第18話 喧噪の中の計画




 そこは王都の冒険者ギルド。


 現在そのギルドの一角で、この王都でも有名な冒険者パーティー『千の兇刃』がテーブルの一つを占拠している。



 彼らはギルド内でも数少ないSランクに属する冒険者パーティーである。



 Sランクともなると周囲の見る目も変わってくるというものだが、この王都では少し事情が違っていた。


 このギルドにおいて、他の冒険者たちが向ける彼らに対する目は、決して羨望だけではなかった。



 人々が彼らに抱く感情、それは妬みである。



 その理由は、王都での景気の不況が深刻なものになっていることに起因する。


 その煽りが冒険者にも及んでおり、その貧しさが人々の心を荒ませ、彼らのような一見成功者に見える者に対して嫉妬心が抑えられなくなっているのである。



 それ故に。



「おい、千の兇刃がまたあそこ独占してるよ」


「はぁ、Sランク様は景気が良くてよろしいねぇ」



 どこからかそんな囁きが聴こえてくるようになっていた。




 冒険者ギルドではSランクをトップにAからFまでランクが分かれており、そのランクごとに受けられる依頼も変わってくる。


 もちろん下位のランクにいけばいくほど報酬額も下がっていくわけだが、Fランクともなると子供の小遣い程度にしか報酬は貰えず、しかもそこから税まで引かれるというのだから下位冒険者の生活は困窮の極みに達している。



 今この王都の冒険者ギルドでは、依頼一つに対する報酬額が全体的に下がり続け、冒険者稼業自体が明らかにひっ迫しているのだった。



 そんな中、ランク縛り無しでしかも破格の討伐依頼がギルドに張り出され、冒険者たちは浮足立っていた。







「やれやれ、C以下の奴までソワソワしちゃってるよ」



 千の兇刃のメンバーの一人であるダンは、周囲の雰囲気を感じ取り溜息混じりにそう呟いた。



「まあ、金貨五百枚だからね。夢を見たい気持ちは解らなくもないけど……」



 同じく千の兇刃メンバーであるアイリは、ダンのその言葉に周囲を横目に見る。



「百卒長のロイズが手も足も出なかった相手って解ってんのかね。つうか、俺たちが先にやる予定だったのに、討伐依頼が出るの早くないか?」


「貴族様は面子が大事だからね、早く吸血鬼の首を挙げたいんでしょ?」



 ぼやき混じりのダンに、アイリはクスリと笑うように答えた。



「……あっ、良い事思いついたぞ。あいつらに先にやらせてどんどん失敗していったら報酬がさらに跳ね上がるんじゃね?」


「あんた、けっこう酷い事言うのね……。付き合いを考え直そうかしら、ねぇフェリクス?」


「お、おい、冗談だよ冗談っ。そんな簡単に考え直すなよっ」



 恋人であるダンとアイリのいつものやり取り、それを見ながら男は笑みを溢して口を開く。



「いや、ダンの考えも良いかもしれないよ」



 そう口を挟んだのは、Sランクパーティー千の兇刃のリーダーであるフェリクスだった。



「――っえ!? フェリクスがダンの意見に乗るなんて、何か悪い物でも食べたの!?」


「いや、それだけ今回の獲物は危険ってことだよ。他を利用できるなら躊躇わずやらないとこっちがやられるからね」



 フェリクスは涼し気な表情を浮かべてそう言った。



 その綺麗に整ったフェリクスの表情が、ダンとアイリの目には何故か光り輝いて見えるのだった。



「おい、アイリ、おかしいぞ。決して褒められた事は言っていないのに、何であいつはあんなに爽やかなんだ」


「……ダン……、人間は顔じゃないからね……強く生きるのよ……」



 アイリはダンの肩を優しく二回叩いた。



「……あれ? アイリ……俺たち、付き合ってる……よね……?」



 ダンはの目には自然と涙のような物が溜まるのだった。



 っと、そこへ野太い声が割って入る。



「……そんな事はいいから、話を進めよう」



 同じく千の兇刃のメンバー、ゴーランである。


 このパーティー内では、彼の前での一切のいちゃつき行為が暗黙のタブーとなっているのだ。

 

 千の兇刃のメンバーはこの四人で構成されており、王都でもトップクラスの冒険者パーティーとして認識されている。




「ああそうだったな、すまんすまん。それで、吸血鬼が連れ去ったっていう奴隷の事は調べられたのか?」



 ダンはゴーランに言われてようやく本来の話に戻す。


 よく話が脱線しがちのダンにとってはゴーランが良い歯止め役となっているのである。



「ダンが情報を持ってきたロキとかいう犯罪奴隷の事だね、それについて色々判った事はあるんだけど……。これは僕の推測なんだけどね、その事とこの間起きた獣人殺害はなんらかの形で関連していると思うんだ」



 フェリクスはにこりと笑みを浮かべながら話すが、他の三人には驚きの内容に目を丸くする。



「――えっ!? 獣人殺害って下層区で起こったやつよね。あそこの人たちって警備隊に非協力的だっていうんで調査が進んでないらしいじゃない。何か情報を掴んだっていうこと?」



 アイリは隣に座るダンの服を掴んで興奮気味にフェリクスに問いかける。



「ああ、あの辺にはちょっとした伝手があってね。それで色々聞いた結果、僕の考えでは恐らくあの事件は吸血鬼の仕業ではないかと思ってるんだよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、フェリクス。……獣人殺したのが吸血鬼ってことは……、吸血鬼はこの王都の中に入ってるってことか?」



 誰かの生唾を呑む音が聴こえた。



 アイリとゴーランは何も言わないが、ダンと同様に考えているのだろう。

 

 三人は黙ってフェリクスの返答を待つ。



 フェリクスはそんな三人の反応を楽しむかのように続きを話す。



「目撃した人の話では、獣人を片手で軽々と持ち上げていたらしい。そんな事ができるとしたら吸血鬼くらいだろ? そしてダンの言う通り、吸血鬼はこの街に入り込んだ。恐らく今もこの王都のどこかに潜んでいる、そう考えたほうがいいだろうね」



 吸血鬼が近くにいる、そう考えただけで三人に緊張が走った。



 Sランク冒険者といえど、未知のものに対する恐怖心というのは捨てられないものである。


 まして、噂に聞く件の吸血鬼の強さは人知の域を超えているという。


 そんなものが、すぐ近くにいてどこにいるか判らないほどの恐怖はないだろう。



「……で、でも、街に潜んでるんなら、もっと手当たり次第に人を襲ってるんじゃない? そんな話聞かないわよ?」



 なるべくそうであってほしくない、そういう願いの籠ったアイリの質問だったが。



「多分、何か理由があるんだろうね。例えば、吸血鬼が連れ去った奴隷が関係しているとか?」



 フェリクスの含みのある言い方に、その希望は儚く感じるのだった。



「……何か、根拠があるのか?」



 そこにゴーランの低い声が割って入って来る。



「確かな根拠は無いけどね、下層民街区の子供が急にいなくなって奴隷になってるって話は聞くだろ? 吸血鬼が連れ去ったという奴隷も多分そういった子供だろう。そして、獣人が殺されたのも下層民街区だ。そこに接点があると見てもおかしくはないだろ」



 そこまで言うと、ゴーランは「なるほど解った」と低い声で頷くだけだった。



 少し沈黙が流れたあと、ダンがその沈黙を破る。



「……それで、どうするんだ? その奴隷の事調べるんだったら、俺の伝手で奴隷商にあたってみるけど?」


「ああ、そっちはよろしく頼むよ。――それで、最初の話に戻るんだけど。ダン、君のおかげで良い案が出たよ」



 フェリクスはそう言うと、皆に顔を寄せるように指示をする。



「彼を充てがって吸血鬼の実力を量ろうかと思う」



 フェリクスは小声で話しながら、ギルドの隅にいる黒いフードを目深に被った男を親指で指差した。



「彼って……、キールじゃない。あんな誰ともつるまないのをどうやって?」



 壁を背にして一人佇む男、キール。


 彼は暗殺の依頼を専門に請け負う、Aランク冒険者である。



 その深々と被ったフードのせいで常に顔が隠れていて、その風貌ははっきりとは判らない。


 また、喋っている所を見た事のある者も少なく。


 このギルドにおいて、彼の事を詳しく知るものはいない。



「まあ、情報で釣ってやれば乗ってくるんじゃない? 色々やりようはあるだろうから、その辺は僕に任せといてよ」


「……その涼しい顔が、なんだか怖く見えてくるわ」



 フェリクスとパーティーを組んでもう長くなるのだが、アイリは未だにこのフェリクスという男が掴みきれないでいる。


 一種の異様な雰囲気を醸し出すこの男に恐怖すら覚えることもある。


 そんなフェリクスが時折見せる冷ややかな笑顔には、何度も背中をひやりとさせられるのだった。



「そんなわけだから、ダンの情報収集に期待してるからね」


「へいへい、任せときなって」



 ダンが軽い返事で返す。


 フェリクスとダンはいつもこのように軽く挨拶を交わすように仕事のやり取りをする。



 正反対に見えるこの二人だが、以外に相性は良いようだとアイリは思うのだった。




「で、どんな情報を集めたらいいんだ?」


「ああ、それなら……」




 ギルドを包む喧噪の中、吸血鬼討伐計画は進んでいく。





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