第31話

「乾杯! 」


「乾杯! 」


「乾杯……」


 ナル、グリム、ミーシャの一行は酒場にいた。

 まだ夜も浅い時間帯、酒を嗜むには少し早いがグリム以外の二人は久方ぶりの酒を大いに楽しんでいた。

 風呂上がりに共同経営の酒場で一杯の酒を楽しむ。

 これ以上の娯楽があるだろうかと言い出したナルにミーシャが同意し、前回のようにのぼせないよう気を付けながら改めて風呂を堪能していたグリムを無視して数本の酒瓶を空にしていた。

 そして出てきたグリムの目に飛び込んだのは、完全に出来上がってしまった二人の酔っぱらいだった。


「だあからよう、俺は大隊長に進言したんだぜぇ。酒は人の心を豊かにするって。なのにあの女ときたら馬たちが嫌がるからってよう。俺達は馬以下かよう」


「そりゃぁひでえなぁ、おばちゃん、熱燗」


「あいよ」


 何度目かの乾杯を終えてグダグダと酒を飲む二人を、グリムは気にする様子もなくミルクの瓶を三本空けて新しくもう一本注文する。


「だから俺は言ってやったんだよ。馬も大切だが乗り手の事も考えてくれって。そしたらあの女なんて言ったと思うよ」


「そりゃあひでえなぁ、おばちゃん煮卵」


「あいよ」


 すでに会話がかみ合っていない事に気付いていない二人はグラグラと頭を揺らしている。


「獣騎士隊たるもの自己管理は徹底しろだとよぅ。その自己管理のために酒を飲ませろっつってんだろあの巨乳! いつか揉みしだいてやる! 」


「そりゃあ……いいなぁ」


「わかるか、ナルよ」


「おう、おっぱいは素晴らしいな」


「そうだ! どんなに理不尽な女でむ胸に大きな果実を実らせていて顔立ちが良ければすべて許される! 顔が悪くても胸がでかけりゃいいのよ! 所詮面だのなんだのは胸の添え物だ! 」


「添え物か……おばちゃん、牛筋」


「そうよ、添え物よ! グリムちゃんもあと数年すれば立派なものが実るだろうさ! 」


「……めんどくさい」


 唐突に矛先が向けられたグリムはつまみとして出された濃い味付けの料理をちまちまと食べていた。

 食後であることも考慮して少量だったのが幸い、腹ごなしにはちょうどいい量だと数人前の料理を食べた後とは思えない事を考えながらもう一本ミルクを注文していた。


「とにかく女の魅力は乳で決まる! そうだろ、ナル! 」


「そうだなぁ、山羊の乳酒ひとつ」


「あいよ」


「その点大隊長は完璧なんだよなぁ……。あれで惚れている男がいるって話が無けりゃ……」


 その言葉にナルとグリムが目を見開いた。

 グリムの職に対する関心と、ナルの酔いを醒ます、それほどの情報をミーシャは口走ったのだ。


「その話詳しく聞かせろミーシャ! 」


「あ? 乳の話か? 」


「違う、リオネットが、誰に惚れているか……」


「あー、今の獣騎士隊事務処理判総括、大隊長が新人の頃は前線でバリバリやってた男だって話だが……」


「ほほう……ほほう、グリムさんや。これは明日にでも……」


「ん、ナルっぽく言うなら、酒の肴、ゲット」


「だな、いやぁいい話がきけたよミーシャ。所でその男の名前とかわかる? 」


「あ? えーとなんだったかな……たしか、エコー・バイオレット……? 」


「よし、エコーか……ありがとうよ」


 そう言ってミーシャの肩を叩いたナルはさらに酒を注文する。

 数時間もの間飲み続けた二人は完全に酔いつぶれ、風呂屋がこれまた提携している宿に放り込まれることになり、グリムは一人で荷物を置いていた宿に戻ったのだった。

 薬煙草も予め渡されていたので夜もぐっすりと眠れたため、ナルに対する怒りはさほどの物ではなかった。

 翌日、風呂屋での失態をリオネットから叱られることになったナルとミーシャの顔色はそれぞれ違うものだった。


「エコー……」


 ぼそりと呟いた言葉にリオネットの肩が跳ね上がった。

 そして顔色が赤くなり、そして青くなりを繰り返した。


「貴様! どこでそれを……おぉまぁえぇかぁ! 」


 昨晩得た情報をもとに自分への被害を上手く逸らしたつもりでいたナルは知らない。

 この後貴様の記憶を消してやるとリオネットの拳が脳天を貫くことを。

 リオネットは知らない、この情報はグリムにも流れており、どころか獣騎士隊にいる人間は全員例外なく、それこそエコーという男でさえ知っている周知の事実であるという事を。

 そしてごく一部だが、エコー本人もリオネットに対して悪感情を抱いておらず、むしろ好ましいと公言している事を知っていた。

 あとは裏でいつくっつくのかという賭けが行われている程度である。

 日夜訓練だなんだと慌ただしい獣騎士隊だが、その本質はやはり人間であり、娯楽がなければ関係のないものまで娯楽にしてしまう、そんな集団なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る