第22話
レムレス皇国の国境線を少し超えた位置にある、軍事街。
表向きは他国への武力援助、並びに進行してくる魔獣への防衛線。
真の理由は他国への牽制として構築された、軍隊を駐屯させておくための街。
またの名を戦車街と言う。
その由来は、この街を守る獣騎士隊にある。
彼らは馬はもちろんの事、手名付けた、あるいは卵から育てた魔獣に戦車をひかせ、戦場を縦横無尽に駆け回る特殊部隊である。
その彼らが駐屯している故の戦車街、安直ではあるがもとより駐屯地が発展してできた街であり、正式な名称をつける必要がなかった。
「それで、グリムのお知り合いとやらにあうにはどうすればいい? 」
「ナル一人じゃ、無理」
「……もしかしてそんなに偉い人? 」
都合がいいか悪いか判断しかねたナルは、煙草に火を灯そうとして入門審査をしている衛兵からの叱責を受ける事になった。
現在彼らがいるのは街の外壁、その四隅に設けられた門の前である。
そこでは不審者や他国の間者、犯罪者などが街に入らないように厳重な調査が行われていた。
「今は、大隊長になったって、聞いている」
「うわぁ……たたき上げの隊長格か……こりゃまたお断り案件っぽいな」
軍の書類整理担当など、前線に出ない方向に出世した人物であればカードの能力は不要とされることが多い。
そう言った手合いには交渉の余地があったが、現場で下っ端から昇進して、そして今もなお隊を率いている身の人物であればカードの力を今なお使っているのだろう。
「先に、言った方が良かった……? 」
「いや、どっちみち調べなきゃいけなかったし位置的にもここに来るのが最善だったから気にするな」
「ん」
旅の前に話しておくべきだったのだろうか、と反省したグリムだったがこれからどれだけの時間を生きるのかも知れない、そもそもいつ死んでも構わないという心持のナルにとってどれだけ非効率的な旅であっても気にする必要はないのだ。
「通ってよし」
「あぁ、衛兵さん。通っていいって言われた矢先ですまんが、この子の知り合いが軍部にいるらしいん
だ。会いたいと言ってどうにかできるかな」
「誰に会いたいのだ」
「えーと、大隊長さんの名前ってなんだ……? 」
「リオネット」
グリムがその名を口にした瞬間、衛兵は笑みを浮かべる。
楽しさからくるものではなく、嘲笑だ。
「無理に決まっているだろう、こういっては何だが君達のような人物がリオネット大隊長殿のお知り合いであるとは思えないからね」
「……これでも? 」
そう言ってグリムは服の下から白銀に輝くペンダントを取り出し、衛兵に手渡した。
「傭兵……あぁなるほど、あの模擬戦争の参加者か。しかしそれでも難しいだろうな。いや、だからこそというべきか」
「どういうことだ? 」
「あの日優秀な者がいれば軍に迎え入れられないかという話もあったが、リオネット大隊長殿は全員駄目だと切り捨てたからな。俺なんかは死神を推薦したんだが、あんな恐ろしい奴と一緒に仕事をするなら私は村に帰って畑を耕すぞ。とかたくなにな……」
「……お前何した」
衛兵に聞こえないように小さく語りかけたナルは、すぐに聞かなければよかったと後悔することになる。
「最前線に突撃して、馬の背中、戦車の上を乗り継いで一番偉そうなの狙った。その人がリオネットで、適当に騎獣と本人を切りつけようとして、何回か掠ったくらいで逃げられた」
「あー、なんというか……ご愁傷さまだな、リオネットさん」
突如単身突撃を試みた死神が真っすぐに自分の元へ向かってくる恐怖もさながら、それ以上に恐ろしいのは騎獣と本人をランダムで穿ったこと。
戦車乗りとしてはどちらか片方が動かなくなればそれだけで戦力から外れる。
騎獣がいなければ動かない戦車、指揮官がいなければ重りを引きながら攻撃手段の大半を封じられた魔獣。
彼らは戦車という兵器にまたがれば、まさに一心同体となるのだ。
故に片方が死ねばあとは死を待つばかりの身となる。
「まぁなんだ、どうしても会いたいっていうなら軍部の詰所に受付があるからそこに行ってみるといい。上手くすればどうにか取り次いでくれるかもしれんぞ」
無駄だと思うけどな、という言葉は発せられることなくしかし雰囲気からは容易に察することができた。
それは人の内心を見抜くことに長けたナルだけでなく、むしろそう言った機微に疎いグリムでさえ読み取れるものだった。
「そんじゃ、宿確保して荷物おいて……あとは水浴びしたら行くか」
「水浴びよりも共同浴場があるからそっちに行く事を勧めるぞ。少し値は張るが、風呂付の宿もあるから良ければ場所を教えようか」
ナルの言葉に反応を示したのはグリムではなく、衛兵だった。
それは親切心が半分、残り半分はナルたちの発している体臭故の物である。
数日汗水たらしながら、険しくないとはいえ長い道のりを踏破した二人の臭いは顔をしかめさせるのに十分な物だった。
だから、ナルはその言葉に甘えて風呂の場所だけを聞くことにした。
宿は安宿で十分、必要最低限のセキュリティがあり、荷物を盗まれるだとか見知らぬ誰かと同室になるようなことがなければそれで事足りるからである。
「風呂か……思えば久しぶりだな」
「ナルは、お風呂入った事、あるの? 」
「あるぞ、二年前くらいに温泉で有名な街に行ったときにな。あれは良いものだ……」
時間の概念が曖昧になりつつあるナルが、近年の事とは言え正確な時間を思い出せるほどの心地よさ、それはどれほどの物なのだろうとグリムの好奇心を刺激した。
「いいか、風呂に入るときはまず頭を洗うんだ。次に身体を洗う、特に汚れや臭いの付きやすい場所は入念にな」
「それは、どこ? 」
「脇の下に、首回り、足の裏や指の間、あとは股下に、女性なら胸の谷間……は無いからそこは気にしなくていいか」
「ナル、失礼」
「着やせするタイプなのか? 」
「……ないけど」
「ならいいだろ、とにかく頭から足の先までしっかり洗って、それから湯船につかるんだ。タオルと髪の毛はお湯につけるなよ、頭にぐるぐるにまいて髪の毛を押さえておくんだ」
「ん……」
「あと気持ちいいからってうっかり寝ると死ぬから気をつけろ、さすがに周りの誰かが助けてくれると思うけど」
「…………」
「気持ちよく死ねるとか変なこと考えるなよ、安楽ではあるが下手したら風呂屋の主人が首を吊りかねない」
「人を巻き込むの、だめ」
「そうそう、本当にやばいときは俺が何とかしてやるから今は生きる楽しみを見つける事だ」
「……………………わかった」
長考の末、グリムはナルの言葉に頷いた。
本当にわかっているのだろうかと不安を抱きながらも、今は風呂の楽しみに胸を弾ませるナルだった。
「他に、は、なにかある? 」
「んー、サウナっていう部屋があるな。熱した石に水をかけて部屋を暖めるんだが、しばらくそこにいると汗が噴き出る、それで火照った体で水を浴びるとこれがまた気持ちいいんだ。そして冷えた体を湯船で温める。そしてホカホカになったら売店で売っているキンキンに冷えたエールをグビッと、最高の贅沢だ! 」
「……お酒、売ってもらえない」
「あー……そういえば、いや、うんそういえばそうだった」
一度目はグリムの外見を理由に納得し、そして二度目はレムレス皇国の法律上の問題から納得した。
グリムのいた国では15歳で成人とみなされるが、このレムレス皇国では18歳で成人とされる。
つまり現在17歳のグリムはどう足掻いても酒を売ってもらう事はできないのだ。
更に言えばこれから人と会おうという時に酒を飲んでいくのも十分に失礼に当たると、湯船につかる前から火照っていたナルの脳味噌が常識を取り戻していく。
「しかし、そんな子供や仕事がある人の為の救済措置もある! 風呂上がりのエール、これが最高なのは言うまでもないことだが風呂上がりの牛乳に勝る飲み物は無い! 」
「ナル、矛盾。最高と、勝るものがない。どっちが上」
「どっちもこれ以上なく最高ってことだ、いやぁ楽しみだ」
口笛を吹きながら適当な安宿を探し、そして風呂への期待を膨らませるナルは上機嫌に辺りを散策していった。
その様子をグリムは少し離れたところから眺め、そして短い時間何かを考えてから後をついて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます