第5話

 ナルは集団に属することを好まない。

 人の身でありながら100を超える年齢であり、そして不老。

 本来所属する集団があれば集められる情報量は増えるが、ナルの秘密が露呈する危険性も増える。

 それはリスクの増大であり、たいしてリターンは微々たるもの。

 というのが本人の建前である。


「百戦錬磨の傭兵、何千もの敵を相手に数十人で砦を守った逸話を持つ生きる伝説……だったかな」


 だからと言って世俗に疎いわけではない。

 カードの持ち主は何かしらの理由で世間に名のしれた人物であることが多い。

 事実今まで手出しできずにカードの所在を確かめて放置している者も数名存在する。

 そして、おそらくこいつはカードを持っているという当たりをつけている人物もいた。

 その一人が死神と恐れられた傭兵である。


「……………………」


「さて、何から話した物かな」


 思案、わずかな時間、ほんの数秒の事だった。

 しかしその隙をついて少女は席を立ち身をひるがえして、そしてナルによって逃走を阻止された。


「逃がさないよ、これは君の為ではなく俺の為に必要な事なんだから」


「……離して」


「断る、と言ったら? 」


 ふぅ、と小さく息を吐き出してから少女は大きく息を吸い込んだ。


「いやぁ! 助けて! さらわれる! 」


「……まじで? 」


 人通りの多い、高級な店の立ち並ぶ一角。

 片や怪しげな風貌の占い師の男、片や帯剣しているものの小柄な少女。

 挙句に攫われるという言葉とナルが彼女の腕を掴んでいるという事実。

 周囲がどのような視線を向けてくるか、そして近隣の住宅を警備していた私兵がどのように動くかは火を見るよりも明らかだろう。


「……最近の女の子の防犯意識ってのはすごいねぇ」


 武器を手に包囲陣を狭めていくこわもての男たちを眺めながらナルは1枚を残してタロットカードを懐にしまい、少女を抱き寄せて小さな声で呟いた。


「ストレングス」


 瞬間、逃れようともがいていた少女の身体がピクリとも動かなくなった。

 まるで万力で抑えられたかのような錯覚を抱きながら、押しつぶされるような圧を感じ取りとっさに目を閉じた少女が次に見たのは眼前に広がる街並みと、遥か彼方に見える山々だった。


「あー、これじゃ言い訳の余地なく人さらいだな」


 屋根よりも高く跳びあがったナルに少女は驚きながらも腰の剣に手を伸ばしていた。


「危害を加えるつもりはない……つっても信じないよな。ただちょっと話がしたいだけなんだが」


「信じ、られない! 」


 どうにか動く関節だけを使い剣を抜き放った少女は産まれて初めての経験をすることになる。

 今しがたナルを切りつけようとした剣先を摘ままれ、そしてあっさりと取り上げられてしまったのだ。


「信じろとは言わんからちょっと待ってくれ、今着地するから」


 バキバキと建築物の構造にダメージを与えた音を響かせながら屋根に降り立ったナルは少女を離し、そして指先でつまんでいた剣を差し出した。

 それを恐る恐る受け取った少女は距離を取りながら、いつでも切りかかれるように足場を確かめ構えを取った。


「さて、改めてどこから話した物か困るが……単刀直入に聞くかな。その力、俺に返すつもりはないか? 」


「返、す……? 」


 三度、どう話せばいいやらと頭をかきむしるナルは屋根の上で腰を下ろして言葉を続ける。


「俺は英雄の血族でな、百年以上前にちょっとした事件で能力の欠片が世界中に散らばっちまったんだ」


 事情を一つ一つ語るナルに対して少女は訝し気な視線を向けながらも、剣を鞘に納めた。

 しかし未だに彼女の放つ気配は鋭く、警戒しているのは明らかだった。


「その能力の一端がさっきの大ジャンプ、ストレングスだ」


 ストレングス、【力】のカード。

 逆境を凌ぐ力を意味するカードでもあるが、このカードに込められた能力はその名の通り力の増幅だった。


「お嬢さんの類まれなる戦闘力は【死神】のカードによるもの、さっきカードを引いてもらって調べた」


「……そんなの、当てにならない」


「いんや、大アルカナのみの占いだとカード所有者以外は必ず【愚者】を引き当てるんだ」


 過去百年以上、ナルも初めのうちは小アルカナを交えた占いができなかった。

 理由はいたって単純明快、78枚のカードの正位置と逆位置に込められた意味、156種類のそれを覚えるのに時間が必要だったというだけの事。

 故に初めのうちは大アルカナのカードのみでの占いをしていたが、試した相手全員が【愚者】を引き当てるという事態が発生した。

 この知識は【愚者】のカードから得る事ができなかったが、【月】と【力】のカードの持ち主はそれぞれのカードを引き当てたため今のところ確実に当たる占いとしてナルは重宝している。


「返してくれるなら話は早いが、嫌だというなら少し面倒なんだよな……」


 ギリッと空気がきしむ音が少女の耳に響いた。

 過去幾度となく戦場で感じた命の危険を伝える気配、それがナルから発せられていた。

 しかしそれは一瞬の出来事ですぐに収まった。


「……どうする、つもり」


 かろうじて声が振るえないようにとこらえた少女がナルに問いかける。


「とりあえずとれる手段は三つかな」


 そう言って三本の指を立てて一つ一つを指さしていく。


「まず一つ目、君と常に連絡を取れるようにする。方法はともかくとして君が手放したいと思った時に、あるいは俺にとって火急の案件でカードが必要な時に返してもらえるようにすること」


 これが一番軽い手段、と付け加えながらナルは煙草に火をつける。


「二つ目、君に俺が、あるいは俺に君が同行する。要するに一つ目をもっと過激にしたものと思って欲しいかな」


 吐きだした紫煙が風にかき消され、そしてかすかに漂うだけの匂いに少女は顔をしかめた。


「最後に三つ目だが」


 再び空気が軋んだ。


「君を殺す」


 煙草を片手に立ち上がったナルを前に、少女は剣に手をかけて、すぐにその手を下ろした。


「……仮に、貴方の話を信じるとして、私のこの力を返すとして、条件を出すと言ったら」


「できる範囲の事はする」


「……そう、なら私の、お願いを聞いて」

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