第16話 裏魔道具の威力
「エ、エルレナ様っ……!」
我の膝の上で顔を赤らめているロキ。
ふふ、と笑いながらロキの頭を撫でてやると。
それを見ているクルフストスとアンナもつられて顔を赤らめていた。
暫くは呆気にとられていたアンナだったが、はっと我に返りクルフストスに素早く近付くと耳打ちするように小声で話した。
(ちょ、ちょっと、あの凄い綺麗な人は誰よ!? ま、まさか、クルスの……)
アンナのその言葉を聞いてクルフストスはギョッとする。
「ち、違う違うっ。アンナ、この人はエルレナさんと言って、ロキを助けてくれた人だよ。エルレナさん、こちらはさっき言ってった俺の幼馴染で、アンナといいます」
「えっ、そうなの!? あ、それは、し、失礼しました。えと、ロキを助けて頂いたみたいで本当に有難うございますっ!」
一体何だと思っていたのか、アンナは恥ずかしそうな顔をして慌てている。
それにしてもクルフストス、何やら聞き捨てならない事が聞こえたようだが。
「クルフストス、我は人など――」
「ああそうだアンナ、君に渡さなきゃいけないものがあったんだ……」
明らかに我の言葉を遮ったクルフストス。
一体どういうつもりか、目線でクルフストスに問いかける。
(ミイナが見つかるまでは人間って事にしておいたほうがいいですよ。その方が情報を集めやすい)
クルフストスは、我とロキに顔を近づけて小声で囁いてくる。
確かにクルフストスの言う事も一理あるな。
吸血鬼と知れては怖がられて何も聴きだせぬか……。
我は無言でこくりと頷いた。
(では、これは暫く三人の秘密ということで)
「何をヒソヒソと話してるのよ。それより、私に渡す物って?」
「あ、ああ、こないだのあれ修理が終わったからさ。ええと、どこにやったかな……」
クルフストスは、魔道具の山を掻き分けてその渡す物とやらを探し始めた。
その姿にアンナは「まったくもう」と溜息を吐きながらも一緒になって探し始める。
それが何とも自然で、そうする事が当たり前のようにアンナはクルフストスのする事を手伝っている。
その随分と仲の良さげな二人を見ていて、ロキに疑問をぶつけた。
「ロキ、あの二人は恋仲であるのか?」
「えっ、いやぁ、どうなんだろ? あれから一年経ってるので判りませんが、アンナさんの方は満更でもないと思うのですが、親方のほうは……あの通り魔道具一筋ですからね……」
ロキは我の膝の上であの二人を見ながら、考え込むように首を傾げる。
うーんと唸るロキではあるが、その二人を見詰めるロキの瞳はどこか柔らかくなっているように見えるのである。
「随分とあの二人を好いておるようだな、あの二人はお前にとってどんな存在なのだ?」
二人を見るロキはどう見ても心が穏やかになっている。
ロキの柔らかい髪を撫でていると、ロキのその心の中を覗き見たいと思うようになった。
「そうですねぇ、……親方には凄い感謝してるんですよ。両親が死んだ後、途方に暮れていた所に手を差し伸べてくれたのが親方でしたから。親方がいなかったら私たち兄妹は飢えて死んでいましたからね。親方もアンナさんも、いつも私たちを気に掛けてくれるんです。この街では家族や親戚でもない人には誰も優しくなんかしないんですけどね。本当にあの二人には感謝してもしきれないんです」
「……そうか」
微笑を浮かべて嬉しそうに話すロキの頭を再び撫でてやる。
ロキが頬を赤らめ俯いていると、用事の済んだクルフストスとアンナがこちらに戻ってきた。
「いやあ、こっちを優先させてすみません」
そう言って戻ってきたクルフストスは、先程座っていた椅子にどかり腰を下ろした。
その脇にアンナが立っているが、どうやら椅子はこの二つしか無いようだ。
これだけの魔道具が作れるなら椅子くらいは自分で作れそうではあるが。
「それでは話を元に戻しましょう。実はミイナの捜索に関してはちょっと俺に考えが有るんですよ」
クルフストスに考えがある、それを聞いたロキは表情を明るくさせた。
一方でアンナの方は妙に無反応である。まるで、それが当然であると言いたげに、表情には微笑が浮かんでいた。
「本当ですか親方!? ミイナは見つかるんですか!?」
興奮の隠しきれないロキは鼻息を荒げ、その語気を強める。
「まあ落ち着いて、ロキ。この街では子供が姿を消す事ってのはよくあるよね。その殆どの子供の行きつく先が、奴隷商だ。だから、情報を集めるには奴隷商から訊きださなきゃいけないってわけだよ」
ロキは頷きながら聴いているが、アンナの方は顎に手を当てて神妙な表情を浮かべていた。
「でも、どうやって? あいつらが客の情報を簡単に喋るとは思えないんだけど……。それに奴隷商の場所も、ほとんどが闇で取引されてて判らないじゃない」
疑問をぶつけるアンナに、クルフストスはニヤリとする。
「情報を聴きだすのは問題無いんだよね、ふふん」
急に上機嫌になったクルフストスは鼻を鳴らしながら懐に手を入れた。
「これを……、使うんだよ。あれ……、ええと、どこやったかな? ここには……、っと、あれ? ……お、あったあった。これだよこれ」
「……もう、締まらないわねぇ……」
クルフストスは「ははは」と笑いながら、皆の前に短い棒のような物を差し出した。
「親方、これは……?」
「ふふん、これはね俺が密かに作っている、客には絶対売らない裏魔道具の一つさ。これを使えば――」
っと、その時である。
扉をけたたましく叩く音が工房内に鳴り響いた。
明らかに普通のものとは思えないそのノック音にクルフストスとアンナに緊張が走る。
なぜなら、このような訪問をしてくる者には二人とも覚えがあったからだ。
『警備隊だ、誰かいないのか!』
警備隊、恐らくさっきの獣人の件か。
面倒なようなら喰らってやってもよいが、……それにはアンナが邪魔であるな。
警備隊の来訪にクルフストスとアンナは目で頷きあう。
「ああ、ちょっと待ってください。今すぐ開けます」
クルフストスは、そう言って工房の扉をゆっくりと開けた。
その開けられた扉の向こうには兵士風の男が二人。
その二人は、いかにも高圧的であるという風貌をクルフストスに対して向けている。
しかしクルフストスの方は何食わぬ顔でそれに応対していた。
「すいません、お待たせしました。うちに何か用ですか?」
「お前、今日は何をしていた?」
いきなり不躾な質問を飛ばしてくる警備隊。
しかしクルフストスはそれにも飄々と受け答える。
「今日ですか、今日はここを一歩も出ていませんが」
「おいっ、嘘を吐くとどうなるかわかってんのか! 正直に言っといたほうが身のためだぞ!」
警備隊の一人がこちらまで丸聞こえなくらいの大声を張り上げた。
なんとも不愉快な声が我の耳に入って来る。
自分に向けられたものでなくとも、これ程までに不愉快になるとは……。
「エルレナ様……」
我の気配が変わった事に気付いたのか、ロキが心配そうに我を見ている。
そうであった、ロキの妹を探すまでは自重せねばの。
我は微笑を浮かべて膝の上に座るロキの頭を優しく撫でた。
「嘘じゃありませんよ、今日はずっと仕事の話をしていましたから。外を出歩く暇なんてありませんよ」
クルフストスがそう言うと、警備隊の一人が工房内を一瞥する。
「他にも何人かいるのか?」
「いえ、これだけです。仕事の話にそんなに何人もいりませんからね」
理路整然と答えるクルフストスに、警備隊の二人は不快そうな表情を強くしていく。
警備隊の二人は一度、目で合図をした。
「おい、何か怪しいな。取り敢えず、この中を調べさせろ」
「工房内はご勘弁ください。ここには取引き上の物が多数置いてあるので、勝手に触られると困るのです」
「うるせぇっ、俺たちに逆らう気か! いいからそこを退けよ!」
警備隊たちはクルフストスを押し退けて工房内へと侵入してきた。
やれやれ、結局こうなるか。
最初から殺してしまって、消し炭にでもしてやれば簡単であろうに。
我はロキを膝から下ろし、すっくと立ちあがるとその警備隊に向き直った。
「お、そこの女、お前に聴きたいことが――」
警備隊の二人は我の目を見た瞬間にその動きを止める。
この街に入ってから、ロキにどうしてもと頼まれたので魔力を抑えいた。
それを解放し、この者らに放ってやるとそれだけで動くことも出来なくなったのである。
「ぐっ、な、……なんだ……これ……」
満足に呼吸をする事も出来なくなったらしく、声を発するにも苦しそうにしている。
っと、思っていたら。
「な、……何、……何なの……」
アンナまで我の影響を受けていた。
おっと、魔力というのは加減が難しいのう。
我はアンナの方に漏れている魔力を引っ込めると、警備隊の方に集中をする。
その我の視線を浴びた警備兵たちは、自身に何が起こったか解らず恐怖で体ががたがたと震えだした。
「お前たち、随分と大きい顔をしておるようだのう。その思い上がりを正してやろうか?」
そう言って自身の影を周囲に伸ばしたところで。
「エルレナさん、ちょっと待った! 俺に任せてくれ」
割って入ってきたのはクルフストスであった。
この男、方向的に我の魔力を食らっているはずだろうに、普通に行動を制限されておらぬな。
最初から普通とは違う雰囲気を感じてはいたが。
やはり、ただの魔道具技師というわけではないというわけか……。
「どうする気だクルフストス?」
「ふふん、こうするのさ」
そう言って取り出したのは、先ほど我らに見せた魔道具だった。
クルフストスはその短い棒状の魔道具を警備隊の二人に翳した。
すると、二人の目には生気というものが感じられなくなったのである。
我が魔力を抑えても、二人はぼーっと立っているだけでまるで反応を示さない。
我も他の二人も何が起こったか解らず、クルフストスに訊ねた。
「何をしたのだ?」
「ふふふん、凄いでしょ? これが裏魔道具の威力ですよ。この魔道具からこの人たちの脳をちょっと弄る魔力が出ているんです。だから今、この二人は自我を失った状態でしてね、何を訊いても何でも答えてくれますよ」
これは驚いた。
我はこの時、初めて感心というものを人間に対してしたかもしれぬ。
魔道具から出た魔力が脳に作用していたようだが、そういう発想は無かったので実に興味深かった。
「クルス、あんた結構やばい物作ったね……、悪用しないでよ?」
クルフストスの自慢げな顔にアンナは顔を引き攣らせる。
「親方の善悪の基準って、……よく判らないからなぁ……」
ロキも苦笑いを浮かべながらその光景を眺めていた。
「ははは、二人とも酷いなぁ。だから客には売らない裏だって言ってるだろ」
二人の心配をよそに、クルフストスは頭を掻きながら笑い声を上げるのだった。
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