第22話 聖陽に抱き締められたまま

 私は聖陽にもう抵抗するのも疲れてきてぐったりしてきていた。

 聖陽は私に覆いかぶさり抱き締めたまま、私の体を離す気はないみたいだった。


 聖陽は私に唇を何度も重ねようとする。


 こんどは私の首筋も聖陽に口づけられていた。

 私は聖陽がこんな風に嫌がるようなことをする人だったんだと、思い出までもが汚れていく気がした。


 私が諦めた気持ちになった時――


「ふざけんなっ! あんた何やってんだよっ!!」

「……あっ」


 急に私に乗っかる聖陽の重さが無くなった。

 軽くなる。


 ――この声っ!


 私の上から聖陽が遠ざかる。

 聖陽を後ろから服を掴み引っ張りあげて私の車から外に出してくれた人がいた。


「七海っ! 大丈夫かっ?」


 私はその声に安心した。

 へなへなと強張っていた私の体から力が抜ける。

 涙が溢れて止まらなかった。


「雄ちゃんっ!」


 ……雄ちゃんが来てくれた。

 助けに来てくれたんだ。

 駆けつけてくれた雄ちゃんはすごく怒りをあらわにしてる。

 聖陽の服を掴んだまま雄ちゃんは私の方を向いた。私を心配そうに見ている。


「七海には手を出すなっ! あんたを許さねえからな」


 雄ちゃんは顔を真っ赤にして怒っていた。

 聖陽は笑っていた。


「フッ……。七海が誘ってきたんだ」


 雄ちゃんの手を振り払うと聖陽はそう言い放った。


「そんなっ! 私っ……。そんなこと、そんなことするわけない」


 ひどい。勝手に抱き締めてきたり、キスしたりして来たのは聖陽の方なのに。


「はあっ? ふざけるなよ。七海が誘うわけがない。嫌がってたじゃねえか。こんなに七海を……泣かせやがってー!」


 ガツッと音がした。

 雄ちゃんが聖陽の左頬を右手で握った拳で殴っていた。


 雄ちゃんに殴られた聖陽の体が倒れて地面に沈んだ。


 雄ちゃんは拳は握ったままに、わなわなと怒りで体を震わせていた。


「七海に二度と手を出すな」

「暴力で訴えるとはね」


 聖陽は地面に転がりながら、雄ちゃんに殴られた頬を抑えていた。

 雄ちゃんを聖陽は睨みつけて皮肉めいた笑いを見せた。


「君の暴力で相殺だな」

「何言ってるのか分からねえな。七海に謝れ!」

「謝らないよ。俺はただ七海によりを戻したいって言ってただけだ」

「てめぇっ」


 雄ちゃんが今度は転がる聖陽に馬乗りになって、また聖陽を殴るところだった。

 私は慌てて車から降りて雄ちゃんを止めに入った。


「雄ちゃんが殴るほどの価値はこの人にないよ」


 私は泣きながら雄ちゃんの腕を握り抑えた。

 はあっと雄ちゃんは肩で息をした。

 たぶん怒りと焦りを吐き出して、落ち着こうとしてる。


「……ふえっん。ありがと。……ありがとう雄ちゃん、私のために。助けに来てくれて嬉しい」

「七海。大丈夫か?」


 雄ちゃんが私の背中をさすってくれる。

 ホッとした。雄ちゃんの顔を見たら本当に心の底からホッとした。

 へなへなと全身の力が抜ける。


「怖かっただろ?」


 私は涙が止まらなかった。

 がたがたと、恐怖心から震えが止まらない。


 聖陽がじいっと私と雄ちゃんを見ていた。立ち上がり背中を見せる。


「君には負けたよ。七海が誰を見ているかよく分かった。……悪かった。七海が俺以外の男と付き合うのを認めたくなかった。嫉妬してた。もう七海に手は出さない」


 聖陽はそのまま会社の出入り口に歩いて去って行った。



「七海……」


 雄ちゃんは私の背中をずっとさすってくれていた。


「雄ちゃんっ。……ふぇっ……ん…」

「七海、怖かったろ? 大丈夫か? 怪我とかしてないか?」

「……うっ、うん。大丈夫、怪我してない」

「良かった……」


 私は雄ちゃんの胸に頭を預けて泣いて嗚咽が出て上手く喋れない。


「……七海。泣いてていいから。落ち着くまで泣いてていいからな」


 雄ちゃんは私を優しく抱きしめてくれていた。

 あたたかった。

 雄ちゃんはあったかくて胸が広くて優しかった。

 安心できる雄ちゃんの腕の中で、怖かった聖陽の顔が消えていった。


 私は震えながら雄ちゃんの胸に顔をくっつけて泣きじゃくった。

 

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