第6話

「お願いって……これがか? 」


高級ホテルのワンルームの片隅、地べたに腰を下ろしたままナルはそう尋ねる。

二つのベッドがおかれたこの部屋は、相応の広さがあり装飾過多とも言うべき豪華さだ。

その一室でナルは落ち着かない様子で少女を見つめていた。


「そう、これが一番、手っ取り早い、説明だから」


「そうはいうけど……なぁ」


 少女とはいえ寝床を共にするというのは気が引ける。

 言外にそう答えたナルに少女は剣を手渡して一言だけ発してすぐに布団に潜り込んでしまった。

 そして数秒と待たずに寝息が聞こえ始めた。


「……まじかよ」


 どうしようかという考えがナルの脳内を埋め尽くす。

 一番手っ取り早い方法としては寝込みを襲い殺してカードを手に入れる事だ。

 流石に気が引けるという理由でナルはその手段をボツにしたが、理由はそれだけではなかった。

 寝る前に少女がナイフを枕の下に仕込んだのを見てしまっては、こちらは恐怖心から手を出せなくなってしまった。

 最後に、自分が少しでも動けば彼女は起きてしまうだろう。

 それは傭兵生活が長かった彼女にとって必須の技能であり、そしてナルもいざという時に眠りこけていると死ぬという事実を理解していたため一切の身動きを封じられてしまった。

 つまり、部屋の片隅で座り続ける事しかできないのだ。

 せっかく二つもベッドがあるのに自分は床で座りながら寝なければいけないという事実に涙をこらえながらナルは少女に視線を向ける。


「まったく……ん? 」


 少女が寝息を立て始めてわずか数分の出来事だった。


「うっ……はぁ、くぅ……っ……ご……なさ……い、や……やめ……」


 少女がうめき声を上げ始めた。

 明らかにうなされている、夢見が悪いというレベルでは済まない程に身を捩らせて苦痛に顔をゆがませている姿は見るに堪えない。


「おい、大丈夫か」


 そう、ナルが近づいた瞬間だった。

 一筋の剣閃がナルの喉を切り裂き、寸分たがわず心臓を貫いた。

 枕の下に仕込まれていたナイフは今や少女の手に握られていた。


「……まさか不意打ちを誘っておいて罠にはめられるとは思わなかったけど、交渉決裂でいいのかい? 」


「……本当に、死なないんだ」


 そう言いながら少女はナイフから手を離し、呆然とナルを見上げた。


「なんだよ、それ確かめたいんだったらこんなまどろっこしいことしなくても実演して見せたぞ」


「……違う、貴方を疑ったわけじゃない……私がうなされていたの、見たでしょ」


「あぁ見たよ、それでまさか寝相が悪すぎて俺を殺しかけたとかいうつもりじゃないよな」


「……残念だけど、ほとんどその通り。私は毎晩悪夢を見て、そして近くに人がいればその人をとっさに切り殺してしまう」


「じゃあ枕の下にナイフを仕込まなければいいじゃねえの? 」


「……癖で、近くに武器がないと眠れない」


「それは何とも難儀な……それでこれがお願いと何の関係があるんだ」


「私は、もう誰も、殺したくないし、悪夢で、うなされる生活もいや……だから私を殺して」


 そう言った少女の瞳にはかすかな希望が見て取れた。

 宿の前で待ち伏せしてまで話しかけたあの時見せていた、燃え尽きるのを待つばかりの炎のような瞳ではない。


「……姿勢が、悪かったとはいえ、あなたは、私の剣を、難なく掴み取った。それに殺す理由も、あるし。あなた、なら殺せる、でしょ? 」


 できるかできないかで言えば、ナルに悩むことはない。

 少々後始末が面倒なことと、相手が子供だから罪悪感があるという程度の事。

 しかし、ナルはその選択肢だけは選べなかった。


「悪いが無理だ」


「……なん、で? 」


 希望を宿していた瞳が一瞬で絶望に染まった。


「俺は敵は殺す、邪魔をする奴も殺す、子供も女も関係なく必要なら殺す。けど、殺してという奴は絶対に助けてやるって決めているからだ」


 少女が悪夢にうなされているのは戦場で数多くの敵を切り捨てた事によるトラウマが原因だろう。

 そして自らの死を願う物に対してナルが救おうと足掻くのは、生きたいと願い死んでいった家族や仲間を何人も見てきたからだ。

 そんな彼らの想いを踏みにじられたような気がして、死にたがりは絶対に死なせてやらないという心情を抱えていた。

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