第13話 半獣半人
――獣人族。
本来、獣人というのは縄張り意識が強く、人間とは相容れない地域に集落を作り暮らす生き物である。
閉鎖的で同族以外を寄せ付けない彼らの中には好戦的な種族も多く、身体能力の高い獣人の縄張りを侵す者は長らくいなかった。
しかし、獣人族は半分は人間といっても、人間族に比べると知能が劣り魔力も弱い。
集落程度の小規模な組織しか作る事が出来なかった彼らは、国家という大組織を操る人間の前にその縄張りを蹂躙されていくことになる。
人間たちはあらゆる地域に侵略を繰り返し、やがて獣人たちに逃げる場所などは無くなっていった。
そして敗北した獣人たちは、奴隷となってその身を窶すのだった。
「ああ、獣人ですか……」
人間たちとは明らかに違う雰囲気を漂わせる獣人たち、それに違和感を覚えた我はロキに尋ねてみるのだがどうも返事が曖昧である。
「どうかしたのか?」
「この街では、皆なるべく獣人と関わりあいたくないんです」
ロキは周囲に目配せしながら小声で話してくる。
「ほう、獣人と関わりたくないとな。何か理由があるのか?」
我は構わず声を張って訊き返す。
やはり獣人というのはこの街では禁忌となっているらしい。
近くにいる人間たちの視線が一気にこちらに向かってくる。
ロキはそれに焦り、我の手を引き足早に歩きだす。
「こ、ここでは拙いですよ」
「ロキ、何をそんなに焦っておる? お前は我の眷属だ、堂々としておればよい」
「……いえ、関わると面倒くさい事になるというか……」
ロキは渋い顔を浮かべて目を泳がせる。
「一体、獣人がなんだというのだ。可笑しな奴だなロキは……」
ロキはさらに周囲を警戒し、再び小声でその説明を始めた。
「この国には獣人保護令というものがありまして、獣人がこの国で暮らす上で不利益を被ってはいけないという御布令が出ているんです。そのせいで獣人たちが自分たちは何をしてもいいと勘違いしてやりたい放題なんですよ」
「……人間というのは理解に苦しむのう。自分たちの立場を危うくして何がしたいのだ?」
「さ、さあ、私はその辺の所は詳しくなくて……」
まだ人間臭さの残るロキを見て、少しいたずら心が芽生えた。
我が大きく息を吸うのを見てロキはギョッとする。
「それにしても、獣人のせいでこの街は臭くて敵わぬなぁ!!」
獣人という部分を殊更強調して声を張り上げる。
すると、周囲の気配が明らかに違うものへと一変していった。
周囲の目が我に集中し騒然とする中、ロキは焦りを隠せないでいる。
「エ、エルレナ様ぁ……」
「ふふ、面白いのう。見よ、あの驚いた人間の顔を。実に愉快だろ、ははは」
「だ、ダメですよエルレナ様っ。早くここを――」
慌てるロキの声に野太い声が割って入ってきた。
「おい、獣人が何だって? 嬢ちゃん」
その声のした方に振り向くと、狼のような長い鼻と牙、それに全身を黄褐色の毛に覆われた半獣半人の姿。
筋肉質な体格に、二メートルを超す長身は人間たちにとってはさぞ恐怖であろう。
「お、見てみろよ、かなりの上玉だぜこれ。へへへ」
そう言って、狼獣人は後ろにいる仲間らしきものに振り返る。
その狼獣人の後ろにいるのは、さらに体格の大きい黒ずくめの獣人。
おそらく熊の獣人であろうが、無口なのか口を利ける頭が無いのか何も喋らない。
「おい、大人しく俺たちの言う事を聞いてりゃ、さっき言ったことも聞かなかった事にしてやってもいいんだぜ」
狼獣人は涎を飛ばしながら舌なめずりをする。
「ロキ見てみよ、さっそく獣人が釣れたぞ。やはり頭が弱いのかのう、考え無しに我に絡んできよったわ」
「エ、エルレナ様、早く行きましょう!」
ロキが我の手を引いてこの場を離れようとしたとき、反対の腕を狼獣人に掴まれた。
「おっと、待てよ。俺たちにそんな口利いて逃げれると思ってんのか? ああ!?」
狼獣人は、口からはみ出た舌に涎を垂らしながら息まいてくる。
鼻息も荒く、その姿からはまるで知性というものを感じられなかった。
そんな狼獣人の喋る事などは耳に入らず、我はその狼獣人が掴んだ腕をじっと眺めていた。
「おい……、誰の腕を掴んでおる。獣人風情が我に気安く触れるでないわ!」
狼獣人が掴んだ腕の所に魔力を集中させ、そしてその魔力を炎へと変換させる。
そしてその炎は獣人の手から火柱を上げて大きく燃え上がった。
「ぐわっ!! な、何しやがる!!」
狼獣人は慌てて炎の上がる手を引っ込め、火を消そうと必死に地面に叩きつける。
ようやく火が消え安堵する狼獣人だが、燃えた部分の体毛が黒く焦げ、辺りに嫌な臭いを巻きちらしている。
ふむ、この間の人間が使った魔術を真似てみたが、加減が難しいのう。
「くそっ、魔術師か……。お、お前、俺たち獣人にこんな事してただで済むとおもってんのか!?」
その獣人の態度にさらに不愉快さが増す。
我は影を伸ばして、二人の獣人の足に絡みつかせ地面に固定させた。
「我の許可も無しに喋るな、臭い息がこっちまで飛んでくる」
さらに逆撫でするように獣人たちを挑発する。
熊獣人は相変わらずの無反応だが、狼獣人はこれに牙を剥いて激昂した。
「ぐぐぅっ、調子に乗るなよ人間が!! お前ら人間は俺たち獣人に永久にがっ――」
影を操作して短剣のように形作ると、それを喚き散らす狼獣人の口の中に勢いよく突っ込んだ。
「勝手に喋るなと言うておるだろ、ええ獣人よ? お前ら獣人が何を勘違いしたかは知らぬが、随分と醜い面を大きくさせて街を歩いているようだなぁ」
「あががっ。……あ、あひが……うごかはひ……」
今頃になって足が固定されていることに気づく狼獣人。
そのせいで、我に影の短剣を口に突っ込まれたことにより仰け反るような態勢となる。
必死にもがきながら我の影を口から引き抜こうとするが、さらに押し込んでそれを出来なくさせてやった。
「おい、そっちの熊獣人、お前は従順に我の許可を待っておるのか? それともただ単に口が利けぬだけか?」
我の言葉を受けて熊獣人は何かを喋ろうとするが。
「……お、俺……、ぐうぅぅ、……俺は……俺は……」
どもるように何度も同じ言葉を発するだけだった。
「やれやれ……、どうやら後者であったか。それで、おい狼、先程のただでは済まさんというのはどういう意味かの? よもや獣人の分際で我にそのような口を利くとはのう」
我は影で作った短剣で、狼獣人の頬を切り裂くように横に滑らせた。
「――あがっ!! ぐあぁぁ!!」
頬を切られた狼獣人は、口から血を噴き出して蹲る。
「ぐうぅぅ……。お、お前、くそっ、な、何者なんだ……、なぜこんな事を……」
「……醜く愚かな獣人め、己の従うべき主も忘れおって。それだけで万死に値するぞ」
我は狼獣人の頭を鷲掴みすると、軽々と我の肩の高さまで持ち上げた。
「……な、何だその力は!? 魔術師じゃないのか!? や、やめろ、俺をどうする気だ!?」
「こうして我の声を聞かせてやっても何も感じぬとはの……、生かしておく価値もないか」
狼獣人の目はみるみるうちに恐怖の色に染まっていく。
ここに至ってようやく死の恐怖が押し寄せてきたのか、その体躯をがたがたと震えさせる。
「ど、どどどいう意味……」
「増長した獣人などに用は無い。お前の臭い血でも啜ってやるから感謝して死ぬがよい」
「や、やめっ――」
狼獣人が言い終わるのを待たずその首めがけて手刀を振りぬくと、狼獣人の体はごとりと落ちて地面に突っ伏する。
獣人の体はその切り口から勢いよく血を噴き出しながら倒れた。
そして我の手には体から切り離された獣人の頭。
我はその頭を高く上げ、切り口である首から滴る血を一舐めした。
一部始終を見ていた周囲からは悲鳴が上がり、恐怖から逃げ出す者まで出てくる。
そんな事には気にも留めず、我はその血を舌の上で転がすと、それを地面に吐き捨てた。
「ふんっ、やはり獣人の血など臭くて喰えたものではないな。やれやれ……こんな首はもういらぬ」
そう言って、狼獣人の首を熊獣人に放り投げた。
「ほれ、くれてやる」
慌てて受け取った熊獣人はその首を見つめてその体躯を震わせた。
「……ぅう……、……ぅううおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
熊獣人のその巨躯から発する唸り声が地響きを起こす。
周囲の人間たちも、あまりの大声に恐怖から身を竦ませた。
「熊め、吠えるでない。まったく、知性の欠片も感じられん。のうロキよ」
「え、は、はい」
ロキは耳を抑えながらその熊獣人をただ眺めていた。
ロキ自身も感じているのであろう。
人間であるなら恐怖を覚えるこの熊獣人に、一切の何も思う事が無いということに。
「お、お、俺っ! おおおおおお前、お前を、お前を!! ゆ、ゆゆ、ゆるさ、ない! おおおおおおおお!!!」
濁流のように涙を流し、さらに大声を張り上げて激昂する熊獣人が右腕を振り上げる。
そしてその右腕は勢いよく振り下ろされたのだが。
「――っ!?」
それを防いだのはロキだった。
熊獣人が振り下ろす右腕が我の眼前に肉薄する前に、ロキがその間に割って入りその右腕を左手で弾き返したのである。
右腕を弾かれた熊獣人は後ろに仰け反りバランスを崩す。
そこへすかさずロキは熊獣人に向けて飛びあがり、体を捻りながら足を振り回し、熊獣人の顎に目掛けて一気に蹴り抜いた。
ロキに蹴りにより熊獣人の首がほぼ一周するくらいにねじ曲がり、そして熊獣人はその一撃で絶命しその場で仰向けとなって崩れ落ちた。
「エルレナ様に害を為す者は私が相手になる」
吸血鬼として申し分のないほどの殺気を放ちながら、ロキはそう言葉を発した。
「……ロキ……」
「あ、エルレナ様、すみません出過ぎた真似を……」
「ふふ……。よい、それでこそ我が眷属というものぞ」
そう言って、我はロキの柔らかい灰色の髪を一撫でした。
それにロキは屈託のない笑顔で応えてくる。
「さあ、早くここを離れましょう。早くしないと警備隊が来てしまいます」
ロキは急かすように我の手を引っ張る。
「わかった、わかった。わかったから、そう引っ張るでない。……それよりもロキ、先程のはなかなか恰好が良かったぞ」
「そ、そうですか? えへへ」
純真な子供のような笑顔を見せるロキに、我は妙に嬉しさを感じるのだった。
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