孤塔は人を食らう化け物の腹の中
円堂 豆子
序章 レサルの磁嵐 (1)
電波放送は、その事故が起きる瞬間を王都へ伝えた。
『全装置が停止、操縦不能、飛行管制局へ繰り返す、全装置が停止、操縦不能。だめだ、引き寄せられる……なんてこった、あいつの磁気流に巻き込まれた――! 繰り返す、操縦不能』
「操縦士へ告ぐ、指示書にのっとって対処しろ。電源を切りすべての装置を停止させ、人工磁界発生装置を再設定しろ。飛行管制局とはいったん不通になるが、装置はすべて防御壁に覆われているし、三十秒間は飛行を維持できる。心配ない。装置の再起動は二十秒でおこなわれ……」
『だめだ、管制局、操縦不能。すべての装置が動かず、再起動もできない。舵も効かない。――なんなんだ、今だかつて、この地域でこんなに大きな磁嵐が起きたことがあったか!』
「落ち着け、レイル! ただちに行動番号99に移れ。手動で空気弁をひらき、
『だめだ、操縦不能! 手動装置も作動できない。ジェ・ラームに援護隊の急行を至急……救護団を――』
「落ち着けレイル、諦めるな!」
エクル王国の王都ハーツから離陸して、隣国デザント連邦へ向かった航空機、便名〈大翼02〉は、両国の間に広がるジェ・ラーム砂海で突然の事故に見舞われた。
ジェ・ラーム砂海は近隣諸国髄一の面積を誇る砂漠で、玄関口の街クロク・トウンから隣国との境まで、五百キロルに渡って続いている。王都から続く線路はクロク・トウンが終点だったので、そこから先へ向かうには遊牧民の力を借りて歩くか、飛行機に乗るしかなかった。
茫漠としたその砂漠は、陸でいくにも、空から越えるにも厄介な場所だった。ジェ・ラーム砂海には孤塔と呼ばれるものが建っていて、操縦士など、航空局の関係者の間では最大の難所と恐れられていたからだ。
ザザザ……ザザ! 管制局の空制室。
「通信が途絶えた。〈大翼02〉の
管制室の室長を務める男は、名をセレイドといった。セレイドは、騒然となる部屋を見まわして声を大きくした。
「煙弾信号をつなげて救護団に至急連絡をとれ! 待機中の隊に出動命令を出すんだ」
一人でも助けなければ――と、セレイドは、最悪の事態を想定して次の行動へ移ることにしたが、握り締めた拳が机を殴るのは、抑えられなかった。
「クソッ、磁嵐はあの孤塔のせいだ。塔師局め、なぜさっさとあの化け物を破壊しない!」
前方の壁には
「地下基地から特用機が離陸、ジェ・ラーム砂海上空に到達」
「十六、十七、十八……あぁ――」
秒読みを続けていた局員の声が小さくなる。その時、映写幕には下方へ落ち行く〈大翼02〉の姿が映し出された。そして、地鳴りのような轟音が鳴り、映写幕に巨大な砂煙が立つ。
制服に身を包む男たちは力なく膝を床に付き、作業机の間で頭を抱えた。
「午前十一時六分、〈大翼02〉は、墜落――」
記録担当の局員の声が、むなしく響く。
映写幕に映る砂煙は、もうもうと青空へ向かって膨らんでいた。砂煙の奥に火の色の煙が立ち、破裂音が響く。真っ赤な炎と砂煙の中心にいたのは、〈大翼02〉の機体。機体を覆う白い塗装は、しだいに煤で黒くなっていく。
「乗員は何名だ」
「はい、セレイド室長。乗客名簿によると、乗組員を合わせて合計二百三十二名です」
「子供の数は――」
「五十三名です。長期休暇中でしたから――」
「今の磁嵐は大きかった。ジェ・ラームの送電局は予備機を除いて全滅だろう。事故を起こしたのも〈大翼02〉だけではないはずだ。自動車、列車――列車か……列車はどうなった」
「わかりませんが、『レサルの磁嵐』以来、孤塔のある地域では送電線を使う列車が使用されていませんから――」
「そうか。燃料が太陽石なら、操縦不能になることはないか」
セレイドはほっと肩で息をして「しかし――」と続けた。
「列車ではジェ・ラーム砂海を渡れないし、いつ起きるかわからない磁嵐に脅えながらでは、エクルの開発も進まない。塔師局は、なぜあの化け物を放っておくんだ。貴重な古代遺跡だろうが、突然磁嵐を起こしては大勢の命を奪い、我々の文明を古代の水準に引き戻そうとする、呪いの遺物でしかないのに」
セレイドは身をひるがえして管制室を出ると、自室へ向かった。そこに閉じこもって一人になった後、静けさの中で、王直属の組織、塔師局で要役に就く友人へ電話をかけて、訴えた。
「ウースー、俺だ。セレイドだ。――速報を見たか? 二百三十二人が死んだ。あの孤塔を破壊してくれ。この電話を切ったら俺から政府と女王陛下に上申するが、おまえが拒むようなら、上申書におまえの降格願いも束ねて出してやるからな」
ジェ・ラーム地方で起きた航空機墜落事故は、塔師局の局内放送でも放映された。
一階、玄関をくぐった先にある三階までの吹き抜け広間の壁には映写幕が据えられていたが、急に画面が切り替わり、墜落事故の第一報が伝えられると、吹き抜け広間にいた人は時の流れが止まったように足を止める。
そこに居合わせた少女が、がたがたと肩を震わせた。
瞳の色は、レサル地方の出の者によく見かける蜂蜜色で、それは涙で潤み、白い頬にぽろぽろと大粒の涙がこぼれていく。
「どうしたの、平気? カシホちゃん」
塔師局でカシホの案内役を務める女性局員から気遣われると、カシホは、指で涙をぬぐいつつ声を震わせた。
「なんでもありません。ただ、嫌なことを思い出してしまって……」
カシホが指でぬぐうたびに目元の涙は乾いていくが、肩の震えはおさまらず、かえって全身が震えていく。
「気分が悪いの? 医務室へ行きましょうか」
「いいえ、平気です。ただ、泣くのが止められないんです。悲しくて、怖くて、つらくて――。すみません、コーラルさん。少し休憩させてください。泣きたくてたまらないんです」
言葉の通りに、カシホはコーラルのそばで泣きじゃくった。
コーラルはカシホの背中を押して、吹き抜け広間から離れようとした。
「やっぱり医務室にいきましょう。きっとそこのほうが思い切り泣けるわ。ね?」
「いいえ――もう大丈夫です。落ち着きました。すみません、コーラルさん」
「無理に落ち着かなくたっていいじゃない。泣きたいんでしょう?」
コーラルは、塔師局の局員の中ではかなり若いほうで、二十歳そこそこ。若くても堂々とした振る舞いをする快活な女性だった。
「ほら、いきましょう」
カシホが「やっぱりいいです」と言い出さないように、コーラルはカシホの背中をぐいぐいと腕で押した。
強引に見えるコーラルの気遣いは、自分から「休みたい」とは言い出せない立場のカシホには助かった。
「ありがとうございます、コーラルさん。でも、大丈夫です。入局したての研修員がこんなことで休むなんて――」
「いいのよ。カシホちゃんは大切な塔師の卵だもの。みんなで大切にしなくちゃ」
「塔師の卵……大切に――そうですか?」
「ええ、そうよ。それに、私はカシホちゃんが羨ましいの」
「羨ましい? コーラルさんがわたしを、ですか」
カシホは驚いて、コーラルの顔を見上げた。
コーラルは目を丸くして、微笑んだ。
「そんなにおかしい? 塔師は、生まれつき特別な才能が備わっていなければなれないでしょう? 私も塔師になりたかったけれど、門前払いだったのよ。憲兵学校にも入れなかったわ」
「塔師に――」
塔師は「神に選ばれた人」と揶揄されることもあるほどで、仕事をまっとうするには「神に授けられた才能」が要るといわれる。
でも、特別な人だからといって、カシホに塔師に憧れた覚えはなかったのだ。
「コーラルさんは、どうして塔師になりたかったんですか」
塔師になると決意してから二年間、カシホは脇目もふらずに勉強に明け暮れた。それは、魂の奥底から突き上げてくるような強烈な望みがあったからだ。
やれ、やるんだ、やらなきゃ。
わたしが塔師になるのを諦めたら、あの子が本当に死んじゃう。
あの子を生かさなくちゃ。やらなきゃ――。
遠い日の記憶や身体の中枢からこみ上げる苦しい思いにとらわれたように、無我夢中で机に向かってきたのだ。
コーラルが、カシホを見下ろしていた。苦笑している。
「私が塔師になりたかった理由? かっこいいから、かな。エクルの子なら、誰だって一度は塔師に憧れるわ。私もその一人だったけれど、塔師になるには、身体が塔師向きじゃなければいけないでしょう? なるのは諦めたけれど、少しでも塔師に近いところにいたくて、塔師局に入ったの。塔師になった人がちゃんと無事に帰って来られるように、調査隊の状況が一番詳しくわかる場所――この塔師局で、待っていたいからね」
つぶやいたコーラルは、遠くを見るようにぼんやりとした。
その一か月後のこと。
王宮に呼び出された塔師局局長ウースーは、そこで、王の相談役や政府の役人をはじめ、各機関の局長との会談の場をもつことになった。その場で、塔師局の管理の甘さ、技術力不足を訴追された後、ウースーは、ジェ・ラームの孤塔の破壊を請け負った。
塔師局が開局してから、六十五年後のことだった。
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