11:エンディング

 *各コメントは本文終了後に掲載。



 ふわふわとした終わりのない闇が、急に離れていく。


 俺は目を開いた。

「……よかった……生きてる」

 顔を覗き込んでいた二瓶は、そういって微かに笑った。

「……俺、どのくらい寝てたの?」

 二瓶の手を借りて立ち上がると、痛みが全身を駈け廻った。ちょ、おま、はひっと声を漏らしながら、俺は駄目なおもちゃのごとく、がくがくと体を揺らす。

「うおおっ、大丈夫!? 痛い? めっちゃ痛い?」

「は、はひ……いたいれふ……」

「そっかー……でも、あたしには治療できないしなあ。ちなみにさっきの問いの答えは、三十秒くらいだね。君、爆発で、ひゃあああ、とか言いながら線路を転がってきましてね、まあ、よく転がったもんだよ」

「息を吸っても……喋っても……中腰でも……立っていても……いたぁい」


 自衛隊員が駆け寄ってきた。

「君! 大丈夫か!? 怪我は――」

 俺はへらりと笑って、首を振った。

「ダメです。死にます」

 自衛隊員は、目を瞬くと、意外に丈夫だね、君、と俺の身体をざっと調べた。

「うん、出血はないけど、結構折れてるな。アバラとか凄いわ。足と腕にもひびが入ってるかもしれないし、打ち身やねんざもある」

 二瓶が、おお~と声を上げた。

「つまりボロボロだ!」

 自衛隊員は頷いた。

「一応医療班に見てもらおう。至近距離で手榴弾が爆発してるからね。どこかに破片が入ってるかもしれない」

 俺は、マジで? と気の抜けたような声を出した。

 二瓶が笑う。

「そうそう、そういう抜けた感じが、ダチっぽいんだよね。うおおっとか言っておばさんをキャッチしたり、手榴弾で車両を分断とか、いかんでしょ。ブレまくりだよ」

 俺は、ふはっと息を吐き、そっと振り返った。


 トンネル内の照明は爆発で壊れてしまったのか、辺りは真っ暗で、車両の影すら判らない『闇』になっていた。

 だが、あの『闇』の向こうで、俺はさっき殺されそうになったのだ。


「あ……あのさ、二瓶」

「ん? 腹でも減った?」

 二瓶の顔が近くにあった。

 ずれた眼鏡の上から、大きい目がじろじろとこっちを見ている。体を支えてくれる都合上、俺の腕にはいつの間にか、彼女の大きな胸が押しつけられているのだ。

 横に自衛隊員はいる。それでも良いタイミングなんじゃないのか。

 散々言いそびれたけど、散々色々経験したんだ。


 もう、言えるんじゃないか?


「なによ? 早く言いなさいよ」

「……ええっとですね……」

 いやあ、と俺は言葉を濁し、へらりと笑った。

「……なんだか、今日は疲れたな、ってね」


 まあ、そんなに簡単に、人が変われるってのも、虫のいい話で、それこそ、俺の別の人格が急にでてくるとかそういう展開じゃないと、こういうのはですね――


 二瓶は、しばらく俺の顔を見た後、長い溜息をついた。

「……まあ、実にダチっぽいわ」

「へ? 何が?」

「……いや、変わらない物も、また良きかなってね。

 しかし、君! 気を抜き過ぎじゃないかな? これから徒歩で避難所に行くわけなんだから、全然危険の真っ最中なわけでさ、それに明日以降、もっと大変でありましょうや!」


 そう。

 明日も、今日ぐらいに恐ろしくて――そして、刺激的な日になるだろう。


「……おっほん。ところで、ダチさんや、ものは相談なんだけどもね」

 二瓶がぐっと俺に顔を近づけてくる。

「な、なんすか? か、金ならないっすよ」

「今、この状況で金をせびるかよ、ボケェ。

 今、この状況では、あたしのアパートに帰るのは無理。

 これはOKすか?」

「ああ、まあ、OKっす」

「で、君のアパートに向かうのも無理。OKっすか?」

「まあ、無理だろうなあ」

「君は重傷ってやつだね?」

「はあ、まあ」

 二瓶は、まあ、とテレビショッピングのごとく、手を打ち合わせ笑顔を浮かべた。

 ちなみに目は笑っていない。

「大サービスで、あたしが看病してあげようじゃないか!」

「……は?」

「は? じゃないでしょーが。そこは嬉しいですって言えよ」

「いや……ビルの向こうに雷雲を見かけたかのごとく、むくむくと不安が渦巻いてきているのですが」

 二瓶はジト目に、邪悪な笑みを浮かべ、俺の肩を抱き、耳打ちしてきた。

「文学的じゃないか、君……ところで、お前さんの実家は――埼玉、だったよな~?」

 げぇーっ!? と、俺。

 こ、こいつ、俺の実家に!?

「い、いや、待って待って、ちょっと待って! いきなり実家とかハードル高いし、心の準備とか、その、なんと言いますか――」

「ダチの実家ってさあ、『定食屋』だったよねぇ……この状況でも、安定してるんじゃないのお? 色々と!」

「……お前……」

「あたしの希望としては、豚の生姜焼き定食だね! あ、勿論、代金は払うともさ! あとは――ビールだな! キンキンに冷えてやがるぜーってやつ!」


 あー……そういや、こいつそういうやつだった。

 食い意地が張っていて、ゲーム大好き。んで、ビール飲んで変な事を延々と議論してる女。


「……まあ、俺は二瓶の『そういうトコ』好きよ」

 二瓶は片眉を上げた。

「なんだね、唐突に? で、ゲームハードは何があるの?」

「あー、弟が俺と同じの持ってるから――」

「完璧じゃん! じゃあ、休憩所でちょっと休んだら、すぐに出発だな!」

「重症だっつーの! 看病してくれよ~。さっきそう言ってたじゃん……」

「あたし医療スキル持ってないし、大体、アバラが折れてるのって、結局放置よ? ギプス巻けないしね。あと、こんな東京にあと何日もいたいのかね、君は?」

「……まあ、いたくないわな……」

「よーし、決まったな! まあ、診察次第で今後の方針は変わるが、目的地が決まったのは、良き哉!」

 二瓶は嬉しそうに、俺の手をグイグイ引っ張って歩き始める。


 俺は、もう一度だけ振り返った。


 闇は静かにそこあって、俺を待っているようだった。


 だから、俺は、前に進むことにした。

 彼女が豚の生姜焼き定食を食べるのには、まだ数週間かかるのだが――


 それはまた、別のお話。 


 完





(編:方向性としてはこれでいいと思います。個人的には、他のキャラクターの顛末も続編も含めて、ちらっと提示した方が、読者受けすると思うのですが、如何でしょうか? エピローグみたいな短いものを最後に入れて、今後の波乱な展開を予感させるとか)

(メモ:エピローグ案・ゾンビの群れを、何故か小学生の静恵ちゃんがトラックを運転して、蹴散らしながら進んで行く所でエンド。荷台でみんな、もみくちゃになってる。妊婦は助手席)




(W:618ラノベにしては、笑える範囲で登場人物を痛めつけているのが好ましい。個人的には、B級映画感満載のエピローグを読んでみたかった)

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