Ⅳ.もう一人の美少女―鷹瀬紫乃―

11.友情、努力、勝利の三原則を守らない。

「ライバル?」


 天城は思わず繰り返す。いった本人は本人で、自分の発言に驚くように、


「……多分」


「主人公じゃないのか?」


「うーん……愛理あいりちゃんもいいんだけど、やっぱり空亞くあちゃんかなぁ」


 説明しておこう。愛理というのはフルネームを白里あけさと愛理といい、久遠寺お気に入りのアニメ『LiveライブLifeライフ』の主人公だ。性格は明るく、根性というか、体力だけは人一倍あるのだが、細かなところまで頭が回らない点と、一つの事に熱中すると周りが見えなくなっていくという欠点のある女の子で、まあこの手の作品によくある「やる気だけは誰にも負けない」っていう主人公である。


 一方空亞はフルネームを黒羽根くろはね空亞くあという。苗字からも分かるように最初から愛理と対比されるべく生み出された存在で、その性格も対照的だ。彼女の強みは明るさだとか、やる気では無く、後ろ盾である。何ともキナ臭い話だが、アイドルだなんだという世界にはこれがつきものであるという部分を隠さずに出していったところが評価されたらしい。


 そして、空亞はその象徴である。彼女自身や、家族にも非常に財力があり、それでいてプライドもある。実力だって折り紙付き。そんな成功者に必要なポイントで塗り固めたようなライバルキャラとして登場してくるのが彼女なのだった。もっとも、彼女は彼女で葛藤があるし、最終的には勝ち負けではない部分での決着を図っていくから面白いとされているのだが……まあ、今は良いだろう。


 で、


「意外だな」


 天城の率直な感想はこれだった。久遠寺は「そ、そう?」と戸惑いながらも、


「でも、いいじゃん、空亞ちゃん。可愛いし、見た目」


「まあ、そこは別に否定しない。しないが、てっきり愛理の方だと思ってたぞ」


「うーん……」


 久遠寺は腕を組んで悩み、自らの感情をそのまま投げ出すように、


「なんっていうんだろ。あの子も可愛いとは思う。思うんだけど、なんかね、駄目なんだわ。なんでだろうなぁ……」


 天城も考えながら、


「見た目……ではなさそうだな」


「まあ、見た目も空亞ちゃんの方が好みっちゃ好みなんだけど、何だろなぁ……ダークっていうか、そういう感じ?」


 なるほど。


 確かにイメージの差はある。


 Live&Lifeは、アイドルアニメと銘打ってはいるが、その中身はアイドル×ガールズバンド×青春といった塩梅で、愛理も空亞もバンドを組んでいて、そのボーカルをしている。


そして、そのバンドごとのイメージが、愛理はアイドル系のポップな感じなのに比べ、空亞はどちらかと言えば本格ロックバンド的なテイストなのだ。どうやら久遠寺が好きなのは後者らしい。


 しかし、それでも久遠寺は納得せず、頭の中から答えを探す。


「うーん……イメージだけじゃやっぱ違うなぁ……なーんだろ……うーん」


 思ったよりも考え込んでしまった。


 天城は何かの参考になるかと思い、久遠寺の書いた小説をもう一回読み直す。

 あらすじから。


 そして、


「なあ、久遠寺」


「何?」


「もしかして、なんだが、お前、主人公っぽいキャラあんまり好きじゃないんじゃないか?」


「どういうこと?」


「や、ちょっとお前の書いたヤツを見てて思ったんだが、この主人公もあんまり世間一般の主人公っぽくないなと思ってな」


「世間一般の主人公……?」


 とうとう首をかしげてしまった。天城はみたびホワイトボードにワードを書きなぐっていく。


 熱血

 根性

 努力

 才能なし

 普通


 振り返り、


「この辺のワードを見て、どう思う?」


 久遠寺は苦笑いしながら、


「いやぁ~……どうって、」


「それだ」


「まだ何も言ってないぞオイ」


「安心しろ。大体は分かる。あんまりしっくりこないんだろ?」


 久遠寺は喉に何か引っかかったような顔で、


「ま、まあ、うん。そう、だけど」


「だろう。ちなみに俺も好きじゃない」


 それだけ言って文字に大きく×を書き、


「要するに一般的に良くいる主人公が嫌いだと、そういう訳だ。だから空亞が好きだし、自分が書く小説の主人公もそっちに寄せたものにした。そういう事だ」


「ああ……」


 久遠寺は少しのみこみ、


「でも、別に空亞だけが好きだったわけじゃないぞ?愛理だって好きだし、何て言うんだ?あの世界観?そういうのだって好きだ。別にそこだけが重要なわけじゃ」


「そう」


 天城はホワイトボードに「世界観」と書き、


「これだ。一番簡単で、一番厄介なワード」


「そ、そんなに?」


「そうだ。考えてもみろ。なんだ、世界観って。一体作品のどこを指してそういうんだ?」


 久遠寺は頬をかきながら、


「そりゃ……ほら、あるだろ。音楽が、わーってなるのとか。ライブが熱いとか」


「他には」


「他に?えーっと……後、ほら、愛理と空亞のライバル関係とか、何気ない生活とか」


「他には」


「ほ、他にも?後……なんだ?あれか?キャラデザ?」


「で?世界観ってなんだ?」


「……何だろ?」


 困ってしまった。まあわざと困るように仕向けたのだが。天城は一つ咳払いをして、


「つまりだ。世界観が好きなんてフレーズはだな、その作品の具体的にどこが凄いかがつかみきれない時に出てきやすい言葉なんだよ。雰囲気と一緒だ。なんかよく分からないけど、この作品の雰囲気が凄い好き~とか。そういうのと一緒だ。そんなほんわかした”好き”で書き出すから、どんどん大本の作品に吸い込まれていく。結果が劣化コピーの出来上がりという訳だ」


 久遠寺がありったけの不平不満を込めた視線をぶつけ、


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」


「それはだな」


 天城が答えを言おうとし、久遠寺がそれに耳を傾け、星生が自分の出番が来たら読んでと言わんばかりに文庫本を読みふけっていたその瞬間。


 コンコン。


 ドアをノックする音がする。



 ドアをノックするという行為が、余りに「現代文化研究部」とかけ離れすぎていて、最初はどこか別の部室に用があるのだと思った。しかし今日はよく邪魔が入る日だ。


 そんな事を考えているうちにもう一度、


 コンコン。


 そして、


「開けてもらえるかしら。そこに居るのでしょ、月乃茜つきのあかねさん」


 誰だろう。


 女性の声だった。綺麗に透き通った、それでいて通る声だ。


 天城は思わず月乃茜……もとい、星生の方を見る。星生は口に指を当てて「しずかに」と訴えかけてくる。居留守を使うつもりなのだろうか。ちなみに幸いにも部室の電気は付けていなかった。しかし、ドアの向こうにいる人物は諦め悪く、


 コンコン。


「ねえ、開けて頂戴。知ってるのよ。そこに居るのは。だってまだ下駄箱に靴があったもの。そうなると貴方が行く所はここくらいだもの。居留守を使うつもりかもしれないけど、さっきまで話声がしているのはずっと聞いていたの。だから開けて」


 聞いていた、というのは当然、さっきのやりとりのことだろう。


 天城と久遠寺は思わず顔を見合わせる。


 そしてほぼ同時に星生の方を見る。


 星生はふるふると首を横に振る。あくまで応じないつもりらしい。


 すると、


 ドンドンドンドン。


「いいから開けなさいって言ってんの。そこに居るんでしょ?分かってんのよ、それくらい。あんまり抵抗するようだと、こっちにも考えがあるわよ。下僕呼んできて無理やりこじ開けさせるわよ?」


 こっわ。


 っていうかいきなり豹変しすぎじゃないか?さっきのおしとやかな女生徒みたいな口調はどこに行ったんだよ。


 天城は再び星生の方を見、


「あ、」


 ようとして気が付く。星生が既に扉に手をかけていることに。


 ガチャガチャガチャガチャ。


「ちょっと聞いてるの?こんな扉くらいね、こじ開けるのは訳ないのよ?」


 扉の向こうではドアノブを回し、何とか部屋の中に入ろうとする猫かぶり女生徒(天城命名)。その力は当然ドアを開けようとして向けられている。そして、この部室の扉は外からだと押して開けるようになっている。星生が鍵を開ける。ドアノブを内側から捻り、すっと引く。そうなると、どうか。元々鍵のかかっている前提で加えられていた力が一気に解放され、しかもドアが奥へと開いていくものだから、バランスを崩す。その上星生が内側から引いているものだから、余計に前のめりになる。つまり、


「ねえ!聞いてるのってちょっ、まっ、何す……わぶっ!」


 こうなる。見事に顔面から床にダイブ。幸いにして猫かぶり女生徒は反射神経がそこそこ良いようで、モロに顔面から行くことはなく、一旦手をついて、それからのダイブだった。


 それでも痛いことには変わりが無い。いくら猫かぶりだろうと口が悪かろうと、顔面ダイブ(に近い何か)をした女性をそのままにするのもどうかと思い、


「だ、大丈夫か?」


 手を差し伸べる。しかし猫かぶり女生徒はそれをはっきりと払いのけ、


「結構です」


 自ら立ち上がり、スカートについたゴミを払い、打ち付けたと思われる鼻を右手で抑えながら、左手で星生を指さし、


「貴方ね!いきなり開ける事は無いでしょう!」


 当の星生はいたって涼しい顔で、


「開けろと言われたから開けた」


 しかし女生徒は引き下がらず、


「それにしてもタイミングという物が有るでしょう!全く。これだから理解力の無いおこちゃまは嫌いなのよ」


 天城は思わず制服についているリボンの色を確認し、久遠寺の物を数回見比べる。間違いない。その色は同じだった。と、いうことはつまり、彼女は二年生なのであり、星生とは一年違いであり、決しておこちゃまなどと呼べるような年齢差は無いはずなのだが、彼女はそう断言した。これまた星生とは別のベクトルで我が強そうだ。

 その時、


「あ!」


 突然、久遠寺が声を上げる。そして、女生徒を指さし、


「あんた、鷹瀬たかせじゃん」


 女生徒は振り返ると、不法投棄された生ごみでも見るように、


「うわっ……誰かと思えば皆のアイドル(笑)じゃないですか」


「あんだと?女王様気どりのお馬鹿さんには言われたくないね」


「おばっ……あのですね」


 天城は間に割って入り、


「ちょっとストップ」


「黙っててもらえますか?」


「黙っててくれ?」


「……はい」


 撤退。


 余りの迫力に二人から物理的にも遠ざかる。


 星生がすぐ後ろから、


「情けない」


「いや、まあ、割って入っても良いんだがな。久遠寺は言わずもがなだし、鷹瀬はもっと扱いやすそうだからな」


 

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