時計の街 (1)
王都ハーツから西域へ向かう長距離列車は、市街地の端にある西南駅から発着している。終点は、クロク・トウン駅。国境まで続くジェ・ラーム砂海の玄関口となる、
西南駅を出発した列車の中で、マオルーンは、空いた座席の上にアムジェカ(※携帯用玩具)の盤を置き、硬貨に似た円い駒を上へと積み上げた。
「塔は塔でも、塔師が関わる孤塔は別物だ。形が、よくある塔と同じだから孤塔と一緒くたに呼ばれるが、時計塔や電波塔とは違って、化け物扱いをされている。では、なぜ孤塔が化け物扱いされているのか――それを、今のうちにおさらいしておこう」
円形の駒を積み上げ続けると、やがて重なって柱状になる。カシホはマオルーンの手つきをじっと見ていたが、一度、目が合う。「ちゃんと見ているな?」と確かめるようだった。
マオルーンの一挙手一投足を追うのは、当たり前のことだ。その人がすることは、すべて見習いのカシホを一人前に育てようとしてのこと。その男は指導教官なのだから。真顔でうなずくと、マオルーンはふっと軽く笑う。「そうかたくなるな」と労わるようだった。
「まず一つは、建築方法が不明なことだ。普通、建物は柱がないと簡単に崩れる。背の高い建物であればなおさらで、上空の強風に吹かれたり衝撃を受けたりするだけで、一か所にひびが入れば、そこから崩落の連鎖が始まる。――こんなふうにな」
マオルーンの指先が、柱状に重ねた駒の中腹部分をそっと押す。すると、アムジェカの駒はあっけなく崩れて、盤の上に散らばった。硬い音をたてて散らばる駒の行方をじっと目で追うカシホの視線にうなずくようにして、マオルーンの指はもう一度駒をつまみあげ、柱状に重ねていった。
「長い棒を砂地に立てるところを想像してもいい。普通、棒を立てろと言われたら、地面に突き刺すだろう? しかし孤塔に柱はなく、つまり、長い棒が地面に突き刺さることなく地上に立っているような状態だ。塔をつくる煉瓦の組まれ方が奇跡的に精巧であるせいで倒れない、ともいわれるが、事実上不明だ。記録によれば、どの孤塔も二百年は倒れていない。まあ、知っての通り、《赤戦争》が始まる前の不確かで曖昧な記録だがな。とにかく、どうやって建てられたのかがわからない。もちろん目的も、いつ誰が建てたのかも、煉瓦の作り方もだ」
思わず、「えっ」と口を挟んだ。カシホが知っていた話と違ったからだ。
「でも、煉瓦の作り方は、たしか――」
「ああ。黄砂の上に建つ孤塔の煉瓦は黄砂、赤土の地面に建つ孤塔は赤土と、煉瓦の色は建っている地域の土の成分と同じだから、煉瓦は孤塔の周辺で作られたと考えられてきたんだが、実際に作ってみたら同じにはならないらしい。――知らなくても構わない。検証実験がおこなわれたのは先月だ」
「――あの、マオルーン教官。質問をしてもよいでしょうか」
「ああ、どうぞ」と承諾の返事がくるのを待って、カシホは尋ねた。
「実は、局内研修が始まってから、かえってわからなくなったことがあるんです。塔師の仕事は孤塔の研究なのでしょうか。それとも、孤塔の破壊なのでしょうか」
「表向きには両方だ。だが、塔師の中には研究が得意な奴と破壊が得意な奴が両方いて、俺の担当は破壊のほうだと思ってるよ。それに、こいつはそっちの分野の一番手だ」
マオルーンが目を向けた先――向かい合った座席には、脚を組んで窓の外を眺めるギズがいる。視線に気づくと、「おれを巻き込むな」と言いたげに眉をひそめた。
マオルーンは苦笑して、ギズの不機嫌顔から目を逸らした。
「孤塔が起こす磁嵐は突発的で、しかも、一旦発生すれば周囲の電気回路が一瞬で破壊される。影響の大きい場所では磁嵐避けの覆いを備えているのが普通だが、結局のところ、磁嵐が起きる度になんらかの事故が起きている。とはいえ、貴重な古代遺跡だ。これまで破壊命令は出ず、見守られてきたわけだが、先月の航空機墜落事故を経て、研究より破壊が優先されることになった。そのうえ、孤塔の調査に指名されたのは俺とギズだ。俺たちに任されたってことは、孤塔を壊す方法を探せっていうことだと認識しているよ。俺たちが局の破壊担当なのは、みんな知ってることだしな」
マオルーンは一度黙ってから尋ねた。
「カシホ、おまえはどうなんだ。孤塔を破壊したいのか、研究したいのか」
カシホは、はにかみの笑みを浮かべた。
「まだわかりません。孤塔を研究して制御下に置けるならそうしたいと思いますし、そうできなければ、壊すべきだと思っています」
「ふうん、理由は」
「現状では、孤塔があることによって得られる利点は少なく、むしろ、事故を引き起こすもとになっています。通信機器や航空機や列車の制御不能を引き起こして、多くの人命が奪われ、人は列車や航空機の利用を控えるようになり、経済活動にも影響を及ぼしています。エクルの発展は、これらの問題を解決しない限りありえないと、わたしは思います」
「教本通りの優等な答えだな」
マオルーンがからかってくる。カシホは苦笑した。
ふいに、車内アナウンスが入った。
『列車はまもなく砂漠地帯に入ります。砂による悪影響を防ぐため、これより窓の開け閉めはご遠慮ください。窓を開けておられるお客様は、窓をお閉めください』
「窓を閉めろだと、ギズ」
「あいあい」
腰をあげて、ギズが窓の両端に手をかける。三人が座る席の壁面には大きな窓がついていて、窓の隙間から生温かい外の風が吹き込んでいたが、ギッギッと金属音が鳴って窓が閉まり、吹き込んでいた風が消えると、カシホはほっと肩の力を抜いた。ようやく緊張が解けた気分で、座面に背中を預けた。
「どうした。寒かったか」
「いえ、マオルーン教官――実は、列車が、少し苦手なんです」
「列車が?」
「はい。前に、友人を列車事故で亡くしたので。窓を閉めていると作動音が小さく聞こえるせいか、気にならないんですが」
「列車事故? 『レサルの磁嵐』か」
「はい」
カシホは笑った。昔は、その言葉を聞くだけで身体がすくんだ。でも、もう平気だ。笑いながら事故のことを話すことも、今ではできるようになった。
「孤塔の磁嵐の影響で列車ごと谷底に落ちた、あの事故です。列車事故を含めて多くの事故が起きましたが、あの日に亡くなった八百三十八人の中に、友人がいたんです。友人の家族に頼まれて、遺体の確認をするために落下事故の現場にも行きました。それで、わたしは塔師になりたいと思ったんです。あんな事故はもう起こしてはいけないと――。孤塔の磁嵐を制御できるのは塔師だけです。だから――」
口を挟んだ男がいた。横顔を向けたままのギズだ。
「塔師は磁嵐を制御しねえよ。所詮壊し屋なんだから、壊すだけだ」
「それはおまえの意見だろう。おれたちみたいな壊し屋より、孤塔の制御者として地方監視局へ派遣されている塔師のほうがよっぽど数は多いぞ」
「なら、そいつらの成果は? 孤塔が起こす磁嵐の周期は、長いやつだとうん百年単位だ。周期があるってことがわかったのも最近の話で、それ以外は不明。発生の原理もわかっていない。こんな状況で、どうやったら制御してるっていえるんだ。連中は孤塔を監視しているだけだ」
マオルーンとギズの言い合いはいつものことだ。二人には信頼関係があって、それでいて口論も多い。これは彼らの日常――と、そういうことは一緒に過ごすうちに理解したが、「でも」と、今は口を挟みたかった。
「監視するだけでも、塔師はすごいですよ。人が近寄りたがらない孤塔の監視局で暮らして、何かが起きれば避難警告を出せるんですもの」
「どこまで優等生なんだか。孤塔の磁嵐に巻き込まれたら通信不能になって、いくら二十四時間体制で監視していても無駄に終わる。で、結局使うのは電波でも念波でもなく、原始的な煙弾信号だ」
ギズは舌打ちをして、緑色の制服に包まれた脚を組み代えた。
「鬱陶しいな、優等生。食堂車にいって弁当と飲み物でも買ってこい」
「はい――」
カシホは、言われるままに席を立った。ギズという先輩塔師の横柄さにも、もうずいぶん慣れていた。
列車が、終点のクロク・トウン駅に着いたのは夕刻のこと。空圧式の自動扉がプシューッと油臭い風を吐き、
カシホは、顔を上げた。距離があるとはいえ、ジェ・ラームの孤塔と呼ばれる建築物は、よく見えた。
「あの孤塔は高いだろう? 頂きがどこにあるのかすら、肉眼じゃわからない。まあ、雲の上で望遠鏡を使ってもわからんがな」
マオルーンがいうとおり、砂漠の中に建つその孤塔は、ひたすらまっすぐに天に向かって伸びていた。その姿は地面に突き刺さった棒に例えられて「天地の棒」とも揶揄される。
「わかっているのは、実際に中に入って辿りつく孤塔の頂きは、肉眼で見える高さとは違うはずだということだ。高さだけじゃなくて、見た目や構造、形もな。謎だらけの厄介者だ」
「――わたしたちはあそこに登るんですね」
「三日後の話だ。三日後、孤塔の前で開門の儀がひらかれる。今回は女王陛下も来るらしいし、大仰になりそうだよな。なあ、ギズ」
ギズは黙々と先頭を歩いていたが、わざわざ振り返って舌打ちをした。
「わざわざおれに聞かなくても、予定くらい知ってるだろ、オッサン」
「オッサンって、三つしか違わないくせに」
マオルーンは笑って、カシホと話を続けた。
「というわけで、二日はゆっくりできる。あと、カシホ。服装は変えろ。おまえにその制服は大きすぎる」
「えっ」
「俺たちが行くのは開門の儀じゃなくて、その先だ。俺もギズも上着は脱ぐつもりだし、武器と荷物さえあれば服装はどうでもいい。見た目重視のお堅い制服は拠点に置いていけよ」
カシホは、塔師の制服を身にまとっていた。号数は一番小さいが、男性用なので小柄なカシホには合わず、袖と裾は何重にも折り返してあり、肘や膝のあたりはだぶついている。動きづらいなぁとは、カシホも悩んでいたのだが。
「誰もおまえに教えなかったのか?」
マオルーンはやれやれと笑顔を向けたものの、行く手に顔を戻した。
「――なら、悪いのは俺だ。気づかってやれず悪かった。拠点に着いたら準備をし直せ。明日は自由行動だから、街に出てよさそうなのを調達してこい。俺たちも足りないものはここで揃える」
「はい――」
カシホは、慎重にうなずいた。
三日後か
いよいよだ。
もうすぐ「塔」に登るんだ――。
あの子が行きたかった「塔」へ……もうすぐ。
そう思えば、宿舎へと続く道を一歩進むのさえ、力がこもった。
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