第18話

「お待たせいたしました」


 そう言って村長が持ってきたのは先ほどナルが手渡した煙草だ。

 睡眠薬としての効能がある煙草をはじめ、武器や暗器として使える者の大半は村長に預けていた。

 その際に使い方を間違えたら人が死ぬという事も付け加えていたため、むやみに触ろうとする人もいなかった。


「お待ちしてました、いやー本当に待ち焦がれたよ。寝起きの一服はたまらないからな」


「ですな、儂も寝起きと食後は欠かさず楽しんでおります故。お気持ちはよく分かります」


「あぁ、飯の後も美味いよな……っと、商談だったな。その前にグリム、吸うか? 」


「やめとく、少し目が覚めてきた」


「そか、じゃあ俺は一服」


 そう言って適当な一本を取り、咥えてから火を灯した。

 久方ぶりの紫煙がひどく心地よい。

 そう感じたナルは、灰皿の存在を失念していた。

 危うくベッドに灰を落としそうになり、それを手で受け止める。


「っと、すまんね。落としてないから許してくれ」


「えぇ、こちらも灰皿をわすれていたので……良ければそちらの燭台を代わりにお使いください」


「悪いね、それで喉の痛み止めだったな……これがそうなんだが、一本はお試しでいいぞ。それで調子が良ければあと何本か売る形で」


「おぉ、恐れ入りますな。では早速……」


 そう言って村長も薬煙草に火をつけて煙を吸い込む。


「これは何とも……」


「ぶっちゃけ、美味くないだろ」


「ありていに言ってしまえば、そうですな。しかし喉のイガ感がだいぶましになりました……いいですなぁ、これは」


 喉をさすりながら煙を吸い続ける村長を見てナルは助言を口にする。

 その裏には当然、情報収取が含まれている。


「一日三本を目安にすると良いぞ。一時的な応急処置でもあるから本格的に直したいなら街に出て医者に診てもらうといい」


「儂のような体力のない老人では、街まで体がもちませぬでな……」


「馬車でもかい? 」


「えぇ、儂一人を街に連れていくために使うなら畑を耕すのに使いますな」


「なるほどね……」


 馬がいるという確証は取れた、それは一つの指針であり大半の村落というものは馬より牛を好む。

 牛乳が取れて、力が強く畑仕事に向いている。

 いざ死ねば馬よりも味がいいという点も好まれていて、そして何より安いのだ。

 対して馬は軍や貴族、辻馬車運営の会社に商人がこぞって欲しがるため値が張る。

 そして世話に手間がかかり、牛を相手にするよりも気を使わなければいけない。

 利点と言えば足の速さだが、これは緊急時に役に立つという者で平時ではさほど意味のないものだ。

 つまり、緊急時に備えられるだけの猶予があるこの村は住人こそ少ないが比較的発展している方なのだ。


「あとはこっちの煙草がさっき話したザクソン産の煙草、加湿の方法はわかるよな」


「えぇ、儂もヒュミドールを使っておりますからな」


「お、いいねぇ。俺みたいな流浪人は水の無駄遣いができないから木箱でやってるが、失敗すると水浸しになっちまうから腰を落ち着ける機会が有ればやってみたいんだよな」


 ヒュミドールとは乾燥させた木くずや藻を固め、水を吸わせて煙草と一緒に保管することで加湿する道具だ。

 それを利用しているという事はウィードという街からここに運ばれるまでにタバコが乾燥してしまうということであり、あまり商人が来ることはないという事の裏付けでもある。

 もし頻繁に来るのであれば相乗りとそれまでの滞在期間延長も考慮していたナルだったが、考えを切り替えた。


「あとは……これくらいかな、毒性が高くて普通に吸うと昏睡しかねないけれど暖炉に放り込むだけで殺虫剤として使える。ハチの巣の駆除なんかにも使えるぞ」


「ふむ、なるほど。しかしこの村では需要は有りませんな。蜂の被害が出るような事態は有りませんし、家庭内に出る害虫は猫が食べてくれますので」


「お、猫いるのか。可愛いよなぁ、もしよければあとで撫でさせてくれよ」


「気まぐれな奴なので、儂らの前に姿を見せてくれたらという前提と、あとは貴方が彼女に気に入られたらという事で。確約できないとだけお答えしておきます」


「そっか、じゃああまり期待せずにいるか」


 村ぐるみで猫を飼っているというのは珍しい話ではない。

 猫は害虫、例えばゴキブリやムカデと言った虫をはじめとする鼠などの病原菌の媒体となる動物を捕食するからである。

 病原菌云々はさておき、備蓄されている食料を食い荒らす小さな外敵を排除してくれるというのが世間的には人気の秘訣である。

 狩りを中心に職を支えている村では犬を飼う事が多いが、近年では農作物中心の食生活が普及している。

 狩猟民族の多くは羊を連れて住まいを転々とさせている事の方が多いため、結局は猫を飼う村が大多数なのだ。


「しかし……このウィード産の煙草は美味いな」


 特に有益な情報は得られないと話を切り替えたナルは、今しがた村長から分けてもらった煙草の葉を紙に巻いて楽しんでいた。

 辛みがあると聞かされていたが舌が痺れるほどの物ではない。

 清涼感のある味わいと、それでもなお胸の奥に残る香気は決して安いものではない事を伝えていた。


「儂の数少ない楽しみですからな、このザクソン産も随分と手間をかけたご様子。以前他の旅人から分けて貰った物は加湿をしていなかったため味気なかったのですがな」


「あぁ、こいつを美味く吸うコツは何より加湿だからな。吸えればいいって連中はそんな手間を省いているからあまり美味くないんだが、ワインと同じで適切な保存をして寝かせてやると化けるんだ」


「なるほど、手間を惜しんでは味を損なう。農業も同じですからその気概はよくわかります」


 タバコ数本で意気投合した二人はそれからも夕飯ができたと呼ばれるまで煙草談義を繰り広げていた。

 その隣で、煙草の煙に辟易としていたグリムは、やはり機嫌を損ねてしまいナルの夕飯から肉を分けてもらう事で全てを許す事になったのだった。

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