第11話

「えーと、お。見っけた、あんたがニルスさんだね。ちょっと相席させてもらうよ」


「……どちら様、と尋ねるべきなんだろうけれど。邪魔するんじゃねえと返させてもらおうか」


 ニルスと呼ばれた男は、なぜ俺を知っているのか、どこかで会ったことがあるだろうか、いや確認をしている辺りそれは無いだろう、ならば何の用か、今は些事より酒を飲みたいと思考を巡らせていた。


「いやいや、邪魔なんかするつもりはないさ。せっかくの息抜きだ、あんたにとっても悪くない話を持ってきた。あるいはあんたに都合の悪い話も持ってきたと言えばいいかな」


 ピクリ、とニルスの肩が揺れ目が泳ぐ。

 後ろめたい事をしている、しかしそれがばれるはずはないとも考えている人間がとる仕草だ。


「例えば、本当なら平等に分配されるはずの金から少しだけ。そう、本当に少しだけちょろまかしてい美味い酒を楽しんでいる……とかどうだい」


「……てめえ、邪魔するなと言ったはずだぞ」


「もう一度言うぞ。悪くない話を持ってきた。あんたがちょろまかした代金、それに加えて次ここに来た時にもう一つ上の酒を飲めるだけの代金を支払ってやると言っているんだ」


 ナルはそういって懐から紙幣を取り出す。

 この辺りで流通している共通の金銭、その中でも額の大きいものだ。


「……目的は」


「レムレス皇国に行きたい、しかし俺達は馬車を持っていなくてな。途中まででいいから相乗りさせてくれよ。あんたの馬車に……いやこの言葉は適切じゃないか、あんたの村に向かう馬車にさ」


 ニルスという男の村はレムレス皇国とは離れた位置にある。

 同時にこの国からもそれなりに放れた場所に有る村で生活していた。

 しかし生活必需品というのは消費が激しいのだ。

 その為買い出しやら貯蔵しきれないと判断された作物などを金銭に変える必要があり、ニルスという男はその金の一部を横領していた。

 ナル達はレムレス皇国へ向かうが移動手段が徒歩の身であり、ニルスの馬車に相乗りすることができれば数日分の足を確保することができる。

 ナルの狙いはそこにあった。

 何も目的地へ直通する必要はない、途中まででも楽ができればそれでいいのだ。

 ここで支払う額も、旅の日程が延びる事に比べたら安い、それだけ水と食料が節約できて、ついでに疲れも少なくて済む。

 レムレス皇国直通の馬車がないわけではないが、安全性を考慮して傭兵などの護衛を用意している為割高で、さらに月々決まった回数の行き来しかしていないのだ。


「悪いが、素性のしれない人間を乗せる事はできない。それに買い出しの荷物もある。お前らを乗せてやるスペースは無い」


「と、言うのが建前だろ」


「………………」


「嘘をつくときのコツは沈黙しない事。答えに詰まるというのは何より雄弁に肯定している事になる。それから視線と声のトーンにも気をつけろよ。表情は別に気にしなくてもいいが、いちいち肩を弾ませたり足を組み替えたりという動作をするのは減点だな。さて……あといくら欲しい? 」


「……くそったれ、おいバーテン! シードル持ってこい! 一番高い奴だ! それで手を打ってやる! 」


「はいよくできました、それじゃあ……支払いは別れ際だ。ここはあんたが支払っておくこと、宿は同じところに泊るから十分楽しんだら一緒に行こうぜ」


「はぁ……くそ、何なんだよお前」


 運ばれてきた林檎酒をコップに注いで飲み干したニルスは、目の前でタバコに火を灯したナルに問いかけずにはいられなかった。

 交渉という点において、村ではニルス以上に長けた者はいなかった。

 この街でもそうだ、大半の商人はニルスの口車に乗せられ、それでも損をしない範疇で値段を吊り上げられ、結果として悪くない買い物だったと思わせられる程度には口達者である。

 それをあっさりと上回ったナルは、ニルスにとって異質そのものだった。


「年の功だよ、まぁ……そうだな。この口八丁で世の中渡り歩いてきた占い師さ」


「じゃあなんだ、俺の事も占いで調べたってか? 」


「いんや、地道にレムレス皇国に向かう道を使う馬車を持っていそうな人間の情報を集めた。そこらの商店で聞き込みをしてちょっと多めにチップを出せば教えてくれるもんだぜ」


「くそっ、何処のどいつだ……」


「それはお互いの為にも言わぬが花だろうよ」


「まったく、それで。俺以外にも条件に合う奴はいただろ。なんで俺なんだ」


 ニルスの言葉は正しかった。

 事実他にも、もっと素行が良く、レムレス皇国方面へ向かう人材はいた。

 しかしその中からナルにとって都合が良かった存在がこのニルスだったという事になる。


「あんたとは道中で別れる事になる。万が一村で自分の事を暴露されたらと考えてとっさに……なんてことをやらかす心配がない相手が欲しくてね。それからできるだけ安酒場で管を巻いているような奴の方が安上がりだってのもある。わざわざ街に出てまで安い酒を舐めているという事は懐事情に限りがあるってこともわかるから、交渉も簡単でおまけに酒代も安く済む。良い酒をたしなんでいるのは大体が悪事もいとわないってやつか、交渉するまでもなく金を持っている人間、あるいは村に帰る気がない奴だから」


「じゃあ俺が村の金を誤魔化しているってのはどこで気付いた」


「あぁ、あれ? あてずっぽう」


「な……」


「あんたの身なりを見てな、服は手縫いだったから裕福ではないだろうなと思った。飲んでいるのも、安いエールだった、俺が頼んだのと同じでな。それから懐の膨らみ具合からして財布を二つに分けているがスリ対策じゃない。見たところ上着の右側だけ重そうだ。つまり使っていいかねと使ってはいけない金を分けている。だからいくらか上前を撥ねてたまには息抜きをしたいと安酒で喉を潤しているんじゃねえかなと思ってな」


「……まいった、俺も大概交渉は得意な方だと思っていたが、世界ってのは広いもんだな」


 両手を挙げて、まいったと降参して見せるニルス。

 全てを見抜かれたような気持ち悪さはナルの解説を聞いたことで霧散し、今度は全てを明らかにされたことによる開放感のようなものを覚えていた。


「それで、あんたから何かアドバイスは無いのかい? 今後同じことする場合に、あんたみたいなのに目を付けられない方法ってのは」


「俺みたいなのに目を付けられたくなけりゃピンハネを辞めるか、あるいはもっといい店で一杯だけ飲んで帰るかってくらいしかないな」


「そりゃ駄目だ、これが俺の楽しみだし、この店はなんだかんだで気に入っているからな」


「なるほど、そりゃ無理か。だとすると……村に若い奴はいるか? できればまじめすぎるくらいの奴がいい」


「……確か隣に住んでいる婆の孫がそんな感じだな。どんな悪天候でも、風邪をひいていても一日たりとも仕事を休まず、しかも計算の勉強までしているらしい」


「そいつは好都合、今度から仕事を覚えさせると言って街に連れてきてやれ。そんでピンハネした金で女でも買ってやれ、おまえは共犯者だ、俺の事を暴露すればお前もお前のばあさんも村から追い出されるぞと脅してやるんだ」


「そりゃあ……なるほど、悪くないな。お前さん、悪党だな」


「どーも、こんな世の中じゃそれは誉め言葉だぜ」


 笑いながらエールの入ったジョッキを掲げたナル。

 それに同じようにシードルの入った瓶を掲げたニルス。

 二人はそれを打ち合わせ、楽しそうに笑い合った。

 ただ一人、ミルクの便を5本空にしたグリムの存在を忘れて。

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