第3話
永遠に死ぬことができない、それはある種の呪いである。
親しい者の死を全て見届けて、自分一人がおいて行かれることの恐怖にナルは、それでも耐え抜いた。
それからしばらくしてナルは復讐を遂げ、そして手元には何も残らなかった。
仲間を失い、生きる意味を失い、いざ死を待つばかりとなった身で永遠に訪れる事のない死を待ち続ける、それはナルの精神を引き裂くのに十分な事実だった。
だから、心に鍵をかけた。
言いようのない不安、死を願う心、死んでいった者達への想い、それら全てを心の奥底に封じ込めて今を消費するようになった。
言い換えるならば享楽的になったというべきだろう。
そして現在、街角で占い師として路銀を稼ぎながら怠惰な日々を送っていた。
「……ルナ」
宿の個室で小さくつぶやく。
手に取ったカードは【月】、正位置の場合悩みや因縁を意味するが逆位置は隠し事の暴露を意味する。
その【月】に込められた能力は人の内面に有る、無意識化の自分を顕現させること。
すなわち。
「やぁナル! 今夜は三日月かい? いい月夜だけど私を呼び出したのはどんな理由なのか教えてもらえるかな! 」
具現化である。
あえて言葉にするならばこれはナルの深層心理に存在する別の人格ではなく、ナルが一度死んで生き返った後【月】のカードを手にした者の残留思念とも呼ぶべき存在だ。
【愚者】の知識から得た本来のものとは違う能力にナル本人はもちろん、当の本人さえ困惑していた。
しかしそれはそれで好都合と言わんばかりにナルはこのカードを都合よく使っていた。
具現化された人格は小さな光の球であり、遠くから見れば蛍のようにも見える。
そんな、残留思念の元となった人物になぞらえて彼女と称するが、彼女の存在はナルにとって都合が良かった。
自分同様永遠の命を持つ話し相手、そして肉体を持たない彼女を使った諜報、合わせてカードは所有者同士を引き合わせるという特性を持っていたためカード回収の一助として重宝していた。
「おんやぁ? この気配……おめでとうナル! 四枚目のカードが近くにあるんだね! そして私にそれを探して来いという事だね! 万事任せてくれ給えよ! 」
「まぁ、その通りなんだけどさ……。もう少し声のトーンを落としてくれ、ここ安宿だから」
「おっと、そりゃ失礼した! しかし安宿と言いつつもそれなりに整った部屋だ! 相変わらず君の見立ては正確だね! 」
「……うん、とりあえず探してきて。接触はしない方向で」
重宝していたが、持て余していたのも事実である。
ナルはその尽きない寿命故に相応の精神力を有している。
不死になったと知った時は得も言われぬ躍動感を味わったが、今では一切の感動をどこかに置き忘れてしまった。
対して彼女は今の姿になってまだ日が浅い。
それゆえに感情のコントロールが甘く、その性格が災いして時折重大な失態を働くこともあった。
だからこそ、暇な時の語り相手としても諜報員としても持て余していた。
「そんじゃあ行ってくるよ! 私がいないからって寂しくて泣くんじゃないぞ! あでゅー! 」
騒がしい奴だ、と心の中で呟きながら煙草に火をつけて煙を吸い込む。
焼け跡から回収できた数少ない家族の遺品であるライターを見つめながら、いまだに鮮明に思い出せる記憶を煙と共に吐き出してつけたばかりの煙草を揉み消した。
そのまま布団に包まりわずか数秒で眠りについたナルは夢を見ることなく朝を迎える。
【月】のカード、別名ルナの騒々しいモーニングコールによって。
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