第2話
「酒と煙草、そんでわずかな金とそこそこの女がいれば人生は安泰だ」
そんなことを相席した中年男性に語り安酒をちびりちびりと舐めるナルは不機嫌だった。
ここ数日首筋がチリチリとした何かを訴えかけている、それは過去何度か体感した不快感であり、そして本人にとってこれ以上なく重要な案件がそこにあるという事を意味している。
「兄ちゃん達観してるなぁ、若いんだからもっとがつがついかねえと! 」
相席した男性の声がナルの耳に響き、そして反対側へと抜けていく。
声は届いていても響いていないのだ。
「見た目ほど若くねえのよ、俺は」
「若くねえと言っても限度があるだろ、少なくとも俺よりは若いんだから」
そう言いながらナルの肩を叩く男性は席を立ち、頑張れよ兄ちゃんと言い残してふらふらと何処かへ行ってしまった。
(俺より年寄りな人間はいないだろうな……)
そんなことを考えながらコップを口元に運び、中が空になっている事に気が付いて懐を漁る。
金は、まだ残っている。
しかしここで酒に変えてしまえば三日後から飢える事になる。
だからと言って今席を立つ気にはなれない。
そんな葛藤をしながらナルは束になっているカードを取り出した。
78枚の、いわゆるタロットカードと呼ばれるものだ。
56枚の小アルカナと呼ばれるカードと、22枚の大アルカナと呼ばれるカードの集合体。
そのどれもが繊細なタッチで描かれたもので好事家に売りつければ数か月分の生活費が稼げるだろう出来栄えだった。
(3枚……あと19枚って……先がなげえなぁ)
ナルの持つタロットカードで全ての小アルカナと3枚の大アルカナは着色されている。
しかし三枚を除いた大アルカナは全てモノクロで描かれていた。
(4枚目がすぐ近くにいる……のはわかるんだがなぁ……)
ナルはこのタロットカードを集めていた。
それは今から百年以上昔の出来事、英雄の血族が集落を作り各国に戦争を辞めるように呼び掛けてから数年後だった。
その集落がある大国に襲われたのは。
どれほど強大な力を持っていようとも限界という物がある。
万の敵を切り伏せる剣豪は井戸に投げ込まれた毒が原因で命を落とした。
魔術を凌ぐ魔法を行使する男は無数の槍に貫かれた。
死者をも生き返らせる女性は手足の健を切られ捕らえられる寸前に自害した。
そして、その場にはナルもいた。
襲い来る兵士たち、彼らを退けるために必死の抵抗を見せた集落の仲間達、そして徐々に数の波に呑まれ、死んでいった彼らをナルは呆然と眺める事しかできなかった。
英雄の血族、彼らの持つ特殊な力が発現する時期は差がある。
生まれつき強靭な肉体を持っている者もいれば歳を重ね知識と精神力を蓄える事で発現する者もいる。
代を重ね血が薄くなれば生涯力を目覚めさせることなく死ぬ者も珍しくはない。
つまるところ、この時ナルは力を発現していなかった。
そして目の前で切り伏せられた父と、矢で射抜かれた母、馬に蹴飛ばされてゴミのように転がっている弟、それらをナルは呆然と眺めながら槍で心臓を貫かれたのだった。
ナルは願った、こんなところで死にたくないと。
無残に殺された家族を目の当たりにしたからだろうか、死に対する恐怖がナルの心に深く刻まれていた。
その願いは、聞き届けられた。
貫かれた心臓がそれでも鼓動を止めることなく脈打ち、胸の内からカードの束が沸き出てきた。
始まりのカード、愚者が語り掛ける。
『汝、何を願う』
ナルは答える、死にたくないと。
終わりのカード、世界が語る。
『ならばその願い聞き届けよう』
ナルは安堵する、この声は俺を助けてくれるのだと。
『しからばひと時の眠りにつくべし、汝の願いはかなえられよう』
そんな言葉を聞きながらナルの意識は薄れ、そして次に目を覚ました時集落は炎に包まれていた。
ぼんやりとその光景を見つめながら、手元に残ったカードを見つめると先ほどまでは色鮮やかに輝いていた大アルカナのほぼ全てが色を失い、愚者のカードのみが色を保っていた。
そして【愚者】のカードを手に取った瞬間膨大な知識がナルの脳を焼いた。
それがナルの手に入れた能力だった。
カードは所有者に特別な力を与えてくれる。
【愚者】のカードは始まりのカードであり、愚か故に知識を求める者、故にカードの力を知る者である。
そして【世界】のカード、これは持ち主の願いをかなえるカードである。
ナルが生きながらえる事が出来たのはこのカードの恩恵であり、呪いである。
カードは所有者の死亡、あるいは強い願いの下譲渡される事で所有権が移る。
ナルの一時的な死により【愚者】以外のカードは世界に散らばってしまった。
その知識を得たナルは、すでに物言わぬ躯となった家族を見て新たな願望を胸に宿した。
それは復讐、家族、友人、知人を殺した者達への強い怒りだった。
炎に呑まれながらもナルは、カードに願うことなく復讐を決意し、旅に出た。
そして時間をかけて、自らの技量を高め、力を手に入れ、仲間を得て、時に仲間の死を乗り越えて復讐を成し遂げ……。
「死にたい」
そう願うようになった。
【愚者】から得た知識には【世界】の力は恩恵であり呪いであるとされていた。
それを理解したのは仲間と共に戦場に出た時だった。
ナルは些細なミスから致命傷を負ってしまう、それを皮切りに恐慌状態へと陥った仲間たちはあっという間に蹂躙され無残な死体となった。
しかしナルだけは死に至る事は無く、傷口は巻き戻したかのように消えて生き永らえさせた。
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