第15話 ミイナの行方




「いやぁ、この自動で掃除をしてくれる魔道具が融通が利かなくてね。おかげで工房はこの有様だよ、ははは」



 そう言ってクルフストスは自動掃除魔道具とやらを動かしてみせた。



 すると、円形のその魔道具から箒のようなものが出っ張ってくる。


 そしてその箒が左右に動いたかと思うと、周囲の物を跳ね飛ばし始めたのである。



「この通り、これじゃこっちの物があっちに行くだけなんだよね……。これはまだまだ改良しなきゃ使えないな」



 クルフストスは頭を掻きながらその自動掃除魔道具を眺めている。



「もう、親方それよりもこの失敗作の山を何とかしてくださいよ」



 頭を掻くクルフストスの横で、ロキはやれやれと言いながら工房内の片付けをしていた。



 そんな光景を見ていると、なるほど、この二人はこういう関係性なのかと見ているだけで理解できる。


 貧しい暮らしから奴隷に落ちたロキも、辛い事ばかりではなかったのかと安堵する気持ちが芽生えてくるのである。



 何とも不思議なものだ、と微笑を浮かべた。



「エルレナさん、どうも散らかった所ですいません。どうぞ、この椅子にお掛けください」



 そう言ってクルフストスはお客様用らしい椅子を持ってきて、我の前にそれを置いた。



「ああ、別に気は使わぬでもよいぞ」



 我の言葉を聴いたクルフストスはポカンと口を開けて我を見ている。



「……なんだ? 何か我の顔に珍しい物でも付いておるのか?」


「えっ、ああ、すいません。なんだか雰囲気が普通じゃないというか、どこか高貴な感じがするもんですから……」



 そこでクルフストスの言葉が止まる。


 変な所で止まるから気になるではないか。



 しょうがないので訊き返してみる。



「……感じがするから?」


「いやぁ、俺の作ったこの後光が差す魔道具が似合うのではと」



 そう言ってクルフストスは、また妙な道具を取り出してきた。



「これを首の所に装着するとですね、ほら、こうして後ろから光ってるように見えるんです。どうですこれ?」



 自慢げに説明するクルフストスだが、後ろからの光が強すぎてクルフストスの顔が真黒な影になってしまっていた。



 顔が見えなくなってしまっては意味が無いであろうに。


 なんとも珍妙な魔道具技師であろうか。



「ふ、ふふふ、面白いものを作るのうお主は。それで、これは売れておるのか?」


「いえ、全然売れてません。結構自信作だったんですけどねぇ、ははは」



 そう笑いながら、クルフストスはまた頭を掻く仕草をした。


 どうやらあれは癖のようだな。



 そんな話をしていると、そこにロキが割って入って来る。



「す、すいませんエルレナ様、親方の魔道具は八割くらいはそんなのばっかりで。でも親方は腕は良いんですよ、腕は……」


「ロ、ロキ、腕はを強調しないでくれないか、他がダメみたいじゃないか」


「……親方、一度周りを見渡してからそれを言ってください……」


「……す、すまん……」



 クルフストスは物の溢れかえるこの工房を見渡して顔を引き攣らせた。



 そんな二人のやり取りに自然と笑いが零れる。



「そうだ、親方、私たちはこんな掃除をしに来たわけじゃ――」


「あ、そうでした、エルレナさん。改めて、ロキを救ってくださったこと礼を言わせて下さい。本当に有難うございます。もっとロキの事を注意して見てればってずっと後悔していたんですよ」



 急に真剣な表情に変わったクルフストス。


 よほどロキの事が心配だったのか……。



 ロキめ、割と可愛がられる体質なのかもしれぬ。



「……よい。ロキが我に救いを求めたのだ。それが無ければ見捨てていたろう。あの状態で救いを求めたのだ、ロキを褒めてやるとよい」


「……あの状態? ロキ、やはり辛い目に遭わされていたのか? ん? ロキ、犯罪奴隷は片腕を落とされると聞いたが……お前、腕が無事なんだな……」



 ロキはクルフストスのその言葉にドキリとさせた。



「えっ、えと、それは……」



 ロキはあたふたと焦りながら、こちらをチラチラとみてくる。



 この者に知られるのが恐ろしいのか、はたまた人間への未練からか、ロキはそれを云う事を躊躇っている。


 どれ、発破でもかけてやるか。



「ロキ、お前は我の眷属となったことを誇りもっと胸を張れ、逃げも隠れもすることなど何も無いのだからな。誰が敵になろうとも我だけはお前の傍におる、何も心配はいらぬ」


「エ、エルレナ様……」



 我の言葉に涙を浮かべるロキ。


 その横で何の事か解らないクルフストスが呆気にとられた顔をしていた。



「えと、……ロキ、何の事だい?」



「はい、実は――」






「――吸血鬼!? えっ!? エルレナさんが!? で、ロキがその眷属!?」


「はい、それで欠損していた腕も治して頂きました」


「へぇぇ……」



 クルフストスは口をポカリと開けて我とロキを交互に見ている。



 なんだその反応は?


 もう少し恐がるかと思ったが、いまいち掴み処の無い男であるな。



「ふふ、なんだ恐がらぬのか? いつ人間を襲うか判らぬぞ」


「いやぁ、吸血鬼と言われましても初めて見ましたからね、どう反応したものかと迷ってしまいました」



 クルフストスは頭を掻きながら「ははは」と笑い声を上げる。



「森では我を見た人間は恐怖に顔を引き攣らせおったがのう。お主は面白い男だなクルフストス」


「どうも、恐いというよりも興味のほうが強いんですよね、面白さが勝っちゃうというか。こんな事してたらいつか死んじゃいますね。ははは」


「いや、解らぬでもないぞ。我にも覚えのあることだからの」



 何が可笑しかったかは判らないが、我とクルフストスは軽く笑いあった。



 何とも不思議なこの男に我も少し興味が出てきたのやもしれぬな。




「あの、それで親方、今日ここに来たのはミイナの事なんです。さっき家に行ってみたんですが……」



 ここに来た目的を早く話したかったのだろう、ロキは逸る気持ちを抑えるように口を挟んできた。


 

 クルフストスはそのロキの言葉に苦い顔を浮かべ、言いにくそうにしながらその重い口を開く。



「ロキ、……その事で君に謝らなければならないんだ。実は君が居なくなった後、君の家にも行ってみたんだ。そしたらそこに女の子がいてね、その時になって君が妹の事を話していたのを思い出したんだ」


「ミ、ミイナは無事だったんですね!? それで、今はどこに!?」



 クルフストスの表情がさらに暗く翳った。



「こんな所で一人で暮らしているのは危ないと思ってね、うちに来るように説得したんだけど、お兄ちゃんが帰って来るからって頑なにあの家を離れようとしなかったんだよ。それから幼馴染と一緒に随分説得してね、ロキの事もあったから今度こそはと思って」



 クルフストスはそわそわとしながら話し辛そうに話す。



 その雰囲気に、ロキの表情が益々不安に包まれていくのである。



「そ、それで……?」



「うん、……何度も説得してようやくこの工房に連れてくる事ができてね。俺一人じゃ不安だったから、幼馴染と一緒に面倒をみていたんだ。だけど、ミイナはちょっと目を離すとあの家に帰ろうとしてね、こうしてる間にお兄ちゃんが帰ってきてるかもしれないって。俺もその幼馴染も、自分の仕事があってなかなかミイナをずっと見ている余裕が無くてね、今から二月前に……ついにミイナまで帰ってこなくなってしまって……」


「そ、そんな……」



 それを聴いてロキの顔色は一気に青ざめる。



「本当にすまないロキ! 俺はまた同じ過ちを……!」



 クルフストスは声を張り上げてロキに謝罪するが、その声はロキに届いている様子はない。



「落ち着け二人とも、ロキもこうして生きているのだ、妹も生きている可能性は高かろう」


「……は、はい、エルレナ様」



 力の無い声で答えるロキ。


 ロキの心配も解らなくもない、妹が自分と同じ目にあっているかもしれぬと考えているのだろう。


 自分が奴隷落ちした後に味わった苦しみを思い出して、妹への心配がさらに膨らんでいるようだ。



「そうだロキ、俺もこの二月無駄に過ごした訳じゃないんだ。これを見てくれ――」



 そう言ってクルフストスが立ち上がった時である。



 ドアの開く音と共に、若い女の声がこの工房に入ってきた。




「クルス、いるー? 差し入れ持ってきたよー、ちゃんと食べないと……」




 その声と共に飛び込んできたのは、栗色の髪を一つに束ねたスラリとした女。


 闊達な眼差しをした町娘といった感じだろうか。



 容姿もそれほど悪くは無いな、ふむ……クルフストスの女であろうか。



「やあ、アンナちょうどいい処に来てくれ――」


「ちょっと、ロキじゃないっ! ロキだよね!? ロキ、生きてたんだね!! あんた心配したんだよぉ!!」



 そう叫びながらロキに抱きついてくる、アンナと呼ばれた女。



「ぷふっ、ちょっと、アンナさん! く、苦しいって!」


「無事で良かったぁ、みんな探してたんだからねぇ」



 アンナはロキの頭を力いっぱい抱きしめて頬擦りをしている。



 ロキも照れ臭そうにはしているが嫌がってはいない。


 その様子を見ると、かなり馴染みのある関係のようである。



 それにしても、やはりロキは可愛がられる体質のようだのう。



 どれ、ロキを元気づける為に少しからかってやるか。




 そう思った我は、ロキの首根っこを掴んでひょいっと持ち上げ、アンナの手から離れたロキを我の膝の上へと座らせた。




「ふふ、ロキにはまだ早いぞ」



「うぇっ!?」




 そう言って、ロキの頭を一撫でした。


  



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