第18話 ドキドキしっぱなしです

 口数が少なくなった私に雄ちゃんは「やっぱ、ごめん。悪かった」と謝った。

 雄ちゃんの車は会社の駐車場に着いていた。


「謝らなくても……良いよ。さっきも言ったのに」

「だってさ。俺が突然キスなんてしたから、七海があんまし喋らなくなったのかなと思って」


 私はまじまじと雄ちゃんの顔を見ていた。雄ちゃんが少し怯えたような顔をした。


「……ドキドキしただけ」

「えっ?」

「私が喋んないのは、雄ちゃんにドキドキしちゃってたからだよっ」


 私はますます恥ずかしくなってちょっと大きな声になっちゃた。

 雄ちゃんはびっくりした顔になって、その後すぐに頭をかきながら照れていた。


「それなら、良いかな」


 車のエンジンを切ってシートベルトを外して雄ちゃんは私の方に顔を向けた。


「七海はドキドキしてんのか。俺に」


 雄ちゃんは笑ってなかった。

 私の瞳を見つめている。


「改めて言わないでよ。恥ずかしいなあ」

「七海」


 照れちゃうじゃん。

 私と雄ちゃんはじっと見つめあったまま。甘く絡んだ視線。……ドキドキ。

 雄ちゃんは私の頬に優しく手を触れた。

 そのまま、唇を近づけてくる。

 はわわっ、だめだよ。

 ここ、会社の駐車場ですからっ!

 誰か来ちゃうかも。見られちゃうかも!

 ……休日だから、いないかな。


「雄ちゃん、ごめん。会社だから! 後で」

「……ちぇっ。焦れったいな。七海に今キスしたい衝動に駆られてますが、俺」

「『ちぇっ』とか『今キスしたい』とか言われても困りますですよ、雄ちゃん」


 私はわざとおちゃらけて、甘いムードを吹き飛ばしてしまおうとした。

 恥ずかしいからどんどんドキドキが止まらなくなるから、いったん逃げ出してしまいたくなる。


 雄ちゃんは私を胸に引き寄せ、抱きしめた。


「続きは後でな」


 雄ちゃんはチュッと音を立てて私のおでこにキスを落とす。

 あ、甘いっ。

 甘くて蕩けてしまいそう。

 じーんと感動すら覚えて。

 そんなに雄ちゃんに切なげに見つめられると、私の胸がきゅうんって疼くのはなんで?


 私、やっぱり雄ちゃんのことが――


「じゃ、じゃあ降りるね。ありがとう。先に私の家に行ってて良いよ」

「ああ。気をつけてな」


 雄ちゃんは、私が会社の駐車場に一晩停めっぱなしだった愛車に乗り込むまで待っててくれてた。


 私は車に乗ってバッグを助手席に置いてから「ふぅっ」とひとつ呼吸をした。


 雄ちゃんがププッと軽くクラクションを鳴らして車を走らせた。

 お互いの車で運転席同士で顔を合わせて手を振る。

 雄ちゃんはにっこりと笑っていた。

 私も雄ちゃんの笑顔につられて笑っていた。


 私は雄ちゃんのこと好きになってしまったのだろうかと、自分の心に尋ねていた。 

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