第26話
「さて、話を聞こうか」
応接間に通されたナル達は茶菓子片手に談話を始めた。
灰皿がおいてあったことをこれ幸いと断りもなく煙草に火をつけたナルににらみを利かせるリオネットだったが、その程度で動じる相手ではないと早々に諦めて会話をきりだした。
「頼み、といっていたがどんな要件だ」
「んー、ちょっとこれ吸わせて。そしたら話す」
そう言って口にくわえた煙草に手を添えたナルは、そのまま小声でルナに話しかけた。
間者は近いか、と。
その言葉にルナも小声でさっきから移動していないと答えを返した。
「ふぅ……いやぁ、やっぱり煙草は良いね」
「私は嫌いだな、煙いし臭い、更に体に悪い。何がいいのかさっぱりわからんのだが……そもそも煙草が美味いとはどういう意味なのだ? 味なんてみんな同じだろう」
「そうでもないんだなこれが、産地やら乾燥具合やらで香りが随分と変わる。ただまぁ似たり寄ったりというのは否定しないから……運動後の水がいつも以上に美味く感じる、そんな感覚だと持ってくれ」
「あぁ、そういう意味なら分かる。風呂上がりの牛乳、訓練後の井戸水、そう言ったものは格別美味いと感じるからな」
「だろ。さて……それじゃあ本題に入る前に何だが、リオネット大隊長殿は」
「呼び捨てで構わない、君に大隊長殿なんて言われると嫌みのように聞こえてしまってな。悪気の有無はともかくとして」
「そうかい、じゃあリオネット。あんたは占いを信じるか? 」
「信じていないわけではないが、私は悪い結果は無視していい結果だけを見る派だな。新聞の誕生日占いなんかは楽しみに見ているが、自ら望んで占い師に会いに行くようなことはない」
「そうかい、まぁそんなもんだろ。しかしちょっとお付き合い願いたいもんでね……」
そう言って懐から取り出したタロットカード、大アルカナのみで構成されたデッキをシャッフルしたナルは茶菓子の入った皿をグリムの前に置きなおしてから、それをリオネットの前に置く。
「一枚引いてみてくれ」
「タロットカード? 随分と、古典的な占いだな。何を占うのだ? 」
「それは引いてから教えるよ」
ナルの言動に首をかしげながらもリオネットは一枚のカードを引く。
その絵柄をしばらく眺めてから、やはり首をかしげてテーブルの上に置いた。
描かれていたのは馬に曳かれた馬車、つまり【戦車】のカードだった。
「まぁ、予想通りかな」
「何がだ、君の発言はいまいち要領を得ない」
「何から説明したものやら……順序だてて話をしようか。リオネット、あんたは英雄の血族だったりしないか? 」
「いや、特に心当たりはないな。母も父も、祖父母もそう言った事は言っていなかった。断言はできないが違うと思うぞ」
「それなら、英雄の血族に対してはどんな感情を抱いている」
「逆に聞くが、見知らぬ人間を指してあいつをどう思うと聞かれて君は即答できるのか? 」
つまり、関心は抱いていないという事だ。
世間には英雄の血族というだけで蔑視する者も少なからず存在する。
そう言った手合いではない事、またその言葉に嘘がないと感じ取ったナルは攻めに転じた。
「俺は英雄の血族だ」
「今、英雄の血族に対する評価が下方修正されたよ」
「ひどいなぁ」
心にもない事を苦笑いしながら答えるナルは、二本目の煙草に火をつける。
そして再び、カードの気配についての質問をルナに投げかけ、相も変わらずという答えを聞いて話をつづけた。
「俺は先祖返りか、特別な能力が発現したんだ。ただ問題が起こって、その能力の断片が世界中に散らばってな……それを集めている旅の最中なんだ」
「ほう……察するに私がその断片を持っていると? 」
「いいね、話が早くて助かる。俺の能力はこのタロットカードに起因する物だが。ほれ、あんたの引いたそのカードは色が付いていないだろ。それは能力が失われているって意味で、この占いではあんたが何の能力を受け継いだかを示している」
煙草を揉み消しながら【戦車】のカードを残してデッキを手元へと引き寄せた。
もし、今好奇心でデッキをひっくり返されてはナルの手の内がばれてしまう事になるからだ。
「まぁ、獣騎士隊って時点で察しはついていたんだが【戦車】のカードをあんたが持っている、俺はそれを返して欲しいとお願いに来た」
「なるほど、そうか。断る」
「早いな」
「君の話が真実だとして、私は国に仕えている身。私の私物ならばともかく、聞いたところ私の才能の一
部を開花させている物のようにも聞こえた。そこまで含めて事実ならば、この能力は私個人では判断しかねるだけの危険物であり、国の上層部にも判断を仰がなければいけない。故に、即答することができないので断ると要約してもこれだけ長い話を更に延々と語ってほしいか」
「……まぁ、おおむね正解。才能を開花させているのはカードの能力によるもの、だからと言ってカードを失ったら才能がなくなるとも限らないだろ」
「それを、知らないのではないのか? 」
「へぇ、なんでそう思うんだ? 」
三本目の煙草に火をつける。
今度は口元を隠すためではなく、この後紡がれる言葉への返答を考える時間を作るために。
「私は今26歳だ、しかし獣騎士隊の側付きとして仕事を始めたのは12の時、正式に隊員になったのは17だがその頃から私はこの道において天才と褒めたたえられてきた。もちろん努力はしたし転機と言うのもあったが……これは自慢話ではなく、そう言った事実があると考えてくれ」
「続けて」
「私が仕事を始めたのと同時にカードの力とやらが宿ったとは考えにくいからな、もっと前からと仮定して……9歳の頃にしておこう。グリムが17歳だから彼女の生まれた年に力の断片がばらまかれて、私にもそれが宿ったというならば……君は見たところ同年代だ。ならばまともに旅をできるようになったのはその数年後、更にその力が必要だと気付いたのはまた数年後、今から見れば数年前だ。世界中に散らばった力を回収している最中という事ならば、まだわからない事も多いのではないか」
チリチリと音を立てて燃える煙草を指で挟んだナルは、必死に笑みをこらえていた。
勘違いも甚だしい、しかしなるほど事情の一部を説明しなければここまで勘違いしてくれるのかとこらえながら煙草の煙を吸い込んだ。
「すでに何枚か回収していると言ったらどうする」
「ほう……その回収方法は? 」
「譲渡、あるいは俺自ら殺害、その他抜け道がいくつか」
「穏やかではないな、しかし譲渡というのが今回の目的なのだろう」
「まぁ、本当は譲渡してくれたら話が早いんだがな。抜け道の方も頼もうと思っていた所だ」
「ほう……聞かせてもらおうか」
リオネットは鋭く射貫くような視線をナルに向ける。
今まさに得物の喉元を食いちぎらんとする狼のような眼だ。
「おっかない顔しなさんな、簡単に言えば『死後カードの所有権は本来の持ち主であるナルへ譲渡する』と一筆したためてサインしてくれたらいいのさ」
「なるほどな、将来的に譲渡するという契約……という事か」
この方法も【愚者】は語ってくれなかった物だった。
【力】のカードの持ち主は怪力の二つ名を持つ傭兵だったが、彼に頼み一筆したためてもらったのだ。
実験も含めての事だったが、怪力が死んだというその日その時間にナルの持っていたモノクロの【力】には色が宿ったのだった。
「だから俺としてはその約束を取り付けられれば十分なのよ」
「ふむ……いや、しかしそれも上の判断を仰がなければいけないな。言うなれば才能というのは武器だ、そして私は軍に身を置いている以上私的な物であろうとも勝手に嬢との約定を結ぶわけにはいかない」
「だろうね、付け加えて言うなら上に判断を求めたところでこんな与太話を信じてくれる可能性は限りなく低いだろ」
「そうだな、こうして直に聞いている私も眉唾だと思っている」
「だから情報と引き換えに、契約を結んでくれるように説得しに来た」
「情報……だと? 」
「あぁ、これは前払いだがな……ここ、間者いるぞ」
「……その程度の情報でどうしろというんだ」
「まぁ聞けよ、その間者もカードの持ち主だと言ったらどうする? 」
「特別な才能を人並み以上に使いこなす間者か……その能力はどのような物なんだ」
「調べようがないから憶測だがな、こういう仕事に向いているカードってのはだいぶ限られるものだ。おそらくは【隠者】だろう」
身を隠すことに関してこれ以上のカードは無いと断言できる、それほどの能力を【隠者】は秘めていた。
端的に言ってしまうのならばステルス機能と変装技能の合わせ技である。
身を隠すための術であればなんであれ万全に使いこなせる、それが隠者の能力だ。
「……だめだな、私一人では手に負えない話だ。だからと言って上に掛け合うにも一蹴されるのは目に見えている」
「そうしている間に重要な情報はどんどん外へ漏れ出していく、そして戦争になり最悪の場合あんたは死ぬ。これは俺にとっても最悪のシナリオだ。また【戦車】のカードが誰に渡ったのかを調べなきゃならんからな」
「……八方ふさがりだな」
「いんや、七方ふさがりだ。もしあんたが俺に協力してくれるなら突破口を作る事ができる」
煙草を咥えて、今度は火をつけることなくにやりと笑って見せた。
「その方法は……教えてはくれないのだろうな」
「もちろんだ、協力するなら全面的に、しないなら戦争頑張ってくれ、以上」
「……くそ、私は……」
頭を抱えて悩み始めたリオネットだったが、その姿を見てナルはようやく煙草に火をつけて煙を堪能していた。
(あ、あぶなかった……)
心中荒れ狂う海原の如く心を乱しながら。
必要な情報を隠しながら、核心のない情報で相手を揺さぶり、適当に織り交ぜた嘘を吹き込んで、そして相手の選択肢を奪ったように見せかける。
そう、見せかけなのだ。
カードの持ち主がもう一人いるのは確実である。
しかしそれが【隠者】である可能性はもちろんのこと、他国の間者という可能性すら低い。
リオネットの性格が単純だったがゆえに押し通すことのできた手段だったが、もう少し、おそらくはあと一歩人心掌握などに長けていたらナルこそが八方ふさがりとなっていた。
「こんな言葉がある、ばれなきゃ犯罪じゃねえんだよ」
「……貴様、悪魔か」
呼び方が君から貴様へと変化したのをナルは聞き逃さなかった。
侮蔑の色を込めた視線に、あと一歩で全てを美味く転がせると確信する。
「悪魔ねぇ……人の落とし物を勝手に使って軍人だから返せないという盗人とどっちが厄介かな」
「ぐっ……」
「さぁ、悩んでる時間は無いぞ。こうしている間にも情報は流出しているだろうからな」
「…………わかった。ただし誓約書の方だ」
「いいだろう、俺にも紙を一枚くれ。こっちでも用意する書類があるからな」
「あぁ……」
意気消沈しながらもリオネットは準備をしてくると言い残し部屋を後にした。
ようやく、気を抜くことができると考えたナルだったが、すぐに思い直して気を引き締めなおす。
「ルナ、カードの位置は」
「だいじょーぶ! まだエントランスだよ! 」
「……くそっ、なにを考えているのかわからない相手ならまだしも……姿さえ見えない相手となると手の打ちようがない……」
ぎりっと煙草をかみしめたナルは、交渉がうまく言ったにもかかわらず不機嫌だった。
そのやり口は詐欺師同然の悪辣な物だったが、成功であることに違いは無いのだ。
しかしそれを喜べない状況に追い込まれているのは、見過ごすことができなかった。
「お? おんやぁ? ナルちゃん! カードが動いたよ! 」
「なにっ、どこだ! 」
「えーと……二階に上がって……あ、そのまま三階に来た」
三階、それは今しがたナルたちがいる応接間であり、タイミングの悪いことに……いや、見測られたのだろう。
リオネットが席を外しているタイミングだ。
狙いがどちらなのか分からない上に、武会社であるナルたちは迂闊に動くことができない。
ましてやグリムもナルも武器を持っていないのだから、戦闘になれば圧倒的に不利となる可能性がある。
ナル自身も【愚者】のセンサーを全力で展開することで、カードの位置を探ろうとするがグリムの気配に阻害されてしまっていた。
しかし近づけばわかる、それは二度の経験から理解していたためここを襲撃するというのならば迎え撃つまでだとルナをそのままに立ち上がって半身に構えを取った。
グリムもそれを見て、茶菓子の乗っていた皿を手に立ち上がり、来訪者を待ち構える。
そして気配を探る事数分、ドアノブが動いた。
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