第4話
「本当にここで待ってれば来るんだよな……カードの所有者が」
3回鐘が鳴らされた時間、つまり午前8時。
ナルとルナはとある宿屋の前に来ていた。
ナルの宿泊した宿屋とは比べ物にならない豪華な宿の前で机を広げ、煙草を吸いながら所有者が出てくるのをひたすら待っていた。
「間違いないね! ここの302号室に泊ってた客がカードの保有者だよ! 」
小声で叫ぶという器用な発声をするルナにナルは煙を浴びながら、ときおり現れる酔狂な客の相手を務めていた。
当たるも八卦当たらぬも八卦というのが占いの常ではあるが、ナルの占いはほぼ百発百中。
しかしそれは特別な能力ではなく長い年月を費やして覚えた技術からくるものだった。
コールドリーディング、相手の表情や仕草から今どのような状況に置かれているのかを察して占いの結果に合わせてアドバイスを送る。
それが必中の占いと一部界隈で話題になるナルの占いだった。
「あ、出てきたよ! 」
「……あれが? まじで? 」
疑問符を重ねたナルの視線の先には一人の少女がいた。
黒いフード付きのコートを着て、腰からは剣を吊り下げている。
荷物は小さなカバンが一つ、赤い瞳が炎のように揺らめいている。
髪は透けるような金色、腰まで延ばされているが手入れをしていないのか乱れている。
陶器のような白い肌には多少の日焼けさえも見つける事ができない。
座って目を閉じていれば愛らしい人形のようにも見えるかもしれない美少女だった。
「……そこのお嬢さん、ちょっといいかな」
ナルの確認に肯定の意を示したルナをカードに戻して声をかける。
ちらりと睨むようにして目を向けた少女は、一瞬の迷いを見せながら客用に設置された椅子に腰かけた。
「……なに? 」
「いんや、ちょっと気になって声をかけさせてもらってね」
「……ナンパはいらない」
凛とした声でナルを拒絶して席を立とうとする少女を、ナルはどうにかと言った様子で引き留めてタロットカードを切り始めた。
「お嬢さん、これを混ぜてみてくれ」
「…………占い? 」
「そう、占いだ」
先程と同じように一瞬の迷いを振り切るようにカードを混ぜる少女はナルに視線を向けて、そして少し顔をしかめさせた。
何かを感じ取ったという様子ではない。
「ん? あぁ煙かったか」
「鼻がいいから」
苦笑しながら煙草を地面に落とし踏み消してから適当に混ぜられたカードを集め、そして3枚のカードを並べた。
スリーカードスプレッドと呼ばれる占いで、過去から現在を通り未来を占うという物だ。
「さて、左から過去現在未来と続いているわけだが……お嬢さんはどんな過去を持っているのかな」
「話したくない」
先程までと違い明確な拒絶が突き付けられたが、無視するようにカードを捲る。
「ソードの5、正位置か……見かけによらず随分と過激な生き方をしていたのかな」
「……話したくないと言った」
「まぁ傭兵は詮索を嫌うからね、その外観で余程の修羅場を潜り抜けてきたみたいだね」
傭兵、それは国家に縛られない兵士たち。
あらゆる紛争、戦争、内乱、そして時には魔獣と呼ばれるモンスターを狩る者達。
彼らは独特の雰囲気を持っており、ナルはそれを容易く見抜けるだけの経験を積んでいた。
そして経験と合わせて使ったコールドリーディング、少女の腰に下げられた剣は細身でいかにも護身用と言った様子を見せているが、それにしては傷と汚れが目立つ。
誰かの遺品という線もあり得るが、それにしては汚れ方が不可解だった。
握りにまかれた滑り止めの革はどれだけの血を吸ったのだろうか、浅黒く汚れている。
しかしその汚れは独特な模様を生み出しており、注視すれば血脂による汚れと手垢による汚れが斑になっている事に気づける。
その跡は、小さな手で長らく握られていたことがうかがえた。
「…………」
「さて、今はどうかな……ペンタクルの7の正位置……苦悩の暗示だ。血生臭い戦場から解放されたけれどそれが重荷になっているのかな? さてお待ちかね、君の未来だ」
そう言って表替えしたカードはソードの10逆位置だった。
「君は剣を引き寄せるのかな、大アルカナは出にくいけれどソードが二枚重なったのは久しぶりだよ」
「……カードの意味は」
「清算されるとかしがらみからの解放、だね」
清算という言葉に少女の肩が一瞬撥ねた。
そして今にも泣きだしそうな表情を見せてから、懐に手を入れて硬貨を数枚机にたたきつけた。
「まぁ待ちなって、占いに誘った身で言うのはアレだがこういうのは最後まで聞くものだ」
「……慰めはいらない」
「別に悪い運勢が出たわけじゃないんだからいいじゃないか。ほれ、君の未来は明るいとカードも言ってくれているわけだから。それに……まだもう一枚引いていないからね」
「もう一枚? 」
「アドバイスカードって言ってね、どうすればうまくいくのかを教えてくれるカードの事だよ」
そう言いながら最後のカードを引いたナルは先ほどまでの営業スマイルを一瞬で崩壊させた。
「……? 0番? 」
「大アルカナ、愚者のカードだよ……正位置のね」
本来ならば希望や自由の渇望を意味するカードだが、ナルにとっては元別の意味を持っている。
ジンクスという物がこの世には存在する。
ナルが占いの際にアドバイスカードとして愚者が出た時はカードに関連する人物であるという暗示を持っていた。
「ちょっと待っててね」
カードの束から大アルカナだけを抜き出しシャッフルしてから少女にデッキを向けた。
「一枚引いてみて」
そう言って引かせたカードは逆位置の死神、閉塞を意味するカード。
しかし重要なのはそこではなかった。
「そうか、君は死神か」
再び、しかし先程よりも激しく少女の方が撥ねた。
見た目相応子供のように、何かにおびえた様子でナルを見やるその眼は怯えていた。
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