造反 (2)

 「僕は専門のサスほど詳しくないけど」と、イーシャルは話を始めた。


「孤塔の分布を調べると、ジェ・ラームの孤塔のある西側に多く、王都のある東側には少ない。中央のレサル地方に大きいのが一つあって、北のほうにも小さいのが点々とある。サスは北の離島にある小さな孤塔に出かけたそうで、そこである仮説を立てたんだ。孤塔は古代の誰かが作ったものではなくて、勝手に生えたんじゃないかって」


「勝手に生えた? 孤塔が?」


 孤塔がどうやってできたか――それには、いくつか説がある。「天に住まう神の鳥ガラが、子孫のエクル王に祝福を授けに舞い降りる際の宿り木として神が作ったもの」だという教会の教えや、ジェラ族をはじめ、大きな孤塔のそばで暮らした民族の神話や民話など、神や巨人等、伝説上の存在が関わる説が一般的だ。孤塔が磁嵐を起こした直後には周囲の河川や泉の水位が増減するので、水神の登場も多かった。


 しかし、考古学の研究が盛んになった今では、千年以上前に栄えた古の民族が建造したと言われるようになった。


「もちろん、『古の民が建てた』とする説が一番有力だよ。神様が作ったと信じるには僕達の文明は進歩しすぎてしまったから。今回の調査隊も半分が考古学者だしね。先生方は〈赤戦争〉前の文献や資料に残る記述と一致する箇所を探しにきてるが、森に出てしまってからは目立った成果がなさそうだ。いくら奇跡のような石の積み方をしようが、空間を無視する建造物を造る人間がいたと考えるには、いろいろと不都合が多いから」


 「幻覚剤の専門家を連れてくるべきだったって、今はみんなで言ってるよ」と、イーシャルは肩をすくめてみせた。


「だから、今後はサスの説も有力になると思う。孤塔は建築物ではなく植物――もしくは、植物的な未知の生体で、内部に迷い込んだ人間に作用する幻覚剤が分泌される……と考えたほうが辻褄が合うと、僕は考えを改めた」


 イーシャルは手の中の黒い機械を見せた。


「今回同行しているギズ塔師とマオルーン塔師は、孤塔を壊した初めての塔師だろう?」


 カシホは、うなずいた。ギズとマオルーンが名を馳せたのは、百四十三次調査と百四十六次調査の成果からだ。


「破壊されたのは、レサルの孤塔の南にあるレイサル孤塔です。最大磁力六度の比較的小さな孤塔ですが、障壁となる磁壁を超えた先に中枢とみられる物体を発見して、崩しました。引き金になったのは黒い石だったと聞いています」


「そう、黒い石」


 慎重に言って、イーシャルが自分の手に視線を落とす。手の中にあるのは、卵のような形をした黒い機械――カシホは息を飲んだ。


「でも、その石は孤塔の外に持ち出せなかったと……」


「ああ。サスはこう言ってた。この機械はサスが自作したものだが、資料となったのは、孤塔の奥には黒い石があったということと、それを動かしたら孤塔が崩れたという報告と、回ってきた調査報告書に載っていた手描きの図だったって」


 「落書き程度のね」と、イーシャルはわざわざ付け加えた。


「でも、彼は仕組みを想像してこれを作った――と、僕も聞いたのは昨日だけどね。だから、これを持っていってほしいんだ。きみらは上を目指すんだろう? この孤塔を崩すのが任務なら、その黒い石も目にするはずだ。その石とサスが作ったこれがどう違うかを見てきてやってほしい――彼と、今後の研究のために」

 

 イーシャルの目が壁際で寝転ぶサスに逸れる。いたわしいものを見るようだった。


「塔師の義務でもあるはずだ。未解明のことが多すぎるのに破壊するなど、ありえない。反対意見も多いはずだ。未来に遺すべき人類の遺産でもあるんだ。なのに塔師局の一存で破壊するなど――」


 イーシャルの声に力がこもっていく。カシホは唇を噛んで黙ってから、言った。


「イーシャルさん、孤塔の破壊は塔師局が決めたわけではありません。女王陛下の命令です。それに、その機械を運ぶという話ですが、わたしには引き受けられません」


「なぜだ。持っていって確かめるだけだ」


「わたしも一緒に孤塔を下りるからです。計画書にも、ほら」


 あえて冷静に言って、床の上に置いていた紙束を手にとって見せる。イーシャルはため息をついた。


「――忘れていた」


「わたしがこのまま孤塔を登ることになっていたとしても、許可が要ります。わたしは塔師見習いで、指導教官の許可は必須ですか――」


「私物の携帯くらい自由だろう」


 イーシャルが鼻息荒く言う。カシホは苦笑して、寝袋の中から出ることにした。


「いいえ、許可が要ります。二人に相談しましょう。そうしないと何も始まらないと判断しました」





 イーシャルと二人で真円形の穴をくぐって森へ向かう間、イーシャルはぶつぶつと言った。


「どうも、あのギズって塔師が苦手なんだよなぁ。マオルーンって人も、物腰は穏やかだけど目の奥が笑ってないっていうかな」


「お気持ちはわかります」


 カシホは苦笑した。だからといって、話しやすい新米を捕まえて無理強いをしないでほしいものだ、とは思ったが。


 柔らかな土を踏んで森へ近づくたびに、スープの香りがふわんと漂う。森の手前にある開けた場所で、マオルーンが昨晩と同じ格好で朝食を作っていた。奥には、調査にいそしむ学者達を見張るギズの姿もある。


 イーシャルが気まずそうに足を止めた。


「話しに行く前に一度情報を整理していいかい」


 「あのギズって奴がうるさいだろうから」と、イーシャルは衣嚢ポケットから黒い機械を取り出した。「電池で動くって言ってたからどこかに電源が……」とうつむいて指でいじっている。


「電源を入れるとどうなるんですか」


「二割弾と針弾を合わせた反応を起こすって言ってたよ」


「二割弾と針弾?」


「ああ。人工的に小さな磁嵐を起こしてそれを固定するって。きみらのほうが詳しいだろう?」


「磁嵐? あなたの手元で磁嵐を起こす?」


「僕も驚いた。でも、対磁弾程度の小さなやつだそうだよ」


 「きみらの対磁弾は被害を起こさないようにできているんだろう?」とイーシャルは笑った。


「実験室じゃ何も起きなかったそうだよ。孤塔の中なら何か起きるのかって持ってきたが、結局何も起こらなかったって言ってた。森にも持って行きたいって話してたけど――あった、これかな」


 イーシャルの指が何かを見つけて動いた、次の瞬間。突風に煽られたように身体が跳ねる。


「――あ!」


 イーシャルの手から放り投げられた黒い機械が、宙で放物線を描いている。遠ざかっていく機械を夢中で追いながら、カシホの目には、その機械がバチバチと音を立てる閃光と風をまとって見えた――磁嵐だ。


 対磁弾程度の作業用の規模じゃない。しかも――。


 咄嗟に、イーシャルの前に身体を滑り込ませた。壁になった。


「イーシャルさん逃げて! 六階まで戻って!」


 叫んで、手を伸ばす。黒い機械を受け止めなければ。掴んで、すぐに電源を落とさなければ。


 しかし、間に合わない。落ち葉の欠片で覆われた森の地面にぽとんと音を立てて転がる――はずだった。しかし、地面に接するや否や、地下から黄色い砂が舞い上がる。黒い機械に誘われたように砂嵐が起きて、宙に浮いた機械を砂の渦で囲み、意志を持ったようになにかの形をつくっていく。その形はまるで――。


 何? いったい何が起きた? 


 青ざめた。けれど、怒鳴り声で我に返る。


「磁嵐発生、全員六階まで避難しろ、急げ!」


 ギズとマオルーンが長銃を手にして駆けこんでくる。大声と仕草で学者たちを追い立てて、カシホの正面でもうもうと渦を巻く磁嵐に見入った。渦の内側では、舞い上がった砂の塊がみるみるうちに膨らみ、巨大になっていく。


「なんだこれは――」


 嵐はおさまらない。無尽蔵の石材が地下から湧き上がるように、砂が嵐に乗って吹き上がり、黒い機械の周りに砂の層をつくっていく。はじめは子供が作る不格好な砂山程度だった。それなのに、一層、また一層と外壁が仕上がり、表面が平らになっていく。ぐんぐん伸びて高さも倍になった。


 砂山の形には見覚えがあった。円柱状で、下から上まで全く同じ幅で、天と地をつなぐ棒のようにまっすぐ細く伸びる不自然な形。それは、まるで――。


「孤塔だ――孤塔が……生まれてる――」


 カシホは、息を呑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る