第16話
艱難辛苦を乗り越え、道ならぬ道を突き進み、そうしてようやく中継地点にしようとしていた村にたどり着いたナルは入り口でぶっ倒れた。
単に披露と安堵故の物であり、ここに来るまでの殲滅戦とそれによって、これに関しては自業自得だが多少素材を欲張った事が原因で荷物が増えた事、また魔獣から得た肉が非常に不味くナルのメンタルをがりがりと削り続けた事、そして何よりもとっくに体力を使い果たしてぐったりとしているグリムを背負ってきたからに他ならない。
全身の力が抜けた人間を背負うというのは重労働である。
特に体格差の激しい相手ともなれば、無理な姿勢を強いられることになるため運ぶ側の疲労は倍増すると言っても過言ではない。
結果、ナルは疲労困憊という言葉を飛び越して【力】のカードを使ってまでここまでの道のりを踏破したのだった。
なお、後々気付くことだがカードの使用が肉体に負荷をかけていたことにより翌日は筋肉痛で丸一日動きがぎこちないものとなり、また精神的疲労は不味い食事だけでなくカードを使用していたことによるものだった。
そんな二人を見つめる村の人々の目と言えば、有体に言ってしまえば畏怖だった。
ほとんど外部と交流を持たない村落というのは一定数存在する。
この村は比較的人の出入りがある方だが、それでも二か月に数人いれば多い方だ。
ナルたちが数日前まで滞在していたボード共和国からレムレス皇国へ向かう、あるいはその逆の路程を行く者が何かしらのトラブルで順路を変更して立ち寄る程度の場所だった。
故に排他的という訳ではないが、訪れたのが血と土で汚れ切った疲労困憊の男女二人ともなればそれは異質であり、異物である。
砕けた言葉を使えば、厄介ごとの種にしか見えないのだ。
「……お客人、この村に何用ですかな」
「食料と水の調達……の予定だった……」
息も絶え絶えと地面に突っ伏したままのナルが首だけ持ち上げて老人、おそらくは村のまとめ役であろう人物の言葉に返答する。
「だった、という事は他に何かご用件が? 」
「あぁ……途中魔獣の群れに襲われて無茶苦茶疲れてるから休息と、水浴び、それと洗濯と武器の研ぎなおし……あと人らしい食事をいただけたら……荷物に魔獣の皮と骨があるからそれで礼をする……」
「魔獣ですか……この辺りで群れとなると、ブラウングリズリーですかな」
「熊っぽかったけどそんな名前だったのか……久しぶりに死ぬかと思った……」
ナルがいかに長寿で知識を蓄えてきたと言っても限度はある。
当然知らない魔獣や、姿形に見覚えがあっても名を知らない相手というのは一定数存在する。
特に魔獣というのは常に進化を続ける存在であり、世代が変わればなと姿を変える事も珍しくはない。
「とりあえず……水浴びさせてもらえないか、洗濯は……やってもらえるなら対価を支払う……そんで、まずゆっくり眠らせてくれ……そろそろ、限界……」
ここ数日の修羅場は百戦錬磨のナルであろうとめったに経験することのないものだった。
事実現在不死の身でありながら過労死寸前に追い込まれているほどである。
「まぁ……いいでしょう、誰か水を汲んできてあげなさい。それと手の空いている者は彼らの着替えを手伝ってから、汚れた衣類の洗濯。寝床は儂の家を提供しましょう。ただし見張りをつけさせてもらいますがよろしいですかな」
「もちろん……あ、俺より先に妹を頼む……見た目の通り体力がないから俺よりへばってる」
少しずつだが体力を回復させたナルが、ようやく身を起こして背負っていたグリムを膝枕で寝かせていた。
まだ意識は保っているが、このままではいつ気絶するかもわからない状態である。
それは、非常に危険だという事をナルは知っていた。
道中グリムを背負って移動してきたが、グリムが寝落ち、あるいは気絶する度に発狂してナルの首に致命傷を負わせていた。
つまりグリムとその周囲に被害の出ない形で寝付かせるには、ナルの持っている薬草から作った睡眠導入煙草が不可欠であった。
「御姉妹でしたか、あまり容姿が似ていないものでどのようなご関係か勘ぐってしまいました」
よく言うぜ、と内心毒づくナル。
勘ぐっていたではなく、現在進行形で疑いの目を向けているのは表情から読み取る事ができた。
それは隠そうとしたものではなく、むしろお前らを疑っているぞという挑発的な表情だったからだ。
「訳ありなのは否定しないがな、説明は後でいいかな」
「いいでしょう、武器があればお預かりします」
「おう、と言いたいところだが妹は週刊で枕の下にナイフがないと寝つきが悪いんだ。すまんが一本だけ持たせてもらうぞ。疑われているのはわかっているが、こちらとしても見知らぬ地で丸裸になれるほど平和ボケしていないんでな」
「わかりました、許可します」
火花を散らしそうな交渉を終えたナルは腰に下げていたロングソードと手持ちのナイフ数本、そしてグリムの腰に下げられた剣を手渡し、それからグリムに煙草を咥えさせた。
いつ寝落ちするか分からないのならば先に眠らせてしまった方がいいだろうと考えての事だった。
「ほれ、グリム。ゆっくり吸って、あとは兄ちゃんに任せておきな……」
「ん……任せた……」
そうして数回、煙を吸い込んでは掃き出し手を繰り返していたグリムは瞼を徐々に下ろして最後はポトリと煙草そのものを地面に落として眠ってしまった。
それを拾い上げて火を揉み消し、ポケットにしまい込んだナルはようやく一息付けたと大きくため息をついた。
「野暮な事を言うようですが、子供にタバコというのは褒められたことではありませんね」
「こいつはこれでも17歳なんだよ、それにこれは煙草に見えるが乾燥させた薬草を紙で巻いた薬でな、睡眠薬みたいなものだと思ってくれ」
「ほほう、なるほど……それも、こちらで預からせていただいても? 」
「構わんよ、ただしこの子を寝付けるときには必要だから夜と村を出るときは返してくれよ」
「もちろんです」
こうしてナルの装備は大半が取り上げられる形になってしまったが、グリムは手近な家の中で年配の女性に任せて、ナルは路上で体を洗い、村長から借りた衣類を身にまとって久方ぶりの寝床を堪能するのだった。
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