Ⅹ.エピローグ

40.そして、また若者たちは歩き始める。

「じゃあ……見るぞ?」


 久遠寺くおんじが緊張気味に最終確認する。目の前には彼女がわざわざ持ち込んだノートPCがあり、後ろには天城あまぎ星生ほっしょうがいて、その場所は現代文化研究部室とくれば、当然やることなど決まっていた。


 時を遡る事前年の12月31日。久遠寺と鷹瀬たかせが参加していた「Novelstageノベルステージ短編小説賞」は参加締め切りを迎えた。ジャスト二か月。それが件の賞が掲げた参加期限だった。


 そして、その中間選考の結果発表はそれからジャスト一か月後であり、まさに今日、という訳なのだった。


 もちろん、これで決着がつかない可能性はある。


 最終的に久遠寺と鷹瀬、それぞれの作品に入っていた評価ポイントの数は結構な差になっていたし、もし仮に、両者ともに中間選考を通過していたとしても、最終的には恐らく久遠寺の勝利という形で決着がつくであろうことは何となく想像はついていた。事実鷹瀬は少し前からもう結構な諦めムードで、学校内でばったりと出くわした時も、


「貴方、いい編集になれるんじゃないかしらね」


 などと言われたくらいだった。


 だから、勝負の結末はもう大体見えていた。


 しかし、コンテストの結果がどうなるかはまだ全くの闇の中である。だからこそ結果が発表されれば気になるはずなのだが、どういう訳か久遠寺は、部室で、三人一緒に確認したいと提案してきたのだ。


実際にコンテストに参加しているのは久遠寺な訳で、天城には提案を拒否する気は全くなかったのだが、一応これでも一枚噛んでいるのは事実であり、やっぱり中間選考を通過したかどうかという一大事は出来る限り早く確認したいというのもまた、事実であった。と、いう訳で提案は受けつつ、皮肉交じりにその理由を聞いてみたところ、


「そりゃ……一応、一緒にやってきた訳だし」


 そんな一言が返ってきたのだ。


 いや、実際は返ってこなかった。より正確に言えばはっきりと聞こえたのは「一応、一緒に」位までだったのを記憶しているし、それ以降に関しては、声は小さいわ、活舌は悪いわ、おまけにそっぽを向いているわで、天城としてもまともに聞き取れた自信はないのだが、きっとそのような事を言っていたのではないかとある程度確信しているのだった。


 そんな訳で今、天城達三人は、久遠寺の持ってきたノートPCを三人で眺めている。その画面に表示されているのはNovelstageのホームページであり、カーソルが合わさっているのは「Novelstage短編小説賞」の特設ページ、つまりは中間選考通過作品の一覧がある場所であり、久遠寺と鷹瀬に取って一つの審判が下される場所である。


 静寂。


 久遠寺はそれを了解と捉え、マウスをクリックする。すると別窓で特設ページが開き、ジャンルごとに作品名と、作者のアカウント名がずらりと並ぶ。トップバッターとなるジャンルは「異世界ファンタジー」だが、久遠寺の書いた『私の嘘、あなたの音』が属するのはそこではなく、恋愛である。久遠寺はゆっくりとページをスクロールしていく。様々な作品名が次々に通り過ぎていく。


 やがて、スクロールさせる手が止まる。画面には「恋愛作品部門」という文字が躍っている。久遠寺は暫くそこで固まっていたが、やがて一つ深呼吸をしてスクロールを再開する。まだ顔も作風も何も知らないライバルの書いた作品たちの名前が躍っている。三人はその中に『私の嘘、あなたの音』という文字列が無いか慎重に確認していく。

 

 スクロールが進む。

 

 緊張する。

 

 どうしよう。評価ポイントの数を考えれば中間選考で落ちているという可能性の方が少ないように見える。しかし、他作品がどのような評価を受けているのかや、ジャンルごとの上限数はどうなっているのか、そもそも通過基準は評価ポイント数だけなのかと言った部分が全く分からない。もしも、という事もある。暑くもないのに手のひらに汗がじわりと、


「……あった」


 久遠寺が、意外なものを見つけたという口調で呟く。続いて天城も、


「……あったな」


 更に星生も、


「通った」


 久遠寺はくるりと後ろを振り向く。その顔は喜びよりも驚きの色が強く、


「あった、あったよ」


 それが現実であるということを確認するように何度も呟く。天城は漏れる笑みを抑えきれずに、


「通った、んだな」


 星生はあくまで冷静に、


「鷹瀬の方はどうだろうか」


 久遠寺ははっとなり、


「そうだった」


 再び画面に向き合い、スクロールさせていく。鷹瀬の書いた『 memoriesメモリーズ』も、通っているのであれば、恋愛部門に入っているはずである。


 画面が徐々に動いていく。しかし、一向に『 memoriesメモリーズ』という文字は出てこない。やがて作品の名前は途切れ、その下に大きく「ミステリー部門」という文字が躍る。久遠寺はすぐさま上にスクロールして恋愛部門のトップへと画面を戻し、また徐々にしたに下げながら、画面を食い入るように見つめる。やがて、再びミステリー部門という文字が見える。また無言で恋愛部門のトップへと戻る、スクロールしていく。ミステリー部門という文字が見える。そんな動きを何度か繰り返した後、注意していなければ聞き逃してしまうような小さな声で、


「……勝った」


 後ろを振り向き、


「勝った……って事で良いんだよな」


 やはりその表情を占める割合は喜びよりも驚きの方が強い。現実がまだ飲み込めずにいるのだろう。天城はさらりと、


「まあ、そういうことになる、よな」


 星生に確認を取る。星生は小さく縦に頷き、


「そういうことになる」


 その言葉を聞いて漸く久遠寺は現実を認識し、


「はい」


 天城に向けて両手を掲げる。これはどういうことだ。ハイタッチでもするというのだろうか。いや、まさか久遠寺がそんなことを天城とするはずはない。そんな感情が巡りつつも。放置するのもどうかと思い軽く手を合わせると、


「勝ったぞー!!」


 痛い。


 思いっきり叩かれた。ハイタッチというものは基本、二人が両手をうちあわせるものでああり、その力加減は大体1対1だと思うのだが、今のはどう少なく見積もっても天城対久遠寺で1対10くらいはあった。天城は思わず両手をブンブンふり、


「嬉しいのは分かるが、力任せに叩くなっての」


 久遠寺は自分の手を見つめ、次に天城を見て、とんでもないことに気が付いたという感じですぐさま両手を隠して視線を逸らす。


 天城はひとつため息をつき、


「まあでも、これで一つの山は越えた訳だけど……まだ最終審査が残ってるんだよな?」


 星生があくまで平坦に、


「そう。それで大賞が決まる」


「それはいつくらいになると出るんだ?」


「確か、再来月だったと思う」


「……結構かかるんだな」


「短編だけならば恐らくそんなにはかからない。ただ、今回は長編のコンテストもやっているから、そっちと足並みをそろえるためだろう」


「なるほどなぁ……」


 漸く気持ちに整理が付いたのか久遠寺が、


「でも、これでアイツの天下も終わりって訳だな」


 これ以上ないくらい楽しそうな笑みを浮かべる。天城は失笑しながら、

「天下って……そういえばアイツとなんか賭けしてるんだったな」


 久遠寺は天城を指さして、


「そう、それ。いやー今からアイツの反応が楽しみだわー」


 腕を組み、椅子に寄りかかりながらニヤニヤする。何とも性格の悪い。星生が、

「ちなみに、何をするつもりなんだ?」


「それはね、」


 コンコン。


 ノックする音が聞こえる。久遠寺が明らかに機嫌を悪くし、


「あぁ?誰だよ、今良いところなんだから後にしろよ」


 しかし、そんな願いは全く聞き入れられず、


 コンコン。


「……チッ」


 舌打ち。天城は頭をかきながら、


「はいはい、どなたですか」


 ゆっくりとドアの方まで行き、


「あ、」


 その時、久遠寺は気が付く。そう、彼女は元々この部活動には所属をしていないし、なんなら部活動にも入っていないことになっている。今でこそ入り浸っているから忘れがちではあるが、この部室に入るときもある程度周りを警戒してからという状態なのだ。


 そんな部室に、誰かが訪れる。しかも、普段ここで顔を合わせる面々は全員既に揃っている。


 と、なれば、


「ちょ、待って」


「あん?」


 遅かった。


 天城は既に鍵を開け、ドアを開けてしまっていた。久遠寺は思わず近くにあった自分の鞄で顔を隠す。その光景を見た訪問者は、


「えっと……なんかタイミング悪かったかな?」


 天城は驚いて、


「……二木ふたきさん?」


 二木だった。間違いない、編集者であり、星生や鷹瀬とも強い関係のある、あの二木浩平こうへいその人だった。何でこんな所にいるのだろう。


 そんな疑問に星生が、


「自分が呼んだ」


 天城は振り向いて、


「え、星生が?」


「そう。まあ、色々あって」


 二木は気が抜けた感じに笑いながら、


「あはは……まあ、そういうこと。えっと、そこの彼女が久遠寺文音あやねさん……で良いんだよね?」


 久遠寺は鞄の端から顔を覗かせながら、


「……はい、そうです」


「そっかそっか。いや、ゴメンね。突然来ちゃって」


 久遠寺は鞄を片手に持ったままぶんぶんと身体全体で否定し、


「全然!そんな、私こそ変な感じで、その、ごめんなさい」


 天城はそんな反応がおかしくて笑い、


「いつもとは大違いだな、おい」


 久遠寺は一瞬だけ天城を、とんでもない形相でにらみ、


「あ?」


 すぐに表情を戻して、


「えっと……二木……さん、でしたっけ?」


「そうだよ」


「今日は、どうしてここに?」


 二木は腕を組んで、


「うーん……どうして、かあ。まあ、色々と理由はあるんだけど、一番の理由はね、鷹瀬くんのこと、なんだよね」


「鷹瀬の」


 久遠寺の表情が少しだけ固くなる。二木は続ける。


「もう色々知ってるって話らしいから単刀直入にいくよ。鷹瀬くん、さ。君と色々賭けてたみたいなんだけど、あれ、チャラにしてほしいんだよね。駄目かな?」


「チャラに……って」


 久遠寺は言葉を失う。話についていけていない。二木は慌ててフォローするように、


「あ、もちろん何もなしにって話じゃないよ?僕で出来ることは少ないんだけど、そうだな……例えば、」


 ちらり、と天城に視線をやったのち、


「『liveライブlifeライフ』のシナリオ担当、琥珀こはくさんのサイン……とか。どうかな?」


 久遠寺は流れにまったくついていけずに、


「え、え、どういうこと、ですか?」


「いや、まあ、一つの例、なんだけど。例えば僕がか……琥珀さんのサインを貰ってきたら、チャラにならないかな?元はといえば鷹瀬くんがはじめたことだけど、一応僕、その編集だから、まあ連帯責任みたいな感じで。駄目かな?」


 久遠寺はどこから突っ込んで良いのか悩んだ挙句、


「え、編集者さんなんですか?」


 天城はやや驚き、


「知らなかったのか」


 肯定。


「だって、そんなに色々見てるわけじゃないし」


 ああ。そうだった。久遠寺は決してそう言った話に明るいわけではないのだ。それこそ多少アニメを見たりライトノベルや漫画を読んだりはするかもしれないが、編集者がどうという話までは知らないのだろう。


 二木は何とも頼りない感じに、


「えっと……一応、編集者、やってます。『Live&Life』も担当してます、はい」


 久遠寺は数回瞬きをし、


「編集者」


「はい」


「サイン」


「はい」


「琥珀先生の」


「はい」


 やがてにやつきを抑えられないという顔で、


「まあ、勝負は私の勝ちですからね。サイン色紙まで貰ってきてくださるっていうのなら、チャラにしますよ」


 私は寛大ですからね、というフレーズが後ろに聞こえた気がした。二木は心底安心した、という感じで息を吐き、


「ありがとう。受けてもらえなかったらどうしようかと思ったよ」


 背後を振り向いて、


「だってさ。入ってきていいよ」


 その言葉に応じるように、おずおずといった感じでもう一人、部室の中に入ってくる。


 鷹瀬だった。


 久遠寺は思いっきり指をさし、


「あ、私に負けた人だ」


 口に手を当てて笑うようなふりをして、


「あれだけ大口をたたいておきながら、素人に負けちゃうなんてとんだ人気作家さんね?」


 おお、煽る煽る。


 天城は鷹瀬を見る。するとその表情は思ったよりも冷静で、


「ええ、そうですね。短編では、ね」


「あ?」


 鷹瀬はにやりと笑って、


「だって私は長編作家ですから。短編はちょっと、不慣れだったんですよ」


 久遠寺の顔が引きつり、


「ほお……長編だったら勝てたってことか?」


「でしょうね」


 ぶちっという音が聞こえたような気がした。


 久遠寺はずかずかと鷹瀬との距離を詰めていく。天城は流石に不味いと思い、止めに入ろうと、


「だから、はい」


 鷹瀬がずいっと一枚の紙をつきつける。久遠寺はきょとんとしてそれを受け取り、


「……入部届けぇ?」


 鷹瀬はあくまで余裕を保ちながら、


「ええ。同じ部活に入っていたほうが、白黒は付けやすいと思ったので。違いますか?」


 久遠寺はやりどころの無くなった怒りを発散するようにがしがしと頭をかいて、


「ああああぁぁぁぁもう!」


 受け取った入部届けを星生に手渡し、


「二つ、言わせてもらっていいか?」


「ええ、どうぞ」


「一つは簡単だ。白黒はっきりさせるにしても、最後に勝つのは私だからな。それだけは覚えておけよ」


「まあ、言うだけならタダですからね。覚えておきます」


 久遠寺は「ぐ」と言葉に詰まるが、勢いに任せるように、


「それからもう一つ!私は部員じゃないから、そこは勘違いするな!以上!」


 鷹瀬は今日一番驚いた顔をして、


「え、部員じゃないんですか?頻繁に出入りして、入り浸っているのに?」


 天城は失笑しながら、


「そう思うだろ?でも、部員じゃないんだわこれが」


 鷹瀬は天城に視線を向け、何かを諦めるような顔をして肩をすくめ、


「難儀ですね」


「まあな」


「おいコラ。なに二人で納得してんだよ。っていうかそこ二人そんなに仲良かったのか?」


 鷹瀬は口に手を当てて、


「さあ、どうでしょうね?」


 何故だろう。天城と鷹瀬の関係性は同じ学年の知り合い同士程度でしかないはずなのだが。


「おう、やってるな」


 ひょっこり。


 空きっぱなしになっていたドアの横から髭を蓄えた顔が覗き込む。


 雑賀さいが銀之助ぎんのすけだった。


 星生が一言、


「銀之助」


 雑賀はちっとも申し訳なさそうな感じを見せずに、


「いや、すまんな。もう少し早めに顔を出そうと思ってたんだが、遅くなった」


 二木が「またいつものだよ」という塩梅で、


「思ってたとか言ってるけど、実際は忘れてたんじゃないのか?」


 天城はぽろりと、


「え、お二人って知り合い何ですか?」


 雑賀がしれっと、


「おう。こいつと俺は同級生で、元現代文化研究部員」


「……うそぉ」


 余りに新事実が一気に発覚したもんだから天城は処理しきれない。二木はなんともバツが悪そうに、


「まあ、そういうことなんだよね。うん」


 雑賀が続けて、


「そんな訳だから、今日は差し入れを持ってきてみた」


 ばっと、どでかいビニール袋を掲げる。透けて見える中身はスナック菓子から酒のつまみまで幅が広い。


「ほれ、誰か受け取ってくれや。重いんだこれ」


 久遠寺が慌てて、


「あ、じゃあ、よっ……と。重っ……」 


「気いつけろよー」


 雑賀はそう言いつつも外からもう一つ、飲み物の入った袋を引っ張り、


「ほら、これも」


 こんどは天城が、


「あ、どうもです」


 重い。中身にちらりと視線をやるとどう見ても全年齢ではない飲み物が混ざっている。これは雑賀達が自分で飲むようなのだろうか。そうであると言ってほしい。


 久遠寺がその中身を見ながら、


「うーん……パンチが足りないな」


「これで!?」


 天城は思わず驚く。久遠寺は天城以上に驚いた顔をして、


「や、だって、ほら、いつものが無いし」


「いつもの……」


 瞬間。ひとつの可能性が浮かぶ。


「ああ、あの良く分からん自販機か」


 久遠寺がにらみを利かせ、


「おうコラ私は今鈍器を簡単に取り出せる状態であることを忘れるなよ」


 天城は笑って、


「冗談だ。買いに行くのか?」


「当たり前だ。お前も飲むか?何なら奢ってやるぞ」


 どうしよう。


 正直なところジュースには全く興味が無かったし、飲み物も手元に持っているお茶

で十分なのだが、


「……んじゃ、ありがたくいただくよ」


 従うことにした。ジュースそのものよりも、件の自販機で、久遠寺から奢ってもらえるということがなんとなく嬉しくて、


「それじゃ、行きましょ。ほら、それ置いて」


 くるりと鷹瀬の方を向いて、


「ほら、鷹瀬も行くぞ」


「私もですか?」


「そうだよ。気分がいいから奢ってやるよ」


 鷹瀬は少し悩んだようだが、


「……分かりました。それじゃ、奢ってもらいましょうか」


「うん。よろしい。葵も行くよね?」


「行く」


 即答。


「んじゃ、行くか。先生方もどうですか?」


 雑賀は首を横に振り、


「いらない。だって、階段降りたところのアレだろ?いいわ」


 久遠寺は若干不満な顔をして、


「二木さんは?」


「あー……」 


 二木は頬をかき、


「僕もいいかな。そこに色々あるみたいだし」


 久遠寺は一つ頷き、


「分かりました。それじゃ、ちょっと行ってくるんで、留守番お願いできますか?」


「ん、任されました」


 久遠寺はパンパンと手を叩いて、


「んじゃ、行くぞー」


 真っ先に部屋を出ていく。天城は思わず鷹瀬と顔を合わせ、苦笑いする。久遠寺が外から、


「ほら、早くしろー」


 天城が、


「今行く」


 二木達に一礼して部屋を出ていく。鷹瀬と星生もその後をついていく。やがて、全員が部室を後にすると二木がぽつりと、


「なかなか良い感じじゃない」


「何がだ」


 雑賀が疑問を呈する。二木は楽しそうに、


「何だろうね。雰囲気っていうか、空気がさ。ああいうところから名作とか天才って生まれる気がしない?」


「……分からんな」


 二木は鼻から息を吐き、


「つれないねぇ……」


 一時の静寂。遠くで自販機が礼を言う。


「なあ、二木」


「なんだい?」


「相変わらず、苦しいか?」


 二木は窓から見える空を眺めながら、


「苦しいねえ。なかなかどうして。面白いものを作るってだけなんだけどね」


「そう、か」


 再び静寂。また自販機が礼を言った。


「あいつらは、何か変えてくれそうか?」


 二木は大分迷いながら、


「どうだろうね。少なくとも今の時点ではまだ、可能性があるって感じかな。でも、」


「でも?」


「それを開花させるのが、僕の仕事でもあるからね」


 満足そうな笑顔を作る。雑賀もまた、そんな顔を見たかったと言わんばかりの表情を浮かべる。階段を歩く足音が聞こえる。可能性を秘めた、若い、足音だった。

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