り、そこから徐々に作品を肉づけしていくという方針になっていたそうである。
作品タイトルは当初、『あの闇を照らせ!』という『仮題』がつけられていた。
一読した編集氏は、作中内で起きるイベントは、これでOKであるが、『会議にはまだ早い』と伝えた。
理由は、著者氏と事前に話し合っていた『作品の雰囲気』とあまりに『かけはなれていた』ためだそうだ。
編集氏が事前に聞いていたのは、『東京で起きた実際の事件をモデルにしたイベント』に連続で関わりながら、『女の子とイチャイチャする』、『寝ハレ!』の後追いのようなものであった。
だが、著者氏はライトノベルというよりは、ノンフィクション――いや、酷く淡々とした雰囲気の『記録文学』(現実の事件、事実を基に文学的に構成したもの)のような作品を書き上げてきたのである。
そして、その文章は、何か――好ましくない何か――が奥底で蠢いている、と編集氏は感じたそうだ。
編集氏は、とりあえず『これを土台にして、砕けた表現に改稿』していこうと提案し、更に『タイトル変更』も提案する。
著者氏は、了解したという。
著者氏と編集氏の、原稿改稿に関するやりとりが始まった。
著者氏は618事件の後に、仕事場を『人間関係』を理由に退職しており、時間があったために執筆速度が速かった。
すぐに、第一章と人物表、そして『ラスト』が送られてきた。
編集氏は――
第一章、及び人物表は、『気になる点が少しあるが、今はこのままでいい』です。このまま進めて、不具合が出たら、その都度修正していきましょう。
だけど、このラストは『絶対に』やめてください。
――と伝えたそうだ。
著者氏は、やはり了解したという。
数週間後――
『うちカラ』で少し触れた、『東京メトロ第四次掃討戦』が起きる。
著者氏は、どうやら、『それが原因』で亡くなってしまった……『らしい』。
警察が出版社に現れ、編集氏は運転免許証の写真で身元確認を要請された。間違いなく著者氏の物で、警察の話では、遺体のポケットから出てきた財布に入っていたらしい。
著者氏は近親縁者が全員亡くなっていたので、某所にて無縁仏として埋葬された『らしい』。
著者氏は、何故――という私の質問に、編集氏は、首を振るだけだった。
遺書も書置きも無く、直接の死因も判らない。勿論、遺体も見ていない。
だから、何も答えられない。
亡くなった『時刻』と『場所』だけが伝えられ、そこから『掃討戦』を連想したということだった。
恐らくは――ネットから情報を拾って、取材に行ったんじゃないでしょうか。
編集氏はそう言った。
とにかく、『ヤミテラ』は、製作中止という事で出版社は権利を放棄。警察からも証拠品として提出の必要なし、ということになった。(編集氏曰く、誰も目を通そうとしなかったらしい)
そこで、私である。
編集氏は、私にこれを発表してほしいというのだ。
何故私なのですか? と素朴な疑問をぶつけてみると
多分――あなたが一番相応しい、と思うんです。
と、言われた。
まあ、『少しだけだが苦楽を共にした人間への手向け』という意味もありますが――
『これは、多分そのまま外に出すべきもの』だと、思うんです。
だから――
だから、私が相応しい、と。
私はその場で一読させてもらった。
成程、他の618フィクション同様、『成り立て』に襲われる恐怖がたっぷりと書かれており、しかも、他では割とあっさりと流される、『東京の一般人の行動』がかなり書かれている。
だが、それだけではない。
それだけでは、ないのだ。
では、前置きが長くなったが、読者諸君にも一読していただこう。
原稿はプレゼン版を改稿している途中の物を掲載する。(編集氏の基に、改稿する度にメールで送られてきた原稿のうちの最終版である。著者氏のノートパソコンは、東京メトロ内で損壊した状態で発見されている。バックアップデータの所在は編集氏には判らないとのこと)
第一章とラスト数章は、ラノベ風に改稿中、それ以外のパートは、記録文学調のままである。
また、作品の合間には著者氏の部屋で発見された、創作メモ(『メモ』と表記)、編集氏のアドバイス(著者氏との話し合いを、内容のすり合わせの為に録音しておいた。『編』と表記)、そして私の注釈(『W』というイニシャルで表記)を挿入しておいた。
また、都内各所の地名が実名で書かれていたので、こちらもいつものように、ぼかしたり伏せ字にしたりと、『極小の改変』を加えておくこととする。(改変の内容については、伏せるが――例えば、『車線の数が増えていたりする』ことがあるかもしれない。
ちなみに、地名等が実名で書かれていたのは、これはプレゼン版故に、編集氏が実名で書いてくれと依頼した為だ。ただし、建物の内装等は忠実には書かないでくれとの要望が出してあったそうだ。
……とはいえ、あまりに暈し過ぎると、色々とアレなので、もしかしたら地名がそのまま載っている所もあるかもしれないが、まあ、そこはすっと流して欲しい)
肌が合わなかった、もしくは、何かいたたまれない気持ちになったのなら、名を明かせぬ著者氏の冥福を祈りつつ、そっとページを閉じてほしい。
そうでない読者諸君は、そう――
一体、どこまでが、著者が体験した、もしくは行った事なのか、どの出来事がフィクションなのかを想像しながら読んでみてはどうだろうか?(これが著者本人の経験なのか、取材の結果なのか、はたまた他のノンフィクション作品からの引用なのかは、今となっては判らないのである)
例えば――『ヤミテラ』の冒頭は、デパートのシーンからである。名前や内装こそ変えてはいるが、これは、有名な『某デパートで起きた事件』を『そのまま』なぞっているようだ。
ネットのまとめから引用したのだろうか?
取材して生存者から話を聞いたのだろうか?
それとも――
著者はここにいたのだろうか?
そして、いたのならば、その時、この著者は――一体何をしたのだろうか?
いや、何をしてしまったのだろうか?
ちなみに、編集氏は、618関連の著作とは『もう関わらない』方針だという。
それは、一体何故だろうか?
編集氏が感じた、『好ましくない何か』とは一体何であろうか?
本編終了後、『ラノベ風エンディング』の後に、編集氏が『絶対にやめてくれ』と言った、没エンディングも掲載する。
著者氏がこの没エンディングを書いた理由とは、一体何であろうか?
私は、これら全ての疑問の答えが、会議には早いと判断された原因であり――
著者氏が、『照らされない闇に消えて行った動機、もしくは原因』を形作る『欠片』なのではないかと、考えている。
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