造反 (3)
カチャリと、金属音。ギズとマオルーンの顔つきが変わり、長銃が握り直された。
「破壊しよう、マオルーン。磁波が強くなってる。今に飲み込まれるぞ」
「そうだな、早く。対処不能なら即座に脱出しないとまずい」
「報告しろ」と、マオルーンの目がカシホを向いた。
「十秒だけ待機する。報告しろ、カシホ。時間をかけるな、早くしろ」
「危険だ、急げ」と緊急事態を匂わせる早口だ。カシホの頭もはっと覚めた。
「はい、マオルーン教官。砂を集めているものは小型の機械です。色は黒。形は5セルチ程度の卵型。製作者はサスさん。レサラスの孤塔で抜き取られた卵型の石に似せて製作され、孤塔に持ち込まれた模様。電源を入れると針弾と二割弾を併せた作用が生まれます。現在電源が入った状態。電源を入れてすぐに磁嵐を生み、砂を集め始めました、以上」
「了解、カシホ」
「発砲する。カシホ、連中を守れ」
緊迫感はあったが、二人の声も態度も落ち着いている。つられるようにカシホもするべきことを理解した。
「全員下がって。六階まで退避して。わたしの陰に!」
真円形の穴の奥へ学者達を押し込んで、両手を広げる。
森の前の広場だった場所には、砂の塔が生まれていた。塔は強烈な磁波の風をまとって、いったいどこから吸い上げているのか、大量の砂を巻き上げ、形を造っていく。はじめは子供が作る砂の城程度だったはずが、すでにギズとマオルーンの背よりも高い。今も膨らみ続けていた。
ドウッ、ドウッ! 長銃の発砲音。ギズとマオルーンは共に長銃を構えて、塔の頂上あたりを狙っていた。しかし、砂の塔はびくともしない。
「損傷なし」
「直接行く。背中貸せ」
二人の声が消えないうちから、ギズがマオルーンの背に飛び乗る。肩の上まで一気に登って飛び上がり、磁嵐をまとう砂の塔目掛けて、ギズは拳でぶん殴った。ザッと砂がへこんで、下層を失った塔の頂上部分が塊ごと落ちてくる。
飛び掛かった勢いで、ギズの身体は砂の塔の内側をくぐり抜けている。砂の壁の内側を貫通しながら、真上を見た。
「目標確認。黒い影が見える。真下から撃つ。援護しろ!」
「了解」
ギズの踏み台になったマオルーンは体勢を崩していたが、長銃を掴んで地面を転がり、塔の真下に入り込んだ。ドウッ、ドウッ、ドウッ! 砂嵐の中から二人分の発砲音が響き、何度か続くと、塔の形がさらに歪む。
「目標落下」
「掴め」
二人が砂の塔の内側から転がり出た時、ギズは手に何かを握っていた。同時に、崩れかけていた砂の塔が全壊する。魔法が解けたように、ザッと音を立てて土砂降りのように砂が地面に降り注いだ。
ギズは手に掴んだものをいじろうとした。でも、その手を拒むように磁嵐が吹き荒れる。次に砂の塊を築くのはここだ、ここへ来いと仲間に呼びかけるようで、磁力を帯びた風に反応した砂は再び風に乗って舞い上がり、ギズの手元に集まり始めた。
黒い機械は磁波を噴き出している。強い磁波は、学者を守るカシホのところにも押し寄せた。
カシホは両手を開いてそれを受け止め続けた。強い磁波を浴びると普通の人間は心身に異常をきたす。ならば、磁波に強い自分の体にぶつかって止まれ――と、体内を流れる磁波を操り、背後で身を寄せる学者達に届かないようにと気を張った。
相当強い磁波だった。発生源から近い場所のほうが磁波は強くなるから、それを握りしめるギズはいったいどれだけ強い磁波を浴びているのか。
(すごいな。わたしもいつか――)
(今の、なに)
ギズが叫ぶ。
「まずい。自由が利かなくなりそうだ。踏み潰す」
砂はギズを建材のように扱い、肉体ごと塔の一部にしようと肌の表面にも砂の層を作りはじめた。ギズが目配せを送ると、マオルーンが叫ぶ。
「駄目だ、ギズ。地面に直接置いたらまた砂に守られて振り出しに戻る」
マオルーンがギズの足元に駆け込んで、「ここで踏め」と地面に何かを敷く。その上にギズは手の中の機械を放り捨て、勢いよく踏みつけた。
まるで、悲鳴を上げるようだった。ギズを覆おうと渦を巻いていた砂が硬直する。ギズは何度も膝を振り上げて機械を踏みつけた。そのたびに砂は宙で動きを止め、散らばり、パラパラと地面に落ちる。踏まれるごとに「砂の塔の建材」だったことを忘れてただの砂に戻るように、十数回も踏まれ続けると、宙にあった砂はすべて落ちた。消えた。
ハア、ハア、ハア……と、息の音だけが残る。靴底で執拗に擦られる固い音も。
風がやみ、磁力を含んだ風もおさまると、ようやくギズは機械を踏みつけるのを止めた。
「マオルーン、済んだよな――」
「済んだ。磁嵐は消えた。今――確認した」
マオルーンは手首につけた磁力計を見下ろしている。
「了解。――なんなんだよ、ふざけんな」
顔中に張り付いた砂の粒を手荒く払いのけながら、ギズは靴底の下にあったものを持ち上げた。「この上で踏め」と機械と土の間に敷かれたのはカシホが落とした計画書で、ギズはその紙ごと機械の残がいを運ぶと、作りかけの
「なんてことを――それはサスの研究用だぞ。それじゃ持ち帰ることも――」
責める声があった。カシホの背後にいたイーシャルだった。
だが、すぐに口を閉ざす。イーシャルを睨みつけたギズの眼が、視線で人を殺しかねないほど憤慨していた。
「今なんつった? もういっぺん言ってみろ」
イーシャルを擁護する声はなかった。砂まみれになり、息を荒くして、身を挺して、ギズとマオルーンがなんらかの危機を防いだことは、経緯をよく知らない学者達も感づいたらしい。
イーシャルも、居心地悪そうに弁解した。
「しかし――いや、きみの言いたいことはわかる。しかし――」
「しかし、なんだ。あの機械はてめえの物か? てめえは何をした。ここにいる全員を殺す気か?」
ギズの眼が、何かに憑りつかれたようにぎらついた。先にイーシャルの顔に食らいついた目線に引き寄せられるように、大股で近寄るなり、拳を浮かせた。殴り飛ばされると、イーシャルは腹を押さえて倒れる。地べたに転がったイーシャルを真上から見下ろして、ギズは、ハア……とおし殺すような息を吐いた。
「イーシャル」と、駆け寄る学者はいた。でも、殴ったギズを非難する者はいなかった。
マオルーンもそばまで来ていた。今ばかりは仲裁に回らなかった。
「今の騒ぎで、八度の磁波を計測しました。特別な訓練をおこなう塔師以外の心身に影響が出る数値です。カシホがいた偶然に感謝したほうがいい。この子は見習いだが、磁波を扱う才能は高等塔師並みです。この子がいなければあなた方は全滅していました。訓練を受けない一般人を連れて孤塔を登るのは、隊に選ばれた全員に命の危険が付きまといます。特に、警告、注意喚起すら受け入れられない利己的な人間の知的好奇心は、我々には至極邪魔で、命取りです。ご理解ください。理解したら、先生方が集まる会議でそう言って下さい」
調査の続行は許可できない、と、マオルーンは荷物の整理を命じた。
「本来ならあと二時間ほど余裕がありましたが、今の騒ぎで、あなた方も強い磁波を浴びた恐れがあります。我々も大幅に体力を消耗したので、次に何かが起きた時にあなた方を守れる自信がありません」
「マオルーン塔師。聞けば、サスが許可を取らずに持ち込んだ物があったようで、軽率な行動を私からも詫びる。しかし、せっかくの機会だ。今を逃せばこの孤塔は破壊されるかもしれない、どうにか――」
「アボット教授、あなたの指揮下の人間のせいで我々は死にかけたんです。ことの重大さをご理解ください。全員揃っての脱出すら不可能になりますよ」
ほとんど話す言葉もないまま朝食を終えて、荷造りが済むと、学術調査隊の下塔の準備が始まった。
「窓がありますから、脱出口はこれを利用します」
マオルーンは、塔壁の上に備わった小さな窓を脱出口にする支度を始めた。対磁弾で窓の隙間を広げ、脱出用の器具で隙間が狭まるのを固定すると、縄梯子を垂らす。
その縄梯子を伝って窓から身体を出した後、そこから塔壁の向こう側へ落下する。それぞれの
脱出の時が近づくにつれて、塔室には緊張を帯びた喋り声が響き始めた。
「訓練は終えたとはいえ、こう、ドキドキとするものですね――」
「マオルーン塔師、その、本当にこの窓の向こうの空はジェ・ラーム砂海に通じているんでしょうね。七階の森みたいに、まったく別のどこかへ行きついてしまうということは――」
「同じ方法での脱出は何度もおこなわれていますが、今のところそういう事例はありませんよ」
「しかし、例えば、ジェ・ラーム砂海に出られるとしても、突拍子もない場所に降ってしまうとか――」
「降下前には監視局に連絡を入れますから、どこに落ちても収容に向かえるように隊が監視します。ご安心を」
カシホも荷造りの手伝いに奔走した。
「皆さん、余った食料はこちらへ。荷物はなるべく少なく。誰か、サスさんを背負って下りるドナルさんの荷物を持ってあげてください」
学術調査隊の引率を担うカシホにも、これ以上の食料の携帯は不要だ。余った食料はこの先も調査を続ける塔師に残される。要るもの、要らないものを分けて荷造りをし直すのに、
イーシャルは不機嫌だった。「殴られ損だ。あの機械は僕が持ち込んだ物じゃない」と独り言を言ったが、ある時、我慢ならないというふうに声を大きくした。
「なあ、塔師さん達。この先孤塔を登って、黒い石の在りかを見つけたら、本当にこの塔を壊すのか」
責めるような口調だ。それまでせわしなく手を動かしていた学者達がさっと気色ばみ、解決の糸口が見えない面倒事から目を逸らすようにうつむいた。
「磁波を有効利用しようっていう考えもあるじゃないか。なのに、どうして何も試さないうちから破壊が決まったんだ」
ギズとマオルーンは答えなかった。聞こえているはずだが、一瞥するだけで唇を開く素振りも見せない。イーシャルが早口になった。
「そもそも、なぜ孤塔は王領なんだ。どうして開放しない。一般人すべてとはいわないから、調査隊や写真家くらいいいだろう? 危険だとはいえ、一階部分だけならさほど影響はないはずだ。一切駄目なのはなぜだ」
ギズとマオルーンは無言のまま。イーシャルは喋り続けた。
「破壊は女王の命令だって聞いたが、賄賂でも払ったのか? いくら払ったんだ。塔師局の予算には不明瞭なところがあるって噂だが、それか? 答えろよ。どうして塔師だけが孤塔に入れるんだ。どうして塔師局にしか許可が下りないんだ」
「うるせえなあ。ろくでもない
とうとうギズが口喧嘩を買った。
「どうして塔師しか孤塔に入れないのか? 手術室に入る医者に、『どうして医者だけ入れるんだ』って啖呵切ってきたら答えてやるよ」
ギズは舌打ちをした。
「そもそも、塔師局ができたのは六十五年前で、孤塔の中に入れるのが塔師だけなのも孤塔が王領なのもその頃からだよ。おれが知るかよ。塔師局の予算がどうのと言ってたが、塔師局が女王の直轄なのを知らねえのか? 女王が自分の小遣いで賄ってる機関なんだから都合の悪いところまでご丁寧に公開されるわけがねえだろ。女王に聞けよ」
場の雰囲気は険悪なまま。ギズのように言い返さなかったが、マオルーンも不機嫌だ。作り笑顔すら浮かべなくなった。
「さあ、そろそろ下塔を始めよう。ギズ、機関へ連絡を頼む。――学者の皆さん、小話を一つ。孤塔の上から地上との通信をおこなうには高い能力が必要で、今のところその芸当ができるのは彼だけです。本来ここは人が入るべき場所ではないのかもしれませんよ。――孤塔の中を観光名所か何かと勘違いしている方には理解できないかもしれませんが」
皮肉を言い、携帯通信機での短い連絡が済むと、脱出を促した。
「さあどうぞ。訓練は済んでいますよね。そこから飛び降りて、地表面が目で確認できたら落下傘を開き、着地するだけです。どうぞ」
「マオルーン塔師、イーシャルが幼稚な悪態をついて申し訳なかった。謝るから、そう冷たくあしらわないでくれ。私達は全員初めて孤塔に登っている。もう少し易しく指導していただかないと――」
「これが普通ですよ、アボット教授」
マオルーンは笑いかけた。でも、カシホの目から見てもそれは、作り笑顔だ。
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