27.似た者同士、弱い者同士。
一応、データ上は大して目立ったところはない。身長は175cmで、体重は74kg。視力は両目とも裸眼で2.0を超えており、主だった持病やアレルギーのたぐいはない。
家族はといえば父親がサラリーマンで母親が専業主婦の三人家族という、これまた特筆するところの無い構成で、唯一語るべきところといえば、その家が高級住宅街の一角に存在しているというところくらいである。
成績は中の上。運動神経も悪くはないが、本気を出していないのか、目立った活躍はしない。表面上だけをさらえば、そのへんによくいる男子高校生とそこまで変わりが無い。
ではどこが変わっているのかといえば、その学校生活のスタイルである。
柳は何故か教室にいないことが多かった。
別になにも、休み時間のたびに違う教室の友人に会いに行っているわけでもなければ、教室にいづらいため、休み時間はどこか別の場所で時間を潰すようにしているとか、そういうことではない。ただただ単純に”いない”のだ。
そんな訳で、クラスの中での柳という男の評価は「なんだかよく分からない男」という塩梅に落ち着いている訳なのだが、その一翼を担っているのはずばり、天城自身に他ならなかった。
天城は知っている。クラスで、柳の連絡先を知っているのが自分だけであるという事を。
これは後々になってから知ったのだが、柳は同じクラスのみならず、同学年のほぼ全員と、一切、連絡先の交換をしていないらしい。
もちろん、実際には知っているが、柳から隠すよう言明されているという可能性も否定は出来ない。しかし、少なくとも天城が接している限りで、柳がそういった素振りを見せたことはないし、見せそうな気配もない。
そうなれば、クラス内で柳と連絡を取れるのは天城だけということになるし、その天城自体もまた、それなりに目立つ存在であったが故に、より一層柳という人間を包み込む謎は色濃くなっていった。
そんな柳だが、何故だか学校内の様々なことに詳しかった。
天城は一度気になって、探りを入れてみたことがあるから分かるが、その情報は実に多岐にわたる。やれ、どの先生が今度結婚するだとか、やれこの先生は実のところ生徒の誰々と先生生徒以上の関係だとか、あの部活はこっそり学校内で賭け麻雀をやっている、とか、仲良しグループに見える四人組は、実のところ一人に三人が群がっているだけだ、とか。そんな具合である。
その中には当然のことながら「鷹瀬紫乃のファンクラブには誰が参加しているか」という事も含まれているのではないか。そう天城は考えたのだ。
と、いう訳で、天城はさっそくといった感じで、スマートフォンを取り出す。
連絡を取るなら早い方がいいだろう。天城はそう考えた。
今日天城が部室にきてからそこまで時間が経ったわけではないが、相手はあの柳である。記憶にある限りでは、放課後の時点で既に、教室にはいなかった気がするし、なんなら、昼休みくらいの時点ではもう姿を消していたように思う。
一応、朝は会って会話をしているので、学校に来ていないということはあり得ないのだが、その後どこへいったのかについては全く知らないし、今現在学校内にいる保証もなければ、連絡に応じてくれない可能性もゼロではない。
さらに、柳のことなので、事情を話せば、流石に大丈夫だと思いたいが、情報をぽんと天城に提供してくれると言い切れるかと問われれば微妙な所でもあった。
学校内にいないのならいい。一刻を争うほどの事態ではない以上、日を改めれば大丈夫だ。
連絡に応じてくれなくても心配はいらない。単純に忙しいか、気が向かないだけの可能性の方が高いからだ。
情報を持っていない、というのはあり得ない話ではないが、まずないと天城は踏んでいた。
問題は、その情報を提供してくれなかった場合だったのだが、
「……ちょっと待ってろ。今そっちに行く」
という一言を最後に電話を切り、それからほどなくして、現代文化研究部室へと訪れたのだ。ちなみに、今までどこにいたのかと聞いてはみたのだが、はぐらかされた。友人の天城をもってしても、謎の多い男である。
その柳が、実に有益な情報をもたらしてくれた。
「……その条件だと、該当するのは一人だけだな」
「マジか?ちなみになんてやつだ?」
「……
「なるほどな……」
天城は
「ってことらしいんだが、どうだ?」
星生は坦々と、
「まずは、その赤川とやらが、本当にRed0302であるかどうかを確認する必要がある。その上で、余りにも目に余るようなら、改めてどうするか考えるべき。その上で、」
柳に話を振る、
「まずは、接触をはかりたい。それも、しらを切れない状況を作ったうえで、だ。どうしたらいいだろうか」
柳は顎に手を当てて、
「……赤川を始めとする鷹瀬の追っかけは基本、鷹瀬の害となるような行動を取らない。天城から聞いた限りでは、赤川を含めた数人の行動が、グレーゾーンだってことだ。そのまま赤川に事情を聞けば、間違いなく黙秘される。だから、交渉を持ちかけるべきだろうな」
「交渉、とは?」
「……つまり、全てを話せば、取り敢えずこのことは不問とする、とか。いっそのこと久遠寺の方にもポイントを入れさせるとかな。そのあたりを約束すれば、多分大丈夫だろう。どうだ?」
星生は少し考え、
「はたして、私の言い分を聞いてくれるだろうか。グルになって嵌めようとしている、と言われればそれまでだ」
「……その時は、鷹瀬も呼び出すしかないだろうな。流石に本人から言われれば、断りづらいだろう」
天城がぽつりと、
「それは……」
「……どうした?」
「いや、」
言葉を、一瞬引っ込めかけて、
「そうなったら、久遠寺にも伝えてしまった方がいいと思うが」
そんな言葉に柳が、
「……聞いている限り、久遠寺と鷹瀬は完全に犬猿の仲なのだろう?もし、久遠寺がそんなことを知ったら、どういう反応をするかは、天城が一番知っているんじゃないのか?」
その通りだった。
久遠寺という人間はああ見えて純粋だし、繊細だ。
鷹瀬に対してだって、敵対感情こそあるが、根本ではそれなりに認めているし、対等に近い位置として認めているはずである。
そうでなければあそこまで突っかかることはないだろうし、売られた喧嘩をあそこまで気持ちよく買うことはないはずなのだ。そこにはどれだけ認められなくとも、どれだけ嫌いでも、どれだけ負けたくなくとも、真剣勝負が出来る相手だと認識している事実が横たわる。
そんな久遠寺が、鷹瀬の、グレーゾーンぎりぎりのやり方でポイントを稼ぐやりかたを知ったらどうなるかは、想像に難くない。
表面上はただひたすらの罵倒が待っているだろうが、その裏では、期待を裏切られて、痛み、そんな痛みを嫌い、奥底へと沈み。その行為を自ら正当化し、逆に過去の自分を非難するだろう。そして、そんな動きを表彰する形こそ違えど、その本質はまさに、
「分かった。まずはその赤川とやらと話そう。それで、どうしても口を割らないなら、その時また、考えよう」
柳は一瞬何かを言いたげな視線を天城にぶつけるが、やがてぽつりと、
「……分かった」
再び星生に確認をとる。
「……そんな感じで大丈夫か?」
「大丈夫だ。今日……では流石に厳しいか」
「……そうだな…………いや」
ポケットからスマートフォンを取り出し、
「……ちょっと待っててくれ」
二、三、操作をする。そして顔をあげ、
「今から、ここに来てもらうことになった」
事態は、急速に進展した。
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