第8話

 それからは恐ろしいほど面倒くさい手続きやら事情聴取やらに振り回されることになったナルと少女は衛兵の詰所でもう一晩明かす事になった。

 その間、少女は致し方ないと言わんばかりに、そして三日間の断食分を取り戻すように水と食料をたらふく食べて、そして時折気絶するように眠っては脂汗を浮かべながら飛び起きるという動作を繰り返していた。

 幸いにも、異形の化物がナル達と戦闘を繰り広げ、なおかつ心臓を貫いた瞬間人間に戻ったという目撃証言が多数あったためその方面での取り調べはスムーズに進んでいた。

 問題は、2人の出会いについてだった。

 思い出してほしい、2人のファーストコンタクトがどのような物だったか。

 占いをして、少女が気分を害して、誘拐犯呼ばわりして、そして実際誘拐まがいの状況になってしまい、その日の夜は同室で大乱闘を繰り広げた。

 その説明と、双方のコミュニケーションにどのような問題があったのか、また置き去りにされていたナルの荷物に関する説教等等、余計な時間を割く羽目になってしまい泊まり込みとなってしまった。


「あー、娑婆の空気は美味い……」


「同、意」


 詰所から解放された二人は揃って背筋を伸ばし、簡単なストレッチを済ませながら街の中心部へと向かっていた。

 その手には一度押収され、そして問題なしとして返却された様々な物品の詰め込まれた麻袋が握られている。


「それで、まああの光景見れば俺の話は大体信じてもらえたと思うけど……どうよ」


「どう、とは? 」


「俺は今迄ずっと考えていたのよ。たぶんカードの力を返してくれたらグリムの願いは叶う。ぶっちゃけるとあっさり死ぬと思う」


 少女改めグリム、取り調べの最中でようやく聞き出すことができたその名を口にしたナルは、路上であるにも構わず煙草に火を灯した。


「ならば迷う事は無い、譲「まてまて、それじゃ俺の気が済まないって話だ」理解、不能」


「いいか? お前は死にたがりだ。でも俺は死にたがりが大嫌いだ。そういう奴は絶対に死なせてやらないという信条を持っている。だからここでカードを受け取るという事は信条に反するという事になってしまう。故に、おまえの旅に同行して、本当に死の間際になったらカードを譲渡してもらうという方針をだな」


「……それを私が、許諾する利は? 」


「生きている事のすばらしさを実感できる」


「はんっ」


「てめえ、鼻で笑いやがったな」


「死なない、人間かもわからない貴方、が、死にたがりの私、に、生きる事のすばらしさを、どうんな風

に語るのか。考えるまでもなく茶番」


 グリムの言葉に、ナルは同じように鼻で笑い返した。

 死にたがりの気持ちも生きたがりの気持ちも、今この世界で彼以上に理解できている人物は他にいないと断言できる駄犬子根拠があったからだ。


「俺の身の上話、どの辺までしたっけ」


「英雄狩りで不死になった、まで」


「そっか、じゃあ俺が望んで不老不死になったという段階までか……じゃあ今俺がカードを集めている理由は言ってないな」


「……? スト、レングス……それと……ルナ、だっけ? あんなに便利な力、あるならだれでも欲しい。元が自分のもの、ならなおさら」


「ぶっちゃけるとそんなものいらないんだわ」


 根元まで燃え尽きた煙草を手に、周囲を見渡して人怪我無いことを確認してから口に放り込んだナルはぽつぽつと語りはじめた。


「【世界】のカード、それが俺の探しているカードで俺が不老不死になった原因」


「【世界】……」


「カードの能力は願いの成就、つまり俺には今どうしてもかなえたい願いがあるってわけだ」


「……不老不死の次は、人間を超越したなにかになりたい、とか? 」


「いんや、人間として普通に死にたい。それが俺の願い」


「……どういう」


「おおよそ130年くらいかな、俺が不老不死になってから生きた時間。その間気心知れた友人や、たまには恋人なんかもできた。基本的には傭兵仲間ばかりだったけどな、ある時俺達の小隊が任務に当たった時、全滅したんだ。俺も含めて全員が死んで……正確には俺は復活したけど……その時死ねないことがどんなに怖い事かを理解した。だから、今は普通に人間として死にたいと思っている」


 何も今すぐに死にたいわけじゃないけどな。と付け加えてナルは煙草を咀嚼して飲み込んだ。


「……美味しいの? 」


「クッソ不味い。それで、俺だって人並みに死にたいと思っている事は理解してもらえたと思うが、おまえさんのカードが絶対に必要ってわけじゃない。持ってるカードはわかったしな」


「じゃあどうする、の? 」


「あー、そうだな……俺に雇われないか? 今仕事がなければでいいんだが、俺一人じゃ手に余る場合が多くてな……人手が欲しいんだ」


「……………………じゃあ、ナルが【世界】のカードを取り戻したら、私を殺してくれる? 」


「それは断る、ただ成功報酬という話なら……そうだな、お前が死にたがっている理由とか全部まとめてどうにかしてやるよ。【世界】ならそのくらい雑作もないだろうからな」


 心底いやそうに顔をしかめたグリムだったが、当てもなく彷徨ったり、自殺の為に断食を続けるよりはよほど手っ取り早いと眠気交じりの頭で思い至るまで数分、ナルに先導され適当な旅支度を整えて同行がなし崩し的に決まっている事に気づくまで20分、むくれつつもなんだかんだで悪くないかと思うまで、グリムの百面相をナルは楽しみ続けていた。


「ところでグリムって何歳……? 俺未成年者略取とかで捕まらないよな」


「……17歳、二年前に成人、済み」


「嘘だろ」


「……」


 無言の威圧がナルを襲う。

 真実はともかく、その威圧は疑われたことによる怒りからくるものだという事にすぐさま気が付いたナルだったが、100年以上の年月をかけても彼には得られなかった物もある。

 つまりは。


「……えぇ~、俺の知ってる17歳ってもっとこう……ボンッとは言わないけどふっくらしたものを持っているはずだし背も……」


 デリカシーや女心を理解する技量である。

 その先の言葉は、グリムの威圧でかき消された。

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