6.入るのだって勇気が必要だ。

 沈黙。


 やがて久遠寺がどうとでもなれという感じで、


「ど、どうだった?」


 声が上ずっている。


 星生はそんなことは気にもとめずに、


「どう、とは?」


 久遠寺は星生の持つスマートフォンを指さして、


「や、だから、葵の目から見て、ぶっちゃけそれ、どうだった?面白いと思った?」


 踏み込んだ。


 しかし星生はなんとも煮え切らない感じで、


「うーん……」


「な、悩んじゃうほど?」


「そうといえば、そう」


 久遠寺は自己解決し、肩を落とす。天城が隣から、


「悩むっていうのは、どういうことだ?どっか引っかかる所が……まあ、あるか」


「……あんた私の味方なのか?それとも敵か?ああ?」


 隣から殺意がぶつけられるが無視する。星生はぽつりぽつりと、


「うーん……凄く窮屈な感じ」


「窮屈?」


「そう。この話はもっとぐーっと伸びていくはずなのに、それを意図的にしないようにしている感じがする。凄く窮屈」


「伸びていく……」


 何だろう。


 凄く抽象的だった。


 天城はなんとか理解しようと試み、


「えーっと……つまり、久遠寺の作品は、本当はもっと広い世界観だってことか?」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。この作品が持つ本当の世界観は私にも分からない。でも、狭い感じがした。何かを避ける感じ」


「あ」


 閃いた。


「なあ、星生」


「何?」


「もしかしてその伸びていくはずの形は、既存の作品だったりしないか?例えばほら、何とかライブみたいな」


「終わライブ?」


「や、違うな。そんな作家が遅筆すぎて打ち切りなのか、単純に出来上がらないだけなのか分からないライトノベルみたいな名前じゃないな」


 星生は考え込んだ末、


「アイドルの」


「そう」


「アニメが放送された」


「そうだ」


「続き物が微妙な」


「そう……だ?」


「ぶっちゃけストーリーがびm」


「ストップ」


 星生は「何故?」と首をかしげる。いやいや、それは止めるって。


 気を取り直し、


「ようは、それと同じような形にたどり着きそうだってことだと思うんだが、どうだ?」


 星生はうんうんと頷く。どうやらあっていたらしい。


 未だに呑み込めない久遠寺は不満の色を込めて、


「おい、どういうことだ。私に分かるように説明しろ」


「どういうことも何も簡単なことだ。ようは俺と全く同じことを指摘しているってこと。既存の作品に影響を受けるどころか、丸パクリしそうになって、必死で違う作品にしようとしてるのがバレバレだってことだ」


「マジか」


「マジマジ」


「マジマジ」


 二人に指摘されたことが堪えたのか、久遠寺はがっくりと肩を落とす。そんな彼女をフォローするつもりは無かったのかもしれないが星生が、


「でも、なんというか力は感じる」


「ほ、ほんと?」


「ほんと。今はまだ上手くいっていないけど、上手くガチッとはまったらすらーっと綺麗な形になって、今よりももっといい話になると思う。キャラクターは今の段階ですごくいい。なんていうか、骨がしっかりしてる。そんな感じ」


「……どういう事?」


 天城が補足する。


「多分、俺と同じようなことを言ってるんだろう。今の段階では荒いが、磨いていけばいいものを作れるようになる。キャラクターは既に良くできていて、その人間の性格や性質がきっちりと決まっていてぶれない。そんな事を指摘してるんだと思うぞ」


 勿論、自信は無かった。


 それくらい星生の言葉は抽象的だった。


 それでも、言いたいことが同じならば、流石に何となくならば理解できた。


 要は、星生の目から見ても、久遠寺は才能があるのだ。


 天城は水を得た魚のように、


「だから言っただろう。問題点もあるが、力もあると。それを活かすべきなんだ。だからこそ俺と手を」


「ない」


「あれぇ」


 久遠寺はふかーいため息をつき、


「まあ、百歩譲って天城の見る目が節穴じゃなかったことは認めるよ。でも、そのアドバイスが正しいって保証はどこにもないでしょ」


「それは……」


 言葉に詰まる。


 確かにその通りだ。


 勿論天城本人は強い自信がある。自分がアドバイスをしていけば、やがて久遠寺の書くそれは「こりゃどえらいのが出てきたぞ」というレベルのものに仕上がるだろうという確信もある。


 しかし、それらは全て天城の心の中にあるのであって、決して開けて見せる事は出来ない。説明は出来るが、そもそもの問題として久遠寺は天城征路という人間を余り信頼していない節がある。何度説明しても話は平行線を辿るだけだろう。


 さて、どうしたものかと考えを巡らせていると星生が、


「こういうのはどうだろうか」


「ん?」


「私も確認する。それが正しいという保証は出来ないが、少なくとも一人の目から二人の目になる。二人とも同じことを言えば、少しは信じやすい……と思う」


 最後の方だけ少し声のトーンが抑え気味になる。自信がないのだろうか。


 天城は「信じられない」という具合に、


「え?いいのか?」


 星生は首を軽くかしげて、


「何がだ?」


「いや、だって、なあ?」


 久遠寺が腰に手を当てながら、


「なあ?って何よ」


「や、さっきも言っただろう。星生……いや、月乃茜は基本的に挿絵の依頼をあんまり受けないって。それと同じだ。見る目があるってのは既に周知の事実だからな。皆読んでほしくってアマチュアだろうがなんだろうがお構いなしに作品をSNS経由で宣伝したりするんだよ。それはプロもそうらしいんだが、そんな中から読まれて、感想まで言ってもらえるのはほんと一握りの作品だけなんだ。基本、気に入った作品しか読まないし、感想すら言わない」


 久遠寺は漸く事態を飲み込み、


「え、ってことは」


 星生がコクリと縦に頷き、


「もし文音が、持ってる力を全部発揮したら、読みたくなるようなモノが出来る……気がする」


 最後の方は少し声のトーンが抑え気味になる。


 しかし、その内容は大きな可能性を示している。


 久遠寺文音の、作家としての可能性を。


 久遠寺はひとつ息をのんで、


「ほ、ほんとに?」


 肯定。


「おそらく。ただ、私にはそれを感じる力はあっても、指摘したり、導いたりする力はない」


 天城は苦笑して、


「まあ、あの抽象的な表現を全部理解するのは難しいわな……」


「そこで、」


 星生は天城をびしっと指さして、


「征路の力が必要になる。征路は私に近い考え方をしている。教え方も多分上手い」


「そうか?」


「そう。だから、二人ともここに入部するといい」


 天城は、突然の提案に驚き、


「入部……って、え?ここってことは、現代文化えっと……」


「研究部」


「それに入部するって事か?」


「そういう事。そうすればわざわざ三人でどこかに集まる必要はない。私は基本昼休みと放課後は毎日ここに居るし、征路と文音もここに来て作業をすればいい。そうすれば全て解決」


 星生はそう言って両手で大きな丸を作る。


 部活動。


 正直なところ、全くの予想外であった。


 考えてみれば確かに都合はいい。ここ最近は顔を突き合わせる機会が増えているものの、そもそも天城と久遠寺は別に仲がいいとか、よく話すとか、付き合っているとか、そういう類の事は全くない。クラスが一緒ではあるから赤の他人とは言わないし、春ごろには主に天城が原因でひと悶着あったものだから、もしかしたらその距離感は他の男子生徒よりも近いかもしれない。


 しかし回りはどうか。天城はまだいい。そもそもが毒舌キャラで通っているし、久遠寺相手に何かしらやらかしたという噂は尾ひれがついて学校内、主に同学年の生徒間を泳ぎ回っている。今更どんな噂が出回ったとしても気にしないだろうし、それでどうにかなる質ではない。


 問題なのは久遠寺の方だった。


 彼女は完璧美少女なのだ。


 では何故彼女が完璧美少女足り得るのかと言えば、そこには「男子からの告白を断り続けていた」という過去と「恋愛をする気は全くない」という現在があるからで、そのどちらかでも欠けてしまえば、現在の立ち位置はあっさり崩れ去ると言っていい。

 

 例え久遠寺にその気が無かったとしても、天城と二人で、それもこっそりと会っているところを目撃でもされれば、その関係は十中八九恋愛として処理される。天城という存在が単純に学校全体の嫌われ者であればまだよかったのだが、いかんせん顔が良い上に、毒舌も別に全くのでたらめを言っている訳ではないからなのか、意外と隠れた女性ファンが多い。

 

 そのため、彼女たちの事は当然敵に回すことになるだろうし、恋愛する気があると分かれば、再び告白イベントが再開されるのも目に見えている。


 ようするに、部活動という名目はそんな面倒事を全て解決する十徳ナイフのようなものなのだ。

 

 幸いにして部室と教室は別の棟にある。移動する際にリスクはともなうものの、そこさえクリアしてしまえば同級生と鉢合わせる可能性はほぼない。部活動の時間は基本的には一定なので、その終了時刻さえ避ければ帰りも問題はないだろう。

 

 もし万が一誰かと遭遇したとしても、久遠寺には知り合いが多い。適当なクラスメートの名前を出して、会いに来たとでも言っておけば、相手もまさか彼女が「現代文化研究部」などという良く分からない部活に出入りしているとは思わないだろう。

 

 正式に所属してしまうとボロが出ると考えるならば、入部する必要もない。そもそも部活動に入る義務は存在しないのだから、籍を置く必要も全くない。ただ、単純に会議の場所として「現代文化研究部」の部室を使えばいい。妙案と言ってよかった。


 天城はパン、と手を叩き、


「それいいな。勿論、俺も入っていいんだよな?」


 星生は首肯し、


「勿論。歓迎する」


「だとさ。どうだ?」


 そう言って久遠寺の方を向く。当の彼女は感情の行き場を探すように頭を掻いたり腕を組んだりしながら、


「えー……そりゃ、まあ、確かに、それなら大丈夫だろうけど……」


「何が心配なんだ?こっちに居るところを見られることか?」


 否定。


「いや、それは多分大丈夫。えっと、ほら、私と一緒にいた髪の長い子、覚えてる?」


 思い出す。


 確かに居たと思う。そして、


「ああ。あの子か。あの子、俺が話してるときに妙な感じだったんだよな。驚いてるっていうか興味があるっていうか、そんな感じの目してたんだよな」


 久遠寺はじっとりとした視線をぶつけながら、


「あんた、私に脅しかけながらどこ見てたんだよ。オイ」


「いや、たまたま視界に映っただけだ。それより、彼女がどうしたんだ」


 久遠寺は諦めるように鼻から息を吐き、


「あの子……桃花とうかはね、あんたと一緒なの」


「どういう事だ?」


「私がなんかキャラ作ったりしない相手ってこと。趣味だって知ってるし、天城が何を持ってきてたのかも知ってるってこと」


 なるほど。


「ん?でも、それがどう関係するんだ?」


「桃花、文芸部員なのよ。だから、まあ、私がこの辺りに居ても、桃花に会いに来たって言えば通ると思う。事前に話しておけば、口裏も会わせてくれるんじゃないかな」


「なら問題ないじゃないか。なんで迷うんだ」


「うーん……」


 久遠寺はやはり煮え切らない。


 どういう事だろう。


 条件としてはこれ以上ないはずである。天城は信頼できないとしても、星生ならば信頼できるかもしれない。久遠寺が既に何らかの部活動に入っているのならば、その活動とかち合う可能性はあっただろうが、そういう噂は聞いたことがない。何も妨げは無いはずだった。


 そう、普通ならば。


「あ」


「な、なに?」


「もしかして、部活動自体に入ったことがない……とか?」


「う」


 どうやら図星らしかった。


「そうか。だから渋ってるのか。興味はある。けど、今まで部活動なんて入ったことはない。だから二の足を踏んでるんだな?」


 久遠寺は不満八割照れ二割と言った感じで、


「そうだよ。悪いか」


「いや、悪くはない。悪くはないが、少し意外だっただけだ」


「……仕方ないだろ。そういう機会が無かったんだから」


「機会って、そんなのいくらでも」


 遮るように、


「無かったんだよ。そんな機会は。だから、今更部活なんて言われても、分かんなくて」


 分からない。


 その気持ちが天城には分からなかった。


 それでも、


「別に気負う必要なんてないだろ、部活動なんてな。そもそも入部するかどうかは後で決めればいいだろう。仮入部という形を取ればいい。それでまあ活動……をしてるのかどうかは分からんが。実際にここでまあ、色々やってみて、その後決めればいいんじゃないのか?入部するかどうかなんてのはな」 


 いつもよりも弱い声で、


「そう、かな」


「そうだ。と、いうか、そんなもんだろ、部活なんて」


 久遠寺はそれでも悩んでいた。俯いて、髪を弄り、足元を眺め、足先を合わせたり、ぱたぱたさせたりしていた。やがて、決心したのかすっと顔を上げて、星生の方を向いて、


「分かった。入る。仮入部って形になると思うけど。それでも良ければ」


 星生はあくまで機械的に首肯し、


「分かった。それじゃ、明日の放課後には鍵を渡せるようにしておく。部室は基本的に自由に使っていいけど、戸締りだけはしっかりしてほしい」


 天城は頷いて、


「了解。これで一応一件落着、かな」


 久遠寺は肩で一つ息をついて、


「まあな。全く……こんなことになるとは思わなかったぞ」


 机の上に置いていた袋の中身を漁りながら、


「まあいいわ。天城はともかく、葵は信用できそうだから」


 天城もパイプ椅子に腰かけながら、


「失礼だな。俺だって信頼できるぞ」


 星生も自分の机に戻りながら、


「その通り、天城は信頼できる」


「だろ?」


「えー……そうかぁ?」


 その時。


 キーンコーンカーンコーン……


「「「あ」」」


 三人の若者の、昼飯抜きが決定した瞬間だった。

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