第10話
諸々の喧騒が通り過ぎて、ナルがようやく酒瓶の栓を抜こうかという時の事だった。
「ナル、【世界】のカード、どこにあるの」
「あ? あぁ、知らねえ。カードの持ち主は何人か目星つけてるけど、だれがどのカードを持っているのかは皆目見当もつかねえや」
当人を占うことができれば確実だが、そのためには本人と同席した状態でという制限がある。
そして大半のカード保有候補者は国の重鎮、あるいはその護衛という立場に身を置いている為実現は困難を極めた。
「心当たり、だれ」
「ミハシリ王国の貴族が何人か怪しいとにらんでる。それからレムレス皇国の獣騎士隊とやらがちょっと気になるところだな。あとは……」
そこから数十人の名をあげ、グリムの持っている情報とすり合わせをしたナルはようやく一口酒を飲むことができた。
「それで、適当に回るんだがグリムはどこからがいいと思う」
「……レムレス皇国の獣騎士隊の人、知り合いがいる」
「ほほう、顔見知りから行くか」
「仕事の依頼で模擬戦したことがある、刃引きされた剣だったけど、殺す気で挑んだ」
でも殺せなかった、と続けるグリムにナルは恐怖を抱く。
自分が死ぬためならば相手を追い詰めて本気を出させて殺させる、模擬戦とはいえ手加減を間違えれば死ぬこともあるが、自分が殺されることを前提において本気で挑むというのは暴挙というほかない。
それをさも当然のように実行し、そして当たり前と言わんばかりに語って見せるグリムの異常性を改めて見せつけられた。
「死神が仕損じるほどの腕前ね……たしかに並大抵じゃないが……まぁダメもとだ。レムレスに行くか」
こうして二人の次の目的地は決まった。
現在地から南東方向へ120㎞、歩いて10日ほどの距離に位置するレムレス皇国国境線の街、そこからさまざまな獣に荷車を引かせ、敵軍に突撃するという獣騎士隊との邂逅を祈って、ナルは酒を注いだカップを一気に煽った。
「……それ、おいしいの? 」
「あんまり、安酒だから雑な作りかたされてる……飲みたいなら……いや、なんか嫌な予感するからやめておこう」
事前にグリムの飲酒後どうなるかを察したなるが即座に否定を入れた。
過去、彼女ほどではないにせよ歳にそぐわない外見の人物は何人か同席して酒を飲み交わしたことがあったが例外なく乱痴気騒ぎとなった経験からくる予測だった。
ましてや相手は【死神】のカード保有者、ただ乱れるだけでは済まないのは火を見るよりも明らかであり、もし暴れだしたりすれば【力】のカードを使っても抑えきれるか分からない。
故に、間違っても飲まないようにカップにそそぐのを辞めて瓶ごと一気に飲み干してしまった。
「……どうせ飲むなら、美味しいのがいい」
「そのうち……あぁ、そのうちな。できれば武器を一切持っていない状態で」
今手元には昼間に購入したロングソードがおいてある。
もしこれを不用意に振り回せば死人がでるであろう。
いや、人的被害という点ではこの宿にいる人間が死滅しかねない。
【死神】のカードはそれほど、戦闘に特化したカードであった。
「というか傭兵やっていたなら飲んだことあるんじゃねえの? 」
「ない、外見で荷運びの子供と思われて、飲ませてもらえなかった」
「そりゃ……致し方ない事だし英断だったな」
「不服」
口をとがらせて抗議するグリムだったが、その仕草さえも歳不相応のかわいらしさを秘めていた。
さて旅において重要な事は何かと問われれば十人十色の回答を得る事ができるだろう。
例えばナルにその質問をぶつければ、美味い食事と煙草と答える。
グリムに聞けばそんなものは無いと答える。
ならば、旅の為に必要な事と言えば。
こちらも恐らくは多種多様な回答を得る事ができるだろうが、しかしその本質は一点に集中する事になる。
つまりは、準備が一番と。
この日一晩を宿で過ごしたナルとグリムは鍛冶屋で研ぎなおしを頼んでいた武器を受け取り、そしてそのままの足で旅に出ようとするグリムを説得するのに相応の時間を費やすこととなった。
旅に準備が必要なのは最低限の話ですらなく、前提条件である。
それだけの事を教えるのに太陽が頂点を過ぎるまで語らなければならなかったことにナルは頭を抱え、もう一晩泊まらなければいけないと考えていた。
まず旅をするにしても懐事情という物を加味しなければいけない。
いかに出費を抑え、重要な物に回すのかというのが重要である。
その点においてナルとグリムの二人は比較的安定している。
武器を持たず徒手空拳、あるいは敵から奪った武器で十分な自衛ができる、そもそも死ぬことのないナルと、武器以外には頓着しないグリム。
一歩間違えれば装備と食料の両方に大金をかける事になるが、この二人は互いに妥協点を探っていたためバランスが取れていた。
さらに言ってしまえば、グリムは数日飲まず食わずでもそのポテンシャルを落とすことなく行動が可能であり、ナルも飢えるだけで切り詰める事は難しくない。
だからと言って無駄遣いをする事はない。
故に、今ナルたちが街中を歩き回っているのは時間を浪費しているわけではなかった。
先日練り歩いて得た情報をもとに、これから向かうレムレス皇国方面へと向かう者を探していたのだ。
大手の商人は専属の護衛をつけている為同行は難しい。
無許可で同行することも不可能ではないが、いらぬ警戒をさせてよけいな悶着を引き起こしかねないため却下。
貴族は同情の理由で却下、さらに言えばこちらは確実に問題となるため論外。
仕事でその方面へ向かう傭兵と同行するのは、相手の素性が知れないことに加えて最悪刃傷沙汰を起こす事になるので却下。
故に狙うは小規模な旅商人、あるいは個人で物品を卸している者が望ましい。
「ということだ、わかったか? グリム君」
「目的地に、たどり着ければ全部、おんなじ」
「そこは節約だろ、安く済ませればうまい酒と美味い飯が待っているんだ」
「……飲み込めば、何でも同じ」
「なんというか、よくそれで今まで生きてこれたな……娯楽一切なしの旅って何が楽しいんだ? 」
「楽しくなんか、無い。死ぬための、旅、だから」
地雷を踏み抜いた、とナルが気づいたのは既にグリムが顔色を変えていた頃だった。
いささか気まずい空気がその場を支配する。
「あー、いや、なんだ? これから楽しい事を見つけよう。えーと……」
「気に、しなくていい」
「俺が気にするの! 今も良心がザクザク傷つけられて……」
再び、地雷を踏み抜く。
グリム相手に傷つけられたという言葉は、あまりに容赦がない。
過去彼女が数多の戦場でどれだけの人間を傷つけ、どれだけの人間を殺し、どれだけの人間の人生を変えてきたかを考えればその言葉はあまりにも残酷である。
先日の【悪魔】のカード保有者も衛兵の手によって身元が照合され、その実態はグリムが傭兵として赴いた戦場で敵対していた国の戦士であったという事が判明していた。
珍しくグリムも戦場での出来事の片鱗を記憶していたが、言われて思い出したという様子のグリムがどれほど血にまみれた生活を送っていたか、ナルはまさしく身をもって知っていた。
だから、迂闊だったと頭を抱える。
今日はどうにも口が軽いと煙草に火をつけて心を落ち着かせようとした。
その時である。
「ナルは、何が楽しくて旅をしているの……? 」
「俺のは旅と言っていいのか何なのか……どっちかというと放浪だからなぁ。その時の気分次第で行動しているって感じだ」
「気分……? 」
「あぁ、そりゃカードは探しているが別に急ぎの旅じゃない。むしろ旅で美味いもの食って、そのついでにカードや保有者が見つかれば万々歳って旅だから。あとは一か所に長く身を置くことができないってのもある」
「……ごめんなさい」
「へ? 」
「ナル、死ねない。その苦しさ、私は知っている。なのに無神経、だった」
ナルが身を落ち着けられる場所などない、という事を暗に言葉にしていたのをグリムは敏感に感じ取り、そして先程のナル同様地雷を踏み抜いたと錯覚した。
当の本人と言えば今更気にするまでもない事であり、むしろ一方的に謝られて居心地が悪い思いをしていた所だというのに、その表情の変化を深読みされてさらに落ち込むという悪循環に至っているグリムをどう元気づければいいのかわからなかった。
「あー、グリム。こっちこそ無神経なこと言ってごめん。それと俺は気にしてないから落ち込まないでいいぞ」
「……うん」
そうは言ったものの、という様子のグリム。
人を傷つける事に慣れすぎてしまった彼女は、人を傷つけるという事の罪深さを人一倍敏感に感じ取る。
たとえそれが的外れな物だったとしても、である。
「……難儀だなぁ」
「何、が? 」
「グリムが」
「わたし……? 」
「だってそうだろ、俺は別に気にしていないのに勝手に落ち込んでるんだから」
「…………でも」
「でももだってもない、そりゃ今までさんざん恨まれてきたんだろうけれど俺はこの程度じゃ恨まねえよ。怒る事もねえ。仮に怒ったとしても美味い飯と酒、そんで煙草が吸えればころりと機嫌を直すぞ」
「……変なの」
「俺から言わせればお前も変だぞ。察するにグリムは普通過ぎる女の子なんだろうよ」
「……普通、どこが? 人殺しが得意、それは異端」
三度の地雷、グリムとの会話はどこに地雷があるのかわからないため、ナルは率直に言って面倒くさくなってきた。
「なぁ、謝った矢先で悪いけどもう言葉を選ばなくていいか? たぶんものすごく怒ること言うし、傷つける事も言うけど」
「……かまわない」
「じゃあ言うぞ、グリムが悪夢で責められてるのはグリムの良心が原因で殺した相手は関係ないだろ。最初に殺したっていう男……なんだっけか、まだ本物の子供だったグリムに乱暴した屑野郎は死んで当然だったし、戦場で殺した戦士たちはみんな自分の死を覚悟していただろ。殺すんだから殺される覚悟はあって当然、無ければ大馬鹿野郎だっただけ。あの【悪魔】のカードの保有者は逆恨みだ」
【悪魔】のカード保有者は戦場でグリムと相対した過去を持つ男、しかし先日二人を襲撃したというのは戦場で生き延びた事を意味している。
むしろ、グリムでさえ仕損じたという事実。
殺しきれず、捕虜として身柄を確保して、後にグリム陣営の専門家によって拷問が行われたのだ。
その際に強い恨みを抱き、そしてその矛先はやがてグリムへと回帰した。
始めは自分を捕まえた事に対する恨み、続けて自分を殺してくれなかったことに対する恨みだ。
それは、結局のところ逆恨みでしかない。
「だからグリムが死にたいと願う程苦しんでいるのは、結局背負った重荷が原因で……あれ、ってことはカードばらまいた俺が原因で……? いやいや、だけどカードがなければグリムの貞操が……」
「…………クスッ」
「えーと、なんだ、つまり全面的に俺のせい……かな? 本当にすみませんでした! 」
街中で一人考え事を始めて謝罪に至ったナルは、グリムが小さな笑みを浮かべている事に気づかなかった。
それは年相応の、柔らかい笑みだった。
「ナル、いい人。だから、許す」
「ヴぁ~、よかったぁ……っと、ここだな。和解して早速だが交渉の時間だ……グリムは、聞くまでもなく慣れてないよな」
「ん、不得手」
「じゃあ俺がやるが……そうだな、しばらくお兄ちゃんと呼んでくれたまえ」
「……ナル、変態さん? 」
「違う、旅の理由としてレムレス皇国にいる親せきを尋ねる兄妹って設定を使うんだ。こういう駆け引きは旅と同じで始まる前の準備で変わってくるもんなんだよ」
「ん、わかった。お兄ちゃん」
「あ、なんか変態と言われようともこれは悪くないかもしれん……」
新たな性癖の扉に手をかけたナルは、グリムから発せられる絶対零度の視線を浴びながら一軒の酒場の扉を開いた。
「レムレス皇国に向かいたいんだけどそっちに行くって人、ここにいるって聞いたけど誰かな」
開口一番用件を述べてずかずかと中へ入っていく。
そして懐から小銭を出して店主にミルクとエールを注文して、グリムをカウンター席に座らせてミルクを与えた。
ここからは、大人の交渉の時間だ。
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