第25話
「では、確かにお預かりしました……けど、リオネット大隊長がお会いしてくださるとは限らないので……」
「はい、その辺りは覚悟していますのでお気になさらず」
詰所に来たナル達はひとまずいくつかの手続きを済ませて、リオネットとの面会予約を取り付けた。
受付をしてくれた男性の声色からして普段からこの手の面会申し込みはよくある事で、更にそれが受理される事が滅多にないというのはすぐに察することができた。
先程話した時の感覚から腹芸には慣れていないのだろうという事がうかがえたので、おそらくは何かと理由をつけて断っているのだろうと察したナルは受付の男性の申し訳なさそうな態度に何かを言う事は無く、淡々と手続きを済ませていったのである。
「さて、あとは大隊長様が戻ってくるのを待つばかりなんだが……やることねえなぁ」
「ん……どうせなら先にご飯食べるべきだった」
「だよなぁ、でも大隊長様と会うとなれば美味い茶菓子くらい出ると思うから多少腹を空かせていた方が
いいかもしれんぞ」
「それは、楽しみ」
やはり色気より食い気なのだろうグリムは、先刻風呂での一件を忘却の彼方へと捨て去り態度を変えることなくナルの隣で腰かけていた。
多少落ち着かない様子を見せているのは普段身に着けている武具を全て受付で預けてしまったからだろう。
軍の詰所という事もあり、セキュリティは厳重で武器の持ち込みは一切禁じられていたため丸腰の二人は時間まで出歩こうという気を起こすこともなく暇を持て余していた。
「それで、先に聞いておくが実際どんな人なんだ。さっき見た限りじゃ堅物、真面目、常識人といった感じだったが」
「だいたい、あってる。でも、常識は、微妙」
「微妙か……」
先程の短いやり取りの間にナルが感じ取ったのはいかにも騎士という人物という事であり、わざわざ詰所に行けと言われたことから仕事はまじめにこなしているのだろうと察していた。
またその辺りの手続きを踏ませることからマニュアルを守るタイプの人間で、逆に言えばアドリブに弱いのではないかという印象も受けていた。
「リオネットは、私を、嫌ってる……かもしれない」
「なんだそりゃ、嫌ってたら街中で見かけただけで話しかける事はしないだろ」
「前に、模擬戦をやってから、よそよそしい……それまでは、普通だった」
「あー……そりゃ、えーっと……怖がられてるだけ、だろうな」
「怖がられてる……? 」
「前にちらっと話してただろ。たしか……殺す気で挑んだって」
「ん、でも寸止めはするつもりだった。そしたら向こうが加減、間違えて、殺してくれるかもって、思ったから……」
「うん、これから常識的な事を言うけどな……死神って恐れられる傭兵が模擬戦だろうが何だろうが本気で殺しに来たら怖いわ。絶対トラウマになってるからちょっと距離置いてたんだろ」
「そう、なの? 」
「気になるなら本人に聞いてみろよ、ほら」
そう言ってナルが指さした先には周囲を見渡すリオネットの姿があった。
巡回を終えて帰還した所だったのだろう。
途中で寄り道をしなくて正解だったかと考えながら立ち上がったナルはそのままリオネットに近づいて背後から肩を叩いた。
「さっきぶり、手続きは済んでるぞ」
「そうか、仕事が早いんだな。……もしこれが引き抜きの相談だったら逆に誘っていたかもしれないな」
「そりゃ無理だ、俺みたいな根無し草を突然雇うなんていくら大隊長様でもできないだろう」
言外に、そんなつまらない要件ではないだろうなと伝えてくるリオネット。
対してそんなわけないだろうと伝えたナル。
二人の間には他者に感知できない火花が散っていた。
(なるほど、グリムにして常識的という部分が微妙といわせる訳だ)
存外常識外れの存在であるグリムの言葉を反芻して、ナルは内心で頷く。
言うなればナルは挑発されたのだ。
出会い頭に相手の様子を伺い、そして時間を設けて対策を練り、挑発で揺さぶりをかける。
それだけの行動を自然に行って見せる者が常識人であっていいはずがない。
更に堅物で真面目という点がずれていない事にも驚嘆する。
彼女の対人術は、体当たりそのものだ。
これがナルだったら、挑発をするところまでは同じだろう。
しかしその後の対応に差が出る。
ナルは挑発を受け流して見せた、その際にリオネットは小さく微笑んで見せた。
しかし交渉の場でむやみに感情を見せるというのは下策とまでは言わずとも上策ではない。
ならばナルはどうするか、答えはいたって単純だ。
感情を爆発させる。
つまり微笑む程度の微表情は済まさずに、声を上げて笑ってみせるのだ。
面白い、おまえの思惑ごと丸のみにしてやるからかかってこい、とさらなる挑発を乗せるのである。
そして相手が挑発に気付けるか試す、気付かなければその程度であり、気付いて警戒心を露にするような者がいれば、結局は警戒心を見せてしまっている以上その程度である。
ナルが満点を出すとするならば、警戒心を見せることなく、それでいて挑発に気付いたうえで同じように高笑いして見せる者だろう。
「それで……ちゃんと個室で話せるんだよな。ついでに茶菓子もつけてくれるとうちの腹ペコ娘が喜ぶぞ」
「応接室でよければ今の時間なら人は来ないはずだ。しかし茶菓子か……何か手ごろな物は有っただろう
か……あぁ、南瓜のビスケットがあったな。そんなものでよければ提供させてもらおう」
「ありがたい、あんたもなんか手続きあるだろ、ここで待ってるからさっさと済ませて迎えに来てくれ」
「話の早い男というのは悪くない物だな、いっそ本当に勧誘したくなってきたぞ」
「いいからさっさと行け」
にこやかに告げて受付へと向かっていくリオネットを見送ったナルは懐に手を伸ばして、すぐにそれを止めた。
しばらく煙草を吸っていなかったため、無意識の行動だったが流石にこの場、詰所とは思えない程綺麗に整えられた王城のフロアと見紛う場所でタバコに火をつければとがめられるだろう。
下手をすれば追い出されかねない。
その程度の事に気付くのに多少の時間を要したことに、ナルは自分の掌を見つめた。
わずかな汗が滲んでいるその手からは現在進行形で緊張している事に気づいたのだ。
「……やばいなぁ」
無意識に緊張してしまう程の相手、それは過去何度か経験したものである。
カードの保有者というだけではここまでの緊張を強いられることはない。
容姿が整った相手を前にしていようとも、相手がどれだけ好みの人物であっても、ナルは平常心を崩すことはない。
ならばなにがナルを追い詰めるのか、その正体さえもつかめていない。
それがさらにナルの思考をかき乱していた。
「ナル……? 」
「いや、なんでもない」
少なくともリオネットが原因ではない。
時の有名人であるリオネットと親しげに話していた自分に注目が集まるのはごく自然の事だと言い聞かせ、そして周囲から向けられる奇異と好奇心と嫉妬の視線。
それら一つ一つを吟味していく。
まずは手近な物から観察をして心を落ち着かせる、それがナルのやり方だ。
そうして、十数人の観察を終えたところで違和感を覚える。
自分に向けられた視線の一つに異物が混ざっている事に。
好奇心や嫉妬心ではない、かといって害意のある物でもなく、今しがた自分が行っていたような相手を見透かそうとするようなじっとりとした視線だった。
その視線の持ち主を探そうとして、しかしそれが見つからない。
逆に安堵したのは、それだけ修羅場に慣れているからだろう。
これは恐らく他国の間者、それも手荒な方法も辞さない危険な手合いのもの。
そう思い至ったナルは、次にある事を思い出す。
カードは引かれ合う。
ただ身を隠しているだけの相手ならば見つけるのは容易い。
どれだけ巧妙に隠しても人は、特にナルは視線というものには敏感である。
その出所さえ分からないとなれば、答えは限られてくる。
懐に再び手を入れて、今度はタロットカードに触れた。
【愚者】のセンサーはグリムとリオネットの二人がいるため役に立たない。
だからより優れたセンサーを発動させる。
「ルナ……今は静かにして俺の服の内側にいろ」
小さく誰にも聞かれないように【月】のカードを発動させた。
ルナはなにも偵察とお喋りだけのカードではない。
意志を持ったカードそのもの故に、他のカードの気配にはナル以上に敏感だった。
「よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃじゃーん! ルナちゃん参上! おっとぉ? この前のロリっ子ちゃん以外に二つの気配を感じるぞ! 」
小声で叫ぶという器用なまねをしたルナを無視して、やはりかと自分の仮説が正しかったと結論付ける。
この場にはナルとグリム、リオネットの三人の他にもう一人カードの保有者がいるのだ。
考えてみれば6枚のカード、全体の3分の1に届くかという枚数が一か所に有るのだ、もう一枚増えたところで不思議はない。
「ルナ、カードの場所は特定できるか」
「無理だね! そういうのは【愚者】ちゃんの特権! 自由に飛び回っていいっていうなら探せなくはないけどね! 」
「駄目だ、今は他に保有者がいるってわかっただけでも十分だ。そのまま服の内側で黙っててくれ。ただしカード保有者が接近したら教えてくれ」
「まっかせなさーい! ルナちゃん頑張っちゃうぞ! 」
こんな調子で本当に大丈夫なのだろうかという不安は、数十年前に払拭している。
実のところ戦力としてのルナは論外だが、この手の状況においては無類の強さを発揮する。
諜報と見張り、それこそがルナの本領であり、月明かりのように旅人の行く末を照らしてくれる能力と彼女がもたらす情報は、カード無しには人並み程度の戦力しかないナルにとって欠かせないものだった。
「グリム、警戒厳だ」
「ん」
ナルの指示にグリムは先程までは背もたれに寄り掛かり浮かせていた脚を地面につけて背筋を伸ばした。
両手は膝の上に置いていかにも行儀のいい子供だと言わんばかりの格好をしているが、グリムにとってこの姿勢が現状では最適の物だった。
いつでも不意打ちに対処できる、両手を動かすのに不自由なく、立ち上がる事も振り向くこともたやすい姿勢、それはナルの目から見ても一寸の隙も無い姿だった。
(……完璧すぎだよなぁ)
しかし如何にもな警戒態勢、見る者が見れば一発でばれてしまう危険性も秘めている。
幸い、先ほどのリオネットとの会話にグリムは参加していなかったため、視線はナルの身に集中しているがいずれ自分の隣にいるグリムにも向けられるだろう。
だからナルは演技をすることにした。
「そう、それでいいぞグリム。こういう場所ではちゃんと背筋を伸ばして足を地面につける、手は膝の上。これこそ美しい姿勢というものだ」
「……? 」
訝し気な表情を向けるグリムだが、これで大半の人間からはナルがグリムに教育を施しているように見えただろう。
視線の持ち主がどう思った所でそれは関係のない事。
情報というのは多ければ多いほどいいというものではない。
必要な情報を必要なだけ揃える事、それこそが一番重要であり余計な情報はノイズでしかないのだ。
だからナルは、相手にノイズを渡した。
この程度の揺さぶりで混乱する相手ではない、それは予想できる。
しかし打てる手はすべて打つ主義なのだ。
「待たせたな……どうした、グリム。そんなにかしこまって」
戻ってきたリオネットは、グリムの警戒には気付かずに姿勢を正しているだけのように見えたらしい。
それを見てナルは内心、こいつ本当に大隊長とかやってられるのかと疑問を抱いた。
「いやな、さっきまでだらけてたからちょっとただしい座り方を教えてやったんだよ」
「ほう……まぁ覚えていて損はないからな。しかしこうして見ると……髪の色次第では兄妹か親子だな」
「それ以上言うとグリムが怒るぞ」
「む、それは怖いな……以後気を付けよう」
「まぁ旅の途中は兄妹で通しているんだけどな」
「気を付ける必要ないじゃないか! 」
適当にリオネットをからかいながらも、ナルはタイミングを見計らってルナに声をかけていた。
カードの反応、正確な場所はともかく大まかな場所を特定してそれがどのように動いているか情報を流してくれと。
流石のルナもこの場で喋る気はないのだろう、懐で小さく震える事で了承の意を示したのだった。
そしてリオネットが背を向けると同時に、もう一度震えた、位置がつかめたのだろう。
「わかったか」
「うん! やっぱり正確な位置はわからないけどね! 」
「何か言ったか? 」
耳がいいのだろう、小声で話していたナルたちの会話、その内容まではわからなかったようだがリオネットが振り返った。
「ただの内緒話だ、それとも聞きたいか? 」
「……やめておこう、君への評価をこれ以上落とすと旧友と親交を温めようと思っていた気概がそがれる」
「それがいいな」
相も変わらず、2人の間には火花が散る。
相性が良くないのだろう。
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