第25話 思いだす
私は雄ちゃんの家でのんびりと過ごした。
夕方になったら、二人で並んで歩いて晩御飯の買い出しに出た。
私たちは雄ちゃん家の近くのスーパーへ、ゆっくりとした歩調でおしゃべりしながら向かう。
雄ちゃんは車道側をさり気なく歩いたり歩幅とペースを私に合わせてくれる。
ほんっと気遣いの出来る紳士だな〜、雄ちゃんって。
守られてる実感にきゅんっとした。
背が高い雄ちゃん、がっしりと筋肉がついた腕が力強くて、鍛えてるのかな〜、見れば見るほどたくましい体つき……。
今まではそんな風に思わなかったけど。
まっすぐ見てなかった?
友達だもんって私、雄ちゃんを線引してたんだ。
友達と恋人の境界線、向こう側にしてたら傷つかないから。男友達としての雄ちゃんとの関係が心地よかったんだ。
だって失わないですむから。
付き合って別れたら、その瞬間から離れてさようならだ。
いなくなっちゃう。雄ちゃんがいなくなっちゃ嫌だとどこかで思ってた。
恋愛対象として意識してないって決めてたから。充分雄ちゃんってときめきに溢れてるのに、無意識に彼の魅力にときめかないようにしてた。
気さくな笑顔に、冗談をいったりおどけたりして茶目っ気もある。
こうしてじっくり向き合ってみると分かった。
うん、ようやく気づいたんだ。
素直になりたいって。
二人きりで過ごしたからこそ見えてきた。雄ちゃんのこと、それから自分のこと――。
私には友達だけで関係をすませたくなくなるぐらい、……雄ちゃんて素敵なんだな。
私は雄ちゃんと今まで会って来たなかで、今日が一番彼をたくさん近くで見て、たくさん感じられた気がしている。
今晩はビーフシチューにしようかって、二人で決めた。
買い物をしたスーパーの袋を雄ちゃんが全部持つと言い、私が持っている分も彼が持ってくれた時だった。
雄ちゃんの手が私の手に触れた。
そうしたら突然、フウッ……と映像が頭の中に流れた気がした。
目の前にぼんやりと景色や場面が浮かんだ気がして。
――思い出してきてる?
合コンで酔いつぶれた後の記憶が鮮明に思い出されてきたっ!
まるで覆っていたモヤが消え、目の前に広がって霧がすっきりと晴れていくみたいな……。
(うわー! うわっ! 雄ちゃんの前から逃げ出したいっ。またもや穴があったら入りたい気分!)
やっ……、やだ……私は……。
私ったら、私ったら!
なんつー、恥ずかしいことの数々を雄ちゃんにしてしまったのだろうかっ。
次々と思い出す。
怒涛の如く押し寄せ流れ込む記憶と感情が、めくるめくようにフラッシュバックしてきた。
急にだ、ほんと。
やだ〜。
きゃー、きゃーっ!
はっ、恥ずかしいっ。
こんな風な気持ちなんだった。
寂しくて、一人ぼっちなのがせつなくて。
――雄ちゃんに会いたい。
無性に会いたくなってた。
顔が浮かんだのは雄ちゃんの笑顔だった。
(あっ、迎えに来てくれた雄ちゃんに駅で抱きついて泣いたんだった。
雄ちゃん家に行ってから……。
それでずっと……。
雄ちゃんは私が寝つくまで添い寝してくれて……。
腕枕してってせがんで、くっつきたくて甘えてた……。
私、私、昔の恋愛のアレコレを知って欲しくなっちゃって、雄ちゃんに聞いてほしくって……。
雄ちゃんは顔が真っ赤で。
困った顔しながら、キス……してきて。
そしたら雄ちゃんのキスがあんまりにも気持ちいいから、私がもっとしたいって……。
『雄ちゃんが好きだから気持ちいいんだもん』
な、なんちゅうことをっ。
やばい!
ぜんぶ。思い出したかもしれない。
はっ……恥ずかしすぎる〜!!!)
恥ずかしすぎるよ。
なんてこった。
先にキスしてきたのは雄ちゃんだけど、先に告白してんのは私じゃないかあっ?!
私は恥ずかしくて顔が熱くなって下を向きながら雄ちゃんの横を歩いていた。
「どうした? 七海?」
「な、何でもないっ。何でもないよ」
「七海、焦って顔が真っ赤で。大丈夫か? 体調悪いとか……。どう見ても何でもないって顔じゃないけど……? なんか変だぞ、お前」
「……あっ、あの。いや、あのね雄ちゃん。……私、私ね。思い出したかも……」
「えっ? なにを?」
「昨夜の雄ちゃんとのこと」
雄ちゃんは立ち止まっていた。
私はずっと雄ちゃんが好きだったんだ。
たぶん――。
自分が思っていたよりもずっと前から、自分が思っていたよりもずっと強く雄ちゃんを好きになってたんだ。
あの時迎えに来て欲しかったのは、来てくれる優しい男友達ってだけじゃなくて、雄ちゃんが好きだったから会いたくて会いたくて。
会いたくなって雄ちゃんに電話をしたんだ!
私に会いに来て欲しかったんだ。
好きな雄ちゃんだから一緒にいて欲しかったんだ。
……ああ。心から私は雄ちゃんと一緒にいたいんだと気づいてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。