第19話 別れた人

 私は車のエンジンをかけて発進しようと思った。


 コンッコンッ。


 運転席の横の窓を軽く叩く人がいた。


「七海」


 付き合っていた上司だった。


 彼は勝手に私の車のドアを開けて「話がしたい。今さ、ちょっとだけ良いか?」と言った。


 車の鍵をまだ閉めてなかったんだ。

 私は少し後悔していた。


「なに?」


 私は車からは降りなかった。

 彼だった上司は車のドアを開けたままにして、私が閉められないように押さえていた。


「さっきのアイツ。新しい彼氏か?」

「違うよ。付き合いの長い友達。そんなの聖陽まさあきに関係ないよね?」

「ふーん、友達ね。今日俺が休日出勤して来たら、七海の車が置いてあってショックだった。沢渡と合コンして飲む話はあいつから聞いてたからな。誰かとくっついたのかって。そのままその男と過ごしてんのかと思ったらなんか無性に腹が立ってさ。どうしても七海に会いたくなって待ってた」


 ちょっと上司の聖陽まさあきが怖かった。

 真剣すぎて目の奥が怒っていて充血している。

 嫉妬してるの?


「もう別れたじゃない私たち。原因は聖陽が浮気したからだよ。すぐに新しい彼女だって出来たでしょ?」

「ああ、あいつとは別れたよ。そっちだってすぐに彼氏が出来たんだろ? でも俺の時みたいに浮気されて振られたんだってな。沢渡に聞いてたぞ。俺は七海じゃなくちゃ駄目なんだ。気づいたんだ。嫌いで別れたわけじゃない。魔が差したんだ。他所見をしてしまった俺を許してくれ」


 そうまくし立てて一方的にいうと、とっくに別れたはずの上司の聖陽まさあきは、私を無理矢理きつく抱き締めてきていた。


「やめてっ! 人を呼ぶからっ!」

「七海は俺だけを見てれば良いんだ」


 私は聖陽の胸を押し返そうと抵抗をした。

 だけど、男の人の力は強くて。

 ますます私は聖陽に強く抱かれて身動きが出来なかった。

 

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