第19話 奴隷商館
警備隊から訊きだした奴隷商をまわり始めて数日が経った。
もう随分と奴隷商をまわってはいるが、依然としてミイナの行方は判明していない。
良い報告が出来ず、思いのほか梃子摺っていることにロキは焦りを隠せないでいるが、そこはクルフストスが上手く宥めている。
こんなにも時間がかかっている理由は、奴隷商のなかの仕組みに問題があった。
奴隷商人というのは情報を分散させているらしく、責任者一人を掴まえて白状させれば情報を得られるというわけでも無い。
同じ場所でも何人にも同じ質問を繰り返さなければならず、一カ所に随分と時間を取られてしまうのだ。
そのおかげで、これ程までに梃子摺らされる結果となっているというわけである。
そして今向かっている場所というのは、もうかれこれ十五カ所目にもなる。
いい加減この同じ作業の繰り返しにもうんざりしてきた頃合いなのではあるが。
実はそうでもない。
何故なら、案外とこの隣にいるクルフストスの話が面白かったりするのである。
この男、元より好奇心というものが強いようで、気になるものは追究せずにはいられない性格らしい。
クルフストス自身は魔術は苦手らしいのだが、魔術についての探求心が尽きぬらしくその研究のために魔道具を作っているとか。
この数日、奴隷商に向かう道中にクルフストスからその魔術講義のようなものを延々と聞かされたわけだが。
おかげで、我も魔術に関して随分と詳しくなってきている。
ちょっと試しにこの街を氷漬けにしてやろうか、と冗談めかしてみるとクルフストスに冗談に聞こえないと笑われてしまった。
そして、最近どうもクルフストスの興味が我に向いているようである。
我といっても吸血鬼の事であるが……。
「――それで、人間というのはどういう味がするんですか?」
興味津々な声、どうもこの男は好奇心が湧くと自分を止められないようである。
「ふむ、人間を普通に食べてもそれほど美味くはないのだ。人間を美味くするためには内にある感情を引き出してやらねばならんのだ」
「へぇ、感情ですか……」
「あと、男よりも女の方が美味いのだ、なんといっても女は感情豊かであるからな。特に恋をしている女は全身に雷が走るほどの甘美さであるぞ」
「雷ですか……、全然想像つかないなぁ。あ、でも人間は感情の味なんて判りませんよね。だったら、人間が人間を食べても同じようには味わえないってことになりますね? そうかぁ、じゃあ人間には一生その味は判らないのかぁ……」
顎に指を当てて考え込むクルフストス。
クルフストスの言う通り、人間が人間を喰らったとしても同じようには感じぬであろう。
それでもクルフストスの好奇心を満たしてやる方法はある。
それは、クルフストスを眷属にしてやることだが、……それをやるとロキが悲しむであろうな。
「まあ、人間を味わうのは諦めよ。共喰いは体に毒ぞ」
「ははは、そうですね。……そういえば、エルレナさんは吸血鬼なのに血は吸わないのですか?」
「うむ、以前は血を啜っておったがな、今は――」
そこまで言った時、目的の奴隷商が見えてきた。
しかし、そこに不穏な気配を感じ取る。
「あ、見えてきましたね」
「……気を付けよクルフストス。遠くからだが、こちらを見張っている者がおる」
それを聞いたクルフストスに少し緊張が走る。
かなりの数の奴隷商を廻ったからな、さすがに何者かに目を付けられたか……?
「……ほんとですか? 俺は気付きませんでしたけど……」
クルフストスは、顔は動かさずに目だけで周囲を警戒する。
「うむ、上手く気配を消しているが匂いまでは消せぬでな。仕掛けてくる様子はないが、十分気を付けておれ」
「は、はい……」
☆
奴隷商の中というのはどこも同じで薄暗い。
檻のような物が並べられ、その中に奴隷となった者たちがひしめき合っているのだが、薄暗くしているので顔の判別もよく判らなってしまっている。
こんな状態でちゃんとした奴隷を選べるのであろうか。
どうも奴隷の傷み具合をこの暗さで誤魔化しているのではないかと推察している。
さらに匂いも酷いのである。
何とも言えない、色々な獣を混ぜたような匂いと、強めに香を焚いた匂い。
これは間違いなく、奴隷を洗っていないために香を焚いて誤魔化している。
鼻の良い我には、両方の匂いが混ざって見事に不快極まりないものになっているのだ。
そんなうんざりするような奴隷商の館なのだが、この十五カ所目にしてようやく収穫があった。
「いいか、俺の質問に答えるんだ」
ちょうど、この奴隷商内の支配人の一人と我らだけになった瞬間をついてクルフストスが魔道具を発動させた。
もう何度も繰り返してきたことだけにクルフストスも手際が良くなっている。
「……わかった……」
目を虚ろにさせる奴隷商人。
この魔道具、魔力の強い者には効かぬらしいが、今の所この魔道具が効果を為さなかった試しはない。
「この二月の間に、ここにミイナという少女がいなかったか?」
少し沈黙した後、奴隷商人は口を開く。
「……ミイナ、……知っている……」
「本当かっ!?」
思わず声を張り上げてしまったクルフストスに、我が手で制止する。
クルフストスがこんなにも取り乱すのは珍しいな。
それほど心配であったというわけか……。
「おい、ミイナについて知っていることを全て話せ」
少し語気が荒くなっているが、先程のように声を張っているわけではない。
自分を必死に抑えているといった感じだろうか。
「……ミイナ、……二月くらい前に……ここにきた……」
「……うん、それで?」
「……十日前くらいに、……買われていった……後の事は知らない……」
ここにミイナが居た、その事がクルフストスを焦らせる。
普段は冷静で飄々とした男だが、こういう一面を見るのも面白いものである。
「間を飛ばすなっ。誰だ、誰に買われていった!?」
焦りからつい声を荒げるのを抑えられなくなっている。
「落ち着け、クルフストス。そのように語勢を強めても返答は変わらぬ」
「……あ、……すいません、ちょっと冷静じゃなかったですね」
クルフストスはいつものように頭を掻いたかと思うと、一気に息を吐き出して「よし!」と一言呟いた。
「それで、ミイナは何処の誰に買われていった?」
クルフストスがその質問をすると奴隷商人は唸り声を上げ始めた。
「……うう、……ううぅ……。……ら……、ラデ……、……うううぅ……、うぐ……」
なんとか喋ろうとしていうようだが、何かが邪魔をしているように言葉を上手く出せないようである。
「……クルフストス、これは?」
「うーん、……何か、魔術がかかっているか、よほどの暗示のようなものが掛かっているのか……。……では、もう少し強めにやってみます」
クルフストスは魔道具を奴隷商人に近づけ、自身の魔力を上乗せるように発動させた。
「うううううう!! ラデ、ラデ、うあぁぁぁがあああ!!」
奴隷商人はさらに激しく苦しみだす。
「……大丈夫なのか、クルフストス?」
「もう少しだと思うんですけどね……」
「ああぁぁぁぅぅぅぅ。ううううぅ、ラデヅ、うぅぅうぅ、ラデツキ、あああぁぁ、ラデツキー、ラデツキー伯、ラデツキー伯がぁぁぁ!!」
我とクルフストスはお互いに目を見合わせた。
我には聞きなれない名前であったが、ようやく行方の手がかりが訊きだせたのである。
クルフストスもこれには思わず破顔した。
しかし、情報はここまでだった。
「ううっぅぅうぅぅあああぁぁぁぁがっがっがががぁぁぁ!!! ラ、ララ、ラデ、ラデラデあぁぁぁぁ!!! ラダツぁぁきぃぃぃあああああ!!!」
「だめだ、これ以上はこの男の脳を破壊してしまう。残念だけどこれ以上は無理か……」
クルフストスが魔道具を翳すと、奴隷商人は意識を失いその場に倒れ込んだ。
「ラデツキー伯、と言っておったか。クルフストスはその名を知っておるのか?」
倒れ込んだ奴隷商人を椅子に座らせているクルフストスの背中にそう問いかけた。
「名前を知っている程度ですね……。さすがに何処に屋敷を構えているとかまでは判らないので、その辺に詳しいのにあたってみますよ」
クルフストスが横顔をこちらに向けてそう言った。
そのこちらに見せた横顔は少し綻んでいるように見える。
やはり、今まで成果の出ていなかった事で焦っていたようだな。
「さっさとここを離れるか、その者が目を覚まされてもかなわぬでな」
「そうですね、これ以上の情報は引き出せそうにないですしね。誰か人が来る前に早く去りましょうか」
我とクルフストスは自分たちがいた痕跡を消したあと、この咽ぶような悪臭のする奴隷商の館を後にした。
ようやくこの悪臭から解放された。
できれば二度と来たくはない所であるな……。
そう思いながら館を出たときのことである。
妙な匂いがこの周辺を覆っていた。
少し懐かしい匂いだ。
そう、我にはこの匂いに覚えがあった。
森の中に自生している植物の中にこれと同じ匂いのしたものがあったのだ。
これは……。
「クルフストス、口を塞げ。毒の匂いがこの辺りを漂っておる」
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