28.自信があるって大事な事。
何しろ相手は“あの”
ファンクラブなどといえば聞こえはいいが、そのメンバーの実情は親衛隊と下僕の中間くらいといった塩梅であり、鷹瀬に対しては絶対の忠誠を誓っているといっても過言ではない。
ちょっとした悪口くらいならば特に何も言わないが、直接鷹瀬本人に害が及ぶようなことでもあれば一致団結し、その“共通の敵”に対して立ち向かうに違いない。少なくとも天城の認識はそうだった。
そんなファンクラブの一員である
天城が盛大な嘘つきであり、鷹瀬を陥れるために立ち回っているという解釈をされてしまえばおしまいだし、天城自身、その解釈を当てはめるのにはぴったりの外ヅラをしていた。客観的に見て、黙秘権を使われるのがオチだろう。赤川が来る前から、天城の中にはそんな結論が思い浮かべられていた。
ところが、その予想は大きく裏切られることとなる。
「あの……もしかしなくても鷹瀬さんの事だよね」
そう切り出した。天城は思わず柳の方を見るが、
「……俺は何も言ってない。ただ、ここに来るように指定しただけだ」
天城が赤川に、
「そうなのか?」
「うん。あの、違った……かな?」
そう言って天城の反応を伺う。
赤川はパッとみ、気弱そうな男子だった。
天城とは初対面であるはずなのだが、向こうはこっちのことを知っているようで、間隔を探りながらといった雰囲気だ。特にセットもしていない黒い髪、眼鏡、高くもない身長に痩せ型と思われる体型。概ね鷹瀬とは真逆のイメージを持っていた。
天城は出方を探るべく、
「いや、違ってないけど。何でそう思ったんだ?」
「えっと……」
赤川は言って良い言葉と悪い言葉を選別するようなゆっくり加減で、
「この間……なんだけど、鷹瀬さんが、えっと……数人を呼んだんだよね」
「数人ってのは、そのファンクラブ?のやつらか?」
肯定。
「そう。僕を含めた数人を呼んで、一つお願いがあるって切り出した」
「おねがいねぇ……」
「はい。内容は……多分もう何となくは知ってると思うんだけど、自分の書いた短編を読んでほしいってことでした」
的中。
やはり鷹瀬はファンクラブの面々に自分の小説を読ませていた。天城は大胆に、
「ちなみに、なんだけど」
「はい」
「きみの、その、アカウント名ってのは」
「えっと……」
赤川はそこで言葉を切り、
「ちょっと待ってて」
ポケットからスマートフォンを取り出していくつか操作をし、
「……Red0302ってやつです」
当たりだった。
天城は更に切り込む。
「そのアカウントなんだけどさ。もしかして、最近作ったんじゃないか?」
赤川は何かを諦めるように軽く笑い、
「そうです。まあ、気が付くよね」
「そりゃあ、日付書いてあるしなぁ……」
二人は顔を見合わせて笑う。流石に赤川も、そのずさんさに気が付いていなかったわけではないらしい。天城は整理するように、
「えっと……どこまで知っているか確認したいんだが、いいか?」
「あ、はい」
「まず鷹瀬だが、」
そこまで言って言葉に詰まる。
久遠寺の名前を出してしまって良いのだろうか。
天城の中で彼女は、猫かぶりで、参考にもならないハウツー本を信仰していて、文章力はあるが、それ以外がややイマイチで、でも才能はあって、案外単純なところのある人物として処理されているが、赤川の中ではきっとそうはなっていないはずである。
クラスが違う、というのもあるが、恐らく表向きの“完璧美少女・久遠寺文音”として処理されているに違いない。そうなれば、そのイメージを崩しかねない情報は伏せておくべきではないか。そう考えたのだ。
もちろん、いざとなれば、その辺りの事情を包み隠さず話してしまうということも仕方なしと考えていた側面はある。しかし、事は思っていたよりもずっと簡単に進んだ。それならば、あえてぺらぺらと話してしまう必要性はないのではないか。そう思い、
「えっと……なんで小説書いてるかって知ってるか?」
なんとも曖昧な質問だと自分でも思う。しかし、こう聞くより他はない。久遠寺の名前を出さないと決めた以上、二人の対決のことも話せない。そうなれば鷹瀬が友人に評価ポイントを入れるためだけのアカウントを作らせていたとしても、少なくとも天城からは何かを言われるような義理はないはずなのだ。赤川の立場であれば、「それは秘密」の一言でいなして終わりといって良い質問。
ところが、赤川はぽつぽつと答え始める。
「細かいことは特には聞いてないんだ。ただ、一つだけ、」
少しの間があり、
「自分の書いた短編を読んで評価してほしい。それだけ言われたんだ。その評価は僕らに任せるって、どんな評価を付けてくれても、なんなら付けなくてもいい。けど、取り敢えず読んでほしいって。あんなことを言われたのは多分、はじめてで」
「それだけか?」
「それだけって?」
天城はやや言葉につまる。
どうやら鷹瀬は、久遠寺との勝負に関しては一切伏せているらしかった。だとすれば、なおさら、天城もそのことを話すわけにはいかない。
「や、ほら。何で突然そんな話を持ち出したのかとか、そういうこと。鷹瀬からなんか言われなかったのか?」
赤川は首を横に振り、
「全然。小説なんて書いてるのも知らなかったし、そもそも鷹瀬さんが僕たちに何かを要求することはあっても、頼み込む……みたいなことはなかったから」
そうだろうなと天城は思う。鷹瀬の性格からして、人に何かを頼むこと自体がまれなような気がする。
だからこそ鷹瀬が自分の短編を(実際には他人の書いたものとして、ではあったが)読ませるというのはある程度納得がいく。彼女自身、それなりの自信はあるだろうから、しかるべき相手に見せれば評価をしてくれるし、確実に勝てる。そう踏んだところはあったのだろう。
その点、赤川は全くの素人である。
素人であるから信頼ならないというのは余りにも短絡的な発想ではあるが、プライドの高い鷹瀬が、自らの短編を見せる相手を選択する際に、実績の有無というのは足切り基準とするには十分すぎるほどだろうし、自分から頼み込むなどと言う選択をするようには思えないのだ。そう、少なくとも普段の鷹瀬であれば、そんな選択はしないはずなのだ。
にもかかわらず鷹瀬は赤川を始めとする数人に自分の短編を読むように「お願い」し、しかもその評価に関して一切の介入をしなかったという。その理由を推測するのはそう難しい事ではない。
「もしかしたら鷹瀬は、自信を無くしているのかもしれんな」
「自信……ですか?」
そう。
ここからは天城の推測も大いに混じる、根拠もなにもない、下手をすれば空想やお伽話と相違ないものかもしれない。しかし、恐らくは真実からそう離れたものでもないだろうとも思うのだ。
鷹瀬は二木に対して自分の作品を読ませた。そして、それが功を奏して評価という形で現れた。ここまでは順調だった。
問題はその後だ。
久遠寺の短編にもまた、二木たちはポイントを入れたのだ。
しかも鷹瀬のものに入れたよりも多く。
鷹瀬のことだ。恐らく自分と久遠寺に入っているポイント数は時折確認していただろう。そんなある日、昨日までは勝っていたはずのポイントが逆転しているではないか。驚いた鷹瀬は、久遠寺の短編を評価したアカウントを全部チェックしていく。もしかしたら何らかの不正を働いているのではないか。自分の行動は棚に上げ、そんな事も考えたに違いない。
やがて鷹瀬はあることに気が付く。久遠寺の短編にポイントを入れたアカウントのいくつかに見覚えがあることに。いったいどこで見たのか。考えた末に思い出す。それらのアカウントは自分の短編にポイントを入れたアカウントであり、恐らくは二木たちのアカウントであると。
その後どう立ち回ったのかは分からない。しかし、その時点で鷹瀬には明確な「敗北」を突き付けられていた。同じアカウント。しかも自分が「審美眼に信頼がおける」と思った相手に、「久遠寺の書いた短編の方が優れている」と、はっきり数字で示されたのだ。いくら鷹瀬といえども、全く堪えないということはないだろう。自信を無くしたかもしれない。そんな時、思いついたのだ。自分のファンクラブ会員ならどうか。それならいい評価を貰えるのではないか。そんな淡い期待をもって、赤川たちに「お願い」をした。そう考えれば全ての辻褄があう。そんな気がしてならなかった。
ただ、そんな内容を全て喋ってしまうわけにはいかない。
なので、
「ポイントを入れたのなら知ってると思うが、今、鷹瀬はコンテストに参加しているだろ?そこで思ったようにポイントが伸びなくて、それで自信を無くしてた。だから、まあ、自分のファンに見せて自信を回復させようとしたんじゃないのか?」
即興にしては上手い説明が出来たように思う。
しかし赤川は、
「多分、それもあるとは思う。でも一番は、負けるのがイヤだったって事、だと思うんだけど、違うかな」
当たっていた。しかし天城は悪あがきをする。
「えっと……負けるって……具体的には誰に?」
赤川は「なんでそんなことを聞くんだろう」といった具合に、
「え……?天城……くん、じゃないの?」
食い違っていた。天城は完全に肩透かしを食らい、
「え、俺?」
赤川もすっかりよりどころを無くし、
「え、そうじゃないの?」
天城は手で「待った」と静止をかけ、
「えっと……赤川は鷹瀬と、俺が勝負してるみたいに認識してるってことか?」
「うん」
完全にねじれていた。そして、この時点で天城自身を盾にするという選択肢は砕け散ったといっていい。この反応をしておいて、「いやぁ、実はその通り。俺が鷹瀬を完全に負かせちゃってさぁはっはっはっは」というのはかなりの無理がある。
天城は絡まった糸を解きほぐすように、
「えーっと……まず鷹瀬は短編を書いていて、それをネットに投稿している。同時に誰かと勝負もしている。そういう認識で良いんだよな?」
「うん」
「で、その相手が俺だと」
「そう、だと思ってたんだけど、違うの?」
「違うな。全く違う。逆に聞くが、なんで俺だと思ったんだ?」
赤川は少しためらったのち、
「えっと……少し前なんだけど、鷹瀬さんがここ、来たよね?」
「ああ。あったなそんなこと」
思い出す。それは事の発端であり、久遠寺が鷹瀬に売られた喧嘩を買っただけではなく、安い挑発にもまんまと乗ってしまった時の話だろう。
赤川は続ける。
「その日以降、鷹瀬さんは放課後、あんまり学校に残らなくなっていったんだよね。だから、その辺りから短編を書き始めたんじゃないかって思って。で、気になってこの部活についてちょっと調べてみたんだ」
「調べた?」
赤川は笑って、
「まあ調べたって言っても、友達になんとなく聞いたくらいだけどね。そしたら、天城くんが最近よく出入りしているってことが分かって」
「……それで、俺と勝負でもしてんじゃないかって思ったのか」
無言で首肯する。なるほど、その論理はある程度までは当たっていた。
天城が現代文化研究部に出入りしだしたのは、元を正せば久遠寺にとってここが都合のいい場所であったという理由があるからだが、途中からはその目的が「鷹瀬に勝つこと」へとシフトしていた事実は確かにある。その主語は久遠寺である一方で、サポート役として、決して少なくない関わりを持っていた天城に関しても、広い意味で見るのならば「鷹瀬の敵」に他ならないし、そういう考え方をすれば、赤川の言い分も当たっているということになる。
とはいえ、実際に書いていたのは久遠寺だし、鷹瀬にもそう認識されているに違いない。天城がサポートしていることについては知らない可能性の方が高いし、もし知っていたとしても、敵として認識するかどうかは怪しい。
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