第6話 雄ちゃんのお願い
私がお風呂から出て部屋に戻ると、雄ちゃんは座椅子に座りながら本を読んでいた。
ソファも置いてあるのにわざわざ座椅子に座ってるとは、雄ちゃんのお気に入りなのかな。
「あの。お風呂ありがとう」
「ああ、うん。サッパリしたか?」
「うん」
「なんか飲む? どれがいい?」
雄ちゃんが、テーブルにお茶や紅茶や炭酸水のペットボトルを選びやすいようにか並べてくれてる。
「ありがとう。お茶もらうね」
「どうぞ」
私はバスタオルで髪の毛の水分を拭き取りながら、雄ちゃんが渡してくれたペットボトルのお茶を受け取った。
「なに読んでるの?」
私が上から本を覗き込むと、雄ちゃんは体がビクッとした。
「……? どうしたの?」
「七海が……。あっ、あんまし七海が俺に近づくからビックリすんだろうが」
雄ちゃんはちょっとまた顔が赤くなった。
へんなの。
「ふ〜。その、昔さ七海が貸してくれたじゃんか。ハードボイルドで刑事物の小説」
けっこう前だなあ。何年も前だったような。
雄ちゃん、よく覚えてたなあ。
「うんうん。この本ね、シリーズになってるよね」
「俺さ、それまであんまり本らしい本を読んだことなかったけど、七海に借りてからこの作家にどハマリしてる」
「面白いからね。ハラハラドキドキ胸キュン出来て。渋くてキレ者で紳士な刑事と、美人で賢くてめっぼう強い探偵のヒロインがコンビなのが良いよね」
「そうそう。それに異性にはシャイで奥手。事件が起こると二人とも別人みたいにクールだしな」
「二人がくっつきそうでくっつかない焦れったさもたまんないよね」
キラキラ目を輝かせて熱く語る雄ちゃん。
私はこの人とは会話が弾む。
雄ちゃんといて何を話そうかと困ったことがないよ。
気楽で穏やかな時間。
雄ちゃんのそばはすごくゆったり安心気分。リラックスできる。
私は雄ちゃんのテーブルの前に正座で座った。
ペットボトルの蓋を開けてゴクリと飲み始めたら一気に半分ぐらい飲んじゃった。
昨日の夜にお酒をたくさん飲んでたから体が水分を欲してるみたい。
やけ酒だったかな〜。
記憶なくなるまで飲むなんて、恥ずかしいことだよね。
反省、反省。
私はあらためて雄ちゃんを見た。
本を読む雄ちゃんって……、ちょっとほんのちょっとだよ? きりっと凛々しく格好良く映る。
そういや、そのシリーズの最新作を買って読んだばかりだったなあ。
「へえ。雄ちゃん、新作は読んだ? まだなら私はもう読み終わったから貸そうか?」
「やった。七海は新作もう買ってたんだ? 先週出たばかりだろ? 七海は早いなあ、読むの。じゃあさ、近いうちに貸して」
「うん。今度会う時にでも貸すね。夢中で読んじゃうから、雄ちゃんも寝不足になっちゃうかもよ〜」
「俺もってことは、七海もその本で寝不足になったのか」
「本は続きが気になって気になって仕方なくなるんだよね」
「合うな〜。趣味がさ、俺たち」
雄ちゃんは嬉しそうに笑ってから本を閉じた。
立ち上がって本棚にしまうと私の方を振り返った。
「車はあとで取りに行くだろ? 七海の会社まで送ってやるよ」
「ありがとう。何から何まですいません」
「すいませんって。ハハッ。俺たち何年の付き合いだよ。全然いいよ」
私は雄ちゃんに借りた色違いのジャージを着てる。
雄ちゃんサイズの大きいジャージ。
私には大きいから袖をまくり、ウエスト部分もくるくるまくっておく。
それからドライヤーを借りて髪を乾かしていると、ジイっと雄ちゃんは私を見ている。
雄ちゃんが見つめてくる視線が真剣すぎでドキリとする。
「どっ、どうしたの? ジッと見られると恥ずかしいんですけど」
「ああ、そっかごめん。……なあ、七海。今日もうちに泊まったら?」
「はっ? はい〜?!」
雄ちゃんは真顔でしれっとそんな事を言う。
またからかってんだ。
私はちょっと胸がドキッとはした。
「雄ちゃんったら、また私をからかってる?」
「……からかってない。七海はさ。今日も俺ん家泊まったら良いじゃん」
「えっ。えっ」
雄ちゃんはテーブル越しにまた私の前に座った。
あぐらをかいて雄ちゃんは自分の太ももに肘をついて顎に手をやりながら私を見ている。
「今度は本気。ぜーんぜん、からかってねえぞ。七海が暇なら今日一日俺に付き合ってよ。買い物とか行きたいしさ。七海ってセンス良いじゃん。一緒に服を見立ててくんない? ぜひとも、七海にお願いしたいんだよな。……あのさ、俺もいま人恋しい時期みたい」
――えっ? えっ?
なになに、どういうこと?
「七海といたいのだよ、俺は」
「ええっ? ええ〜っと。あの〜」
私はいま雄ちゃんに
私達のあいだに流れる空気、甘めの雰囲気がおかしい。
だ、だ、だって、こんなこと雄ちゃんから初めて言われたもん。
はい。どうしましょうか。
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